624話 素人ですね
ゆっくり休憩をとっていると、不意にジナルさんの気配が現れた。
思ったより近くに感じた気配に、ちょっと驚いてしまう。
本当に、彼の気配は読めないなぁ。
どうやったら分かるようになるんだろう?
「えっ?」
ガルスさんもジナルさんの気配を感じたのか、周りを見回している。
彼の様子から、誰の気配なのか分かっていないようだ。
それなのに、周りを見るだけで「もしも」の時の対応が出来ていない。
ウルさんが言ったように、少し問題があるみたい。
それは、エバスさんとアルスさんもだ。
「ジナルの気配だから、大丈夫だ」
「あっ、ジナルさんの気配でしたね。そうだった」
ガルスさん達は、逃げていたんだよね?
それにしては、反応が遅い。
「待たせたな。どうだった?」
ジナルさんが、手を振ってこちらに向かって来る。
途中で見張り役の方を見て、呆れた表情をした。
その理由は、私達が休憩を始めると、彼らも休憩を始めたからだろう。
「お疲れ様。思ったより体力が無かったかな。あと、反応が気になる」
ウルさんの言葉に、ガルスさん達がちょっと恥ずかしそうにする。
「やっぱりそうか。暴走した魔物に襲われた時の態度が、気になっていたんだ」
それって、ガルスさん達と初めて会った時の事だよね。
確か私は、お父さんの下に走って……そういえば、ガルスさん達は呆然と固まっていた。
なるほど、あの時から気になっていたんだ。
冒険者だったら、すぐに応戦するか防御するか逃げるかするもんね。
命がかかっているんだから。
「お前ら、今までよく生き残って来れたな」
ウルさんにしみじみ言われて、ガルスさんが困惑した表情を見せる。
「そんなに、おかしいですか?」
「そうだな。森を歩けば魔物と遭遇する事もあるだろう? お前たちの反応では、逃げ切れるとは思えない。森の中を移動する時は、どうしてたんだ?」
「森の中は危険なので、村道から外れないように移動してました。それに魔物除けを使っていたので、魔物と遭遇することは無かったです」
ガルスさんがポケットから出したのは、魔物除けだ。
綺麗な魔石が使用されているので、かなり高額な物だろう。
「お金はどうしたんだ?」
魔物除けは、駆け出しの冒険者が持てる物ではないよね。
「占い師のヒーラがくれた魔石があったんです。アルスを頼むと言われた時、俺達はまだ冒険者になったばかりで、最初は無理だと言ったんです。そうしたら、『この魔石をお金に換えて、それで必要な物を買って逃げて』と、大きくて綺麗な魔石を数個受け取りました。それをお金に変えて、逃げるのに必要な物を買ってます」
「なるほど。あとは運が良かったんだろうな」
ガルスさんの話に頷くジナルさん。
運か。
魔物除けが効かない魔物に遭遇しなかったのだから、確かに運はいいね。
「それよりジナルの方は、どうだったんだ?」
私もそれが聞きたい。
傍でこっちを見ている彼ら以外にも見張り役がいるなら諦めるけど、彼らだけなら二手に分かれてバッグからソラ達を出してあげたい。
「誰もいなかった。だから見張り役は、あの2人だけだと思っていいだろう」
良かった。
それなら休憩が終った後で、お父さんと一緒にガルスさん達から少し離れよう。
ソラたちを思う存分、遊ばせたい。
「なぁ」
ジナルさんが困った表情をして、私達を見る。
どうしたんだろう?
