番外編 ジナルさんとお父さん
「まさか俺が教会に入る事になるとはな」
後ろから聞こえる声に、苦笑が漏れる。
アイビーと一緒にいない時のドルイドは、なんというか……冷たい。
そう、温かさが減り冷たい印象が強くなる。
まぁ、昔のドルイドを知っているので違和感は覚えるが、納得する部分もある。
それに場所が教会だからな。
「嬉しいか?」
「全く感じないな。それより、教会を自由に歩き回れるようになったんだな」
「あぁ、全て制圧した」
森から帰って来てから一気に終わらせた。
長引かせると被害者が増える事も分かったしな。
「あの子達は?」
ドルイドの言葉で、森にいた見張り役を思い出す。
見張りなどした事も無かったため、ひたすらついて回っていた2人。
「怖かった」と言っていた。
「大丈夫だ。仲間が両親のもとに送りとどけて、説明もした」
「そうか」
今の教会内部には、数名の仲間がいるだけだ。
教会にいた者達は、全て捕まえ、ある場所に閉じ込めた。
あと数日もすれば、密かに移送され、そして誰にも知られることなく奴隷落ちとなるだろう。
「ドルイドは、本当に聞かないよな」
普通の奴だったら、「教会関係者はどうなったんだ?」とか「教会はこれからどうなるんだ?」など、聞いてくるのに。
それなのに、ドルイドは一切聞いてこない。
「俺達には必要ない事だから」
それは、そうかもしれないが。
こいつは本当に「必要な事」と「必要ない事」を徹底して区別している。
まぁだから、裏に足を突っ込んでも生き残れたんだろうが。
それにしたって、もう少し聞いてくれてもいいと思う。
俺の頑張りとか。
「教会関係者は、全員数日後には奴隷堕ちになる」
「そうか」
普通は「なんで?」と聞くところなんだけどな。
数日後という事は、正規の手続きではない方法で奴隷堕ちすることになるから。
それなのに、ばっさりと会話を終わらせたな。
予想はしていたが、さすがだ。
「そんな事より、どうして俺をここに呼んだんだ? 書類の内容を教えてくれるなら、別に隠れ家でもよかっただろう?」
「別の件で、ドルイドに協力を頼みたいんだ」
首を傾げるドルイドに、教会の奥を指す。
そこには、仲間が見つけた隠し階段がある。
「地下?」
「あぁ、地下にある魔法陣を見て欲しい」
教会関係者の全員が、数日後に奴隷堕ちする原因の魔法陣だ。
「魔法陣? 俺は詳しくないぞ?」
「ドルイドが昔関わった事件の中に、子供達の誘拐があるだろう? その時に地下で見た魔法陣と比べて欲しいんだ。あの事件の魔法陣は、書き写す前に消えてしまったから。頼む」
王都で親のいない子供達が忽然と姿を消す事件があった。
被害にあった子供達は、分かっているだけで26人。
実際にはもっといるとも言われている事件だ。
自警団が捜査に当たったが、手掛かりが少なく捜査は難航した。
そんなある日、ある建物から大きな音が鳴り響いた。
自警団が駆けつけると、意識を失った貴族と数人の子供の亡骸が発見された。
その子供達が消えた子供達だと発覚し、事件は一気に解決に向かう。
貴族は取り調べで、建物には地下があり子供達がいる事。
「自分の欲を満たすために、殺した」と証言した。
自警団が地下を調べ、子供達は発見された。
しかし、見つかった子供達は既に亡くなっていた。
貴族と子供の誘拐に関わった全ての者達が、奴隷堕ちとなり事件は解決。
と、表向きはなっている。
実際には、地下には魔法陣がありそこで子供達を使った実験が繰り返されていたのだ。
自警団が地下に下りた時には、魔法陣は消えてしまっていた。
最初は貴族の仲間が魔法陣を消したと思われたが、捕まった貴族から魔法陣の情報を聞き出すと、魔法陣自体に消える仕掛けがされていた事が分かった。
かなり高度な魔法陣が使用されていたため、貴族には協力者がいると捜査は続行された。
しかし、貴族が何者かに殺されてしまい、それ以上の事は今もわかっていない。
教会で見つかった魔法陣を調査していた仲間から、ある事件の魔法陣と似ているかもしれないと言われた。
どの事件か聞いて、少し運命を感じてしまった。
俺が関わった事件という事もあるが。
「さすがだな。かなり慎重に動いたつもりだけど、俺が関わっていた事を知っていたのか?」
そう、ドルイドもその事件に関わっていたからだ。
ただ報告書にドルイドの名前は書かれていない。
目撃者が不安そうに「たぶん」と付けたからだ。
だが俺は、目撃したのがドルイドだと確信していた。
前日に、目撃された場所の傍で見かけたからだ。
「たまたま目撃した者がいたんだ。でも、報告書には書かれてはいない」
「そうか」
あまり気にしていない様子に、少し驚く。
「別に驚かなくても」
ん?
