番外編 お父さんとジナルさん
ジナルの後に続いて入った部屋は、ものすごく悪趣味な部屋だった。
金を掛けるならもう少しやりようがあっただろう、と言いたくなる。
いや、金を掛ける前に、オットミス司教は感性を磨くべきだったな。
「座ってくれ」
ジナルの視線を追うと、3人掛けのソファがあった。
魔物の革を使用しているので、かなり金が掛かっているはずだ。
そのソファの真ん中に、初めて目にした置物があった。
目の位置には、おそらく本物の宝石が使われているんだろう。
やたらその部分だけ、輝いている。
それがとても、不気味だ。
あれの隣に座るのか?
「いや、立ったままで大丈夫だ」
座ったら、呪われそうだ。
「あぁ、あれか。まぁ、そうだな」
ジナルもソファの不気味な置物を見て、微妙な表情を見せる。
それなら、どうしてあれの隣に座れと言ったのか。
「それより、暗号は全て解読出来たんだろう?」
受け取るために、ジナルが立っている執務机の傍に寄る。
執務机の上には、数枚の書類。
「あっ」
そして、ソファと同じ置物の小型版があった。
しかも今度の置物は、体の部分にも宝石が散りばめられている。
これが、執務机にもあるという事は、この形を気に入っていたという事だよな。
オットミス司教の感性は、磨いても意味がなかったかもな。
「これだ」
ジナルから数枚の書類を受け取る。
一番上の書類を見る。
「色々な暗号を見たが、これは初めてだ。さっぱり分からない」
様々な仕事をしてきたのでそれなりの数の暗号を見てきたが、数字だけを使用した暗号は初めてだ。
「俺もその暗号は初めてだ。おそらく、教会で主に使われていた暗号が解読されていると気付いて、新しく作ったんだろう」
なるほど。
だが、ジナルの組織も恐ろしいよな。
この暗号を、いつもより時間がかかったような事は言っていたが、解読したんだろう?
それだけの人材がいるという事だよな。
何度か、裏の仕事でその存在は感じていたが、ここまで凄い組織だとは思わなかった。
探ろうとした時もあったが、止めて正解だったな。
2枚目の書類に目を通す。
「ラトミ村から逃げた9歳から11歳の少女。ラトメ村で死亡。少女が鍵だった可能性あり。生きている可能性がある。存在を確認したら生け捕りに。死んでいた場合、次の鍵を探せ」
内容を読んだ瞬間、冷たい感情が沸き上がったのが自分でも分かった。
「落ち着け。それはアイビーの事で間違いないか?」
ジナルの言葉に無言で頷く。
ラトミ村はアイビーが生まれた村だ。
ラトメ村で死んだ事になっているのは、オグト隊長がアイビーの未来を考えてしてくれた。
彼ほどの人が作成した書類に、不備なんてあるはずがない。
それなのに、生け捕りだなんて。
考えられるのは、ラトミ村から逃げた者がアイビーを見た者か、もしくは教会が捕まえている占い師か。
「やはりアイビーの事か。鍵に思い当たる事はあるか?」
鍵? ……鍵……。
「思い当たる事はないな。これは、教会がアイビーを探しているという事だよな?」
「そうだ。ただ、まだ生きているとは確信が持てていないようだが」
確かに、絶対に生きているとは思っていないようだ。
だが、探している事に間違いはない。
部屋に重い空気が流れる。
「ジナルは鍵と言う言葉に、思い当たる事は無いのか?」
彼を見ると、微かに表情が動いた事に気付く。
「何か知っているんだな?」
「ドルイドといると調子が狂うな」
ため息を吐いて、椅子に深く腰掛けるジナルを見る。
アイビーに関わることなら、どんな事でも知っておきたい。
いや、知る必要がある。
「俺が直接関わった事件じゃないから報告書に書かれていた事しか分からないが、いいか?」
「あぁ」
「80年前、オール町から1人の男の子が姿を消した。自警団や冒険者ギルドが捜索をしたが、見つける事は出来なかった」
80年前と言えば、子供は両親だけでなく村や町で保護する存在だと法律で決められる前だよな。
それなのに自警団だけではなく冒険者ギルドまで動いたのか?