「目があったから、手を振ったら振り返したぞ?」
見張り役の事か。
「あぁそれは、全員にしてるから気にしなくていいぞ」
「はっ?」
さすがにジナルさんも唖然とするよね。
私達も驚いたから。
隠れ家から出た時に、なんとなく手を振ったら笑顔で振り返された時は。
「右の彼、穀物屋の三男なんだよ」
ウルさんの説明に、ジナルさんの眉間に皺が寄る。
「素人か?」
ウルさんが頷くと、ジナルさんが大きなため息を吐いた。
昨日までは、教会が雇っている冒険者や、護衛の人たちが見張っていた。
なのに、今日は完全な素人。
しかも、ウルさん情報では三男さんの彼は15歳なんだよね。
「まぁこれで、教会に残っている奴らが、アルスについて正しく知らない事が分かったな」
ジナルさんの言葉に、アルスさんがホッとした表情を見せた。
王都の教会が探している占い師だと分かったら、こんな対応はしないだろうからね。
「そうだな。これなら、思ったより安全にオカンコ村へ行けそうじゃないか? 素人の見張りを付けるぐらいだ、王都への報告も適当だろう」
ウルさんの質問にジナルさんが頷く。
「今、確認してもらっているがその可能性が高いな」
教会からの追っ手を気にせず旅が出来るなら、いつも通り森の奥に遊びに行けるかな?
「俺はそろそろ村に戻るが、ウル達はまだここにいるのか?」
ジナルさんが、全員を見回す。
最後に見張り役を見たのは、ちょっと笑えた。
素人だから心配なんだろう。
「そうだな。ガルス達はどうしたい?」
ガルスさんがエバスさんとアルスさんを見る。
「剣の正しい使い方を教えて欲しいです。お願いします」
エバスさんがウルさんとお父さんに頭を下げる。
そういえば、ガルスさんはお父さんから手ほどきを受けていたけど、エバスさんはまだだったね。
「分かった。それならエバスはドルイドと、アルスは俺とやろうか」
「「はい」」
もう少し、森で訓練をしていくみたいだな。
あっ、お父さんとウルさんが相手をするなら、1人だけ別行動になるのかな?
と言うか、森でそれは駄目だから……ソラ達をバッグから出すのは無理かな。
「どうした?」
ジナルさんが私の顔を覗き込む。
「ソラ達をバッグから出してあげたいんです。でも、無理みたいだから」
ジナルさんの視線が見張り役に向く。
「彼らと話して、一緒に村へ戻るようにするよ。それなら大丈夫だろう?」
それは、嬉しいけど。
「見張り中だから、無理ではないですか?」
素人で見張り方はボロボロだけど、危険な森にまで付いて来た。
それって、見張りをやり遂げる気持ちがあるからだと思うけど。
「どうかな? とりあえず話をしてみるよ。ちょっと待ってて」
「はい」
どうなるかな?
それにしても、本当に素人なんだな。
ジナルさんが声を掛けたら、隠れていた木の後ろから出てきてしまった。
「ウルさん、1人は穀物屋さんの三男さんと聞いたけど、もう1人は誰ですか?」
「もう1人は、穀物屋の従業員の息子だ。2人は幼馴染なんだ」
「そうなんですか。それにしても、よく知ってましたね」
「三男の親の店は、教会に食料を売っているんだよ。教会関係者を調べる時に、彼らの事も調べたから覚えていた」
教会に食べ物を売っている店の人なんだ。
「ジナルの奴、ちょっと機嫌が悪くなってないか?」
お父さんが、首を傾けて戻ってくるジナルさんを見る。
確かに、さっきより少し不機嫌そうだ。
どんな話をしたんだろう?
「彼らは被害者だな」
ジナルさんの言葉に、全員が不思議そうな表情になる。
「オットミス司教とオダト司祭がいなくなった後に教会の上に立った者から、『これからも取引をしたかったら見張れ』と脅されたらしい」
「うわっ、最悪。今の一番上は、実力もないくせに威張りくさってる奴だよな?」
「そうだ。確認したが、奴の特徴と一致するから間違いないだろう」
ジナルさんとウルさんから、そっと視線を外す。
その威張りくさっている人は、今日あたり何かが起こるだろうな。
「それと話を付けた。彼らは俺と一緒に村に戻る事になったから」
「ジナルさん、ありがとうございます」
これでソラたちを、バッグから出してあげられる。
「どういたしまして。それじゃ、先に戻る。あぁ、ドルイド。昨日は悪かったな、今日の夜は大丈夫だから」
お父さんが頷くとジナルさんは、見張り役の2人を連れて村に戻っていく。
そういえば、昨日の夜ジナルさんと話すつもりが無理になったと言っていたな。
お酒を飲むなら、飲み過ぎないように言っておこう。