もしかして、俺の表情を読んだのか?
「分かっていたが、ドルイドは侮れないな」
まさか、ガリットやフィーシェ以外に俺の表情を読める奴がいるとは思わなかったな。
「やはり、あの時にこちら側に誘えばよかったか?」
「断るけどな」
少しは迷えよ。
まぁ、ドルイドの事を誘ったとしても、師匠のモンズに妨害されただろうけどな。
「なぁ……」
あの時、ドルイドだと確信しながらもそれ以上調べなかったのは、ある事を予想したからだ。
あの地下に……いや、止めておこう。
「4人だ」
やはりドルイドは子供達の救出を依頼されていたのか。
「かなり心身ともに酷い状態だったが、依頼主の所で時間をかけて治療を受けているよ」
「そうか。それで、魔法陣の確認は頼めるか?」
あの事件の魔法陣を見た者は、今はドルイドしかいない。
他の者は、全員が殺されたからな。
「あぁ、問題ない」
ドルイドの答えに頷くと階段を下りて、1つだけある扉の前に立つ。
扉の取っ手に手を掛けてドルイドを見る。
「鼻に布を当てた方が良い。においが凄いから」
なぜ、教会関係者が全員奴隷堕ちをするのか。
普通は、地下の魔法陣に関わった者達だけでいいはずだ。
だが、今回は教会関係の全員が奴隷堕ちと決定された。
なぜなら、被害者の数が多すぎたからだ。
「分かった。覚悟した」
ドルイドが鼻に布を当てるのを確認して、自分の鼻にも布を当てる。
1つ息を吐くと、扉を開ける。
次の瞬間、布を当てていても感じる悪臭。
一瞬、顔を歪めると小さく息を吐き、部屋へ入る。
部屋には机と本棚があり、中央には魔法陣があった。
そして、部屋の片隅に置かれた檻。
それが何の目的で置かれているかなど考えたくもない。
「この魔法陣、まさか血で書かれているのか?」
「あぁ、前の地下ではどうだった?」
「血は使われていなかった。……数か所、前と違うところがあるが、ほとんど同じで間違いない」
確認が早いな。
「違う場所を教えてくれ」
ドルイドの説明を聞きながら、頭に叩き込んでいく。
ここで紙に書ければいいが、鼻から布を外す気はない。
布をしていても、酷い悪臭なのに。
「ありがとう。三か所か」
内容を確認しながら魔法陣を見る。
「被害者の子供の数は?」
ドルイドは部屋全体を見回し、最後に檻に視線を向ける。
「41人。ただしこれで全員ではないだろう。他にもいるはずだ」
前の時と同じように、きっと全貌を知る事は出来ないだろうな。
初めてこの部屋に来た時、魔法陣の傍には亡くなっている子供達がいた。
いたと言うか、ゴミのように隅に積みあげられていた。
なぜ、あんな事が出来るのか。
「そうか。もう出ようか?」
ドルイドの声に「そうだな」と返すと、部屋を出る。
扉を閉めると、大きく息を吐き出す。
あの部屋の空気が体に纏わりついているようで、気持ちが悪い。
「悪かったな。関わらせて」
「いや。俺が来るから、仲間を遠ざけてくれたんだろう?」
その通りだ。
仲間にも、あの魔法陣を知っている者が誰なのか、知られないようにした。
まあ、気付いた者もいるだろうが、俺の意図も理解してくれるだろう。
今までも、これからもドルイドはあの魔法陣とは無関係だ。
「ふぅ」
あの部屋に入ると、無力感に襲われるな。
「ドルイド。例の書類の件だが、上の部屋でも大丈夫か?」
解読する前の、暗号文も見るかな?
「あぁ、大丈夫だ」
教会の2階に上がり、豪華な部屋に入る。
「趣味の悪い部屋だな」
ドルイドが呆れたように言うので、笑う。
確かにこの部屋は、金がかかっている事は分かるが趣味が悪い。
「オットミス司教の執務室だった部屋だ」