「貴族の子供だったのか?」
「いや、商屋の次男で12歳だったそうだ」
それなのに、大掛かりな捜索をしたのか?
「特別な子供だったらしい」
特別?
「報告書には『12歳とは思えないほどの知識があり、オール町の発展にかなり尽力していた』と書いてあった」
知識?
町の発展に欠かせない子供だから、多くの者達が探したのか。
「子供は2ヶ月後、ハタダ村で発見されたんだが記憶が全て無くなっていた」
記憶が無い?
「ただ、オール町で子供と仲の良かった冒険者を見た時に、腕に縋って『鍵を守って、次の鍵を隠して』と叫んで意識を失ったらしい。次に目が覚めた時には、自分で言った事も覚えていなかったそうだが」
鍵を守る?
次の鍵を隠す?
「それで?」
「それだけだ」
「それだけ?」
「そう、それだけ。ただ、その事件に関わった俺達の昔の仲間が何かを感じたんだろうな。『鍵を見つけて保護するように』と、組織全体に指示を出したんだ。ただし、未だにその鍵の見つけ方が分かっていないんだけどな」
なんだかすごく中途半端な指示だな。
「その、指示を出した仲間はそれ以上の事は残さなかったのか?」
「あぁ、指示を出したすぐ後に、殺されたからな」
えっ、殺された?
「まさか、アイビーに鍵の可能性があるなんてな」
ジナルが大きくため息を吐く。
「アイビーをどうするつもりだ?」
今の話からすると、守るのはいいとしても隠す?
何処かに監禁でもするつもりか?
「そんな表情をしなくても、アイビーには何もしない」
ジナルの言葉に、顔に手を持って行く。
「組織内も安全とは言えない。保護するにしても、環境を整えてからだし監禁なんて絶対にしないと誓う」
ジナルがそう思っていても、組織の判断には逆らえないだろう。
気を付けないとな。
「安全とは言えないって、裏切者がいるのか?」
「いるだろうな。大きな組織になれば、目が行き届かない場所が出来てしまうから」
まぁ、そうだろうな。
そして指示を出した者が殺されたのも、裏切者がいたためだろう。
「アイビーには話をする」
「えっ? 不安を与えるだけだろう?」
ジナルが慌てて椅子から立ち上がる。
確かに不安を与えるだけかもしれない。
でも、狙われている以上は知っておいた方が良い。
狙われていると分かっていれば、行動が慎重になる。
それで防げることもあるはずだ。
「アイビーは守られているだけの子供じゃない。ちゃんと身を守る事も知っているし、戦う事も知っている子だ」
「そうだな。自分が狙われている事は、理解しておいた方がいいか」
椅子に座り直したジナルが、長く息を吐き出す。
「これからの事だが、予定通りオカンコ村にガルス達と行って欲しい」
「それを変えるつもりは無い」
アイビーも俺も、その準備をしているからな。
「ありがとう。オカンコ村に行ったら、アバルと言う仲間がいる。ガルス達の事はアバルに任せればいい。それと、その書類の一番上を解読した日に、ガリットに王都に行くように言っておいたから。王都に行けば、もう少し鍵について調べられるかもしれない。調べた結果は、アバルに伝えるから彼から聞いてくれ」
なんだ、既に動いてくれているのか。
「組織の上には伝えるのか?」
まぁ、伝えるよな。
「いや、伝えない」
「……いいのか?」
そんな事が、許されるのか?
「組織内が安全とは言えない、と言っただろう? それに一番上の者から、俺の判断に任せると言われているしな」
「凄い信頼だな」
「あ~ん~」
なんだ、その嫌そうな表情は。
「信頼と一緒に、面倒事が増えたんだよな。だから、いいのか、悪いのか」
ジナルの本当にうんざりした表情に、笑ってしまう。
「とりあえず、オカンコ村まで頼むな」
「分かった」
アイビーが狙われているか。
シエルやソラ達にも言っておこう。




