623話 まずは体力
お父さんとガルスさんが剣を交えてから20分。
ガルスさんの体力が尽きかけているのが分かる。
お父さんは、まだまだ余裕があるみたい。
さすが!
昨日の夜、私達が夕飯を終わらせて休憩している時間に、ジナルさんが隠れ家に戻って来た。
そして、ガルスさん達と一緒に隣のオカンコ村まで行って欲しいと、正式にお願いされた。
ジナルさんは、お願いしたのにまだ少し迷っている様子だったので笑ってしまった。
そしてジナルさんは、ガルスさん達にもあるお願いをした。
それは「もっと体力をつける事と旅に出るまでドルイドとウルに鍛えてもらう事」だった。
ジナルさん曰く、ガルスさん達の体力に不安があるらしい。
そんな事は無いと思うけど、ウルさんもジナルさんの意見に賛成していた。
不思議に思いながら、後ろからついてくる見張りを無視して森へ来たのだが、ジナルさんの不安が的中した。
まさか1時間で、ガルスさんの体力がなくなるとは思わなかった。
足から崩れ落ちたガルスさんにアルスさんが慌てて駆け寄ると、体を支えて近くの岩に座らせる。
「ガルス、大丈夫?」
アルスさんが心配そうに、綺麗な布と水を差しだす。
「はぁ、あぁ、はぁ、大丈夫だ」
何とか返事を返すけど、かなり辛そうだ。
次は自分かと、ちょっと顔色を悪くしたエバスさんにウルさんが視線を向ける。
「エバス。睡眠をとらずに休憩だけで、森の中を何日なら歩き続ける事が出来る?」
「2日ぐらいなら」
エバスさんの答えに、思わず彼に視線を向けてしまった。
2日は流石に短すぎる。
「無理をしたら?」
「……3日?」
エバスさんの答えにウルさんが苦笑する。
それに戸惑った表情をするエバスさん。
「アイビー、無理をしたら何日ぐらい森を歩き続ける事が出来る?」
ウルさんが私を見たと思ったら、同じ質問をされた。
「休憩時には座れますか?」
「あぁ、座って休憩できるとして、どうだ?」
えっと、休憩の時に座れるのなら……、
「4日か5日は行けるはずです。でも、精神状態がかなり危なくなると思いますけど」
座って休憩が取れるなら、体を少しだろうけど休ませられる。
それに座っているなら、ちょっとだけ寝る事も出来る。
それなら、5日は行けるはず。
とはいってもかなり精神的に危険だろうな。
5日目とか、笑いながら魔物に突撃しちゃうかも。
「「「えっ?」」」
あっ、ガルスさん達が驚いている。
でも、森の中で激しい雨の時とか、歩き続けるしかない時があるよね。
その場合は、休憩はあっても立ったままの状態だったりして。
あれは、本当にきつかったな。
「分かったか? 自分たちの体力がいかに足りていないか」
ガルスさんが私を見て、ウルさんを見ると頷いた。
体力は森の中では何より重要だからね。
どんなに強くても、体力が無ければそれは活かせないし、逃げ切れない状況も出てくる。
逆に弱くても、体力があったら逃げ切れる事がある。
だから、冒険者の体力作りは何より重要視されている。
と、お父さんから聞いた。
私は幸いにも、5歳の頃から森の中を走り回っていたので体力だけはある!
前世の私が、教えてくれたからね。
「走れ」と。
お父さんが一緒に旅を始めた頃に、私の体力に驚いていたなぁ。
体力だけは、ちょっと自慢だ。
「それと、急な事への反応と対処が遅い」
「えっ、そうかな?」
エバスさんが首を傾げながらガルスさんを見る。
ガルスさんも分かっていないようだ。
「昨日ガルスがソラに襲撃された時、アイビーがガルスに駆け寄っただろ? あの時、アルスとエバスはただ茫然とそれを見ていたよな?」
あの時に、「反応と対処」を調べていたんだ。
ウルさんは、笑っているだけかと思っていたな。
「それは……」
エバスさんが言葉を詰まらせる。
昨日の自分を思い出したのだろう。
そういえば、ソラがガルスさんに向かって飛びついた時、エバスさんはどうしてたっけ?
傍にいたはずなのに、思い出せないな。
「ウルさんの言う通りです。何が起こっているのかと、見てました」
ガルスさんがため息をつくとウルさんを見る。
確かに、私がガルスさんに声を掛けてもしばらくの間は固まっていた。
あの時、ソラと私に敵意があったら、ガルスさんは確実に殺されている。
「冒険者で大切なのは、まずは自分に何が足りていないのかを知る事からだ」
自分の状況を理解することは大切だからね。
「3人とも、冒険者にとって一番重要な体力が足りない。これは1日でどうにか出来る事じゃないから、毎日少しずつ鍛えていくのが良いだろう」
ウルさんの説明に3人が真剣に耳を傾ける。
その様子を見ながら、お父さんの傍に寄る。
疲れた表情はしていないが、ガルスさんの相手を頑張っていたから少しは疲れているだろう。
マジックバッグから、酸味のある果汁を足して冷たくした果実水を渡す。
「圧倒的にお父さんが押してたね」
2人の力の差は歴然としていた。
さすがギルドの隠し玉と言いたいけど、これは止めておこう。
「ありがとう。ところでアイビー、何か余計な事を考えてないか?」
お父さんの言葉に少し焦りつつ、首を横に振って誤魔化す。
「そんな事は考えてないですよ」と。
それにしても、どうしてバレるんだろうな。
顔に手を当てると、お父さんから笑い声が聞こえた。
見上げると、笑いながら私の手を指した。
「手?」
これがどうしたんだろう?
「今の会話の途中で、顔に手を持っていっただろう?」
「あっ、表情を気にしているように見えた?」
「ばっちり」
そっと顔から手を下ろす。
顔の表情だけではなく、行動からも調べられるのか。
気を付けよう。
私が小さくぐっと手を握ると、またお父さんが反応した。
「『表情に出さないように、がんばろう』と思っているだろ?」
完全に読まれてるな。
手も動かさないように気を付けないと。
……難しいな。
「それじゃ、それでいいな」
あっ、しまった。
ウルさんとガルスさん達の話を聞き逃しちゃった。
何か決まったみたいだけど、何だろう?
「お父さん、何が決まったの?」
少し驚いた表情で私を見るお父さん。
「珍しいな。話を聞いていないなんて」
「ちょっと他の事に気を取られちゃって」
「そうか。旅に出発するまで、毎日俺かウルが鍛えるみたいだな」
「そうなんだ」
「あと、時間がある時は『走れ』と言われていたな」
体力作りは基本だからね。
……あれ? 見張りは?
「お父さん?」
「アルス達についている見張りの事か?」
「そう」
「……あれは、気にしなくてもいいだろう?」
お父さんの視線が、少し離れた場所へ向く。
そこには、教会から送り込まれたアルスさんの見張りが2人いる。
「あれで、隠れているつもりなのかな?」
「そのつもりだろうけど、あれは無いな」
お父さんとちょっと笑ってしまう。
隠れているとは言えない見張り役の2人は、太い木に体を隠しているが顔が出てしまっている。
普通は、気付かれないようにそっと窺うのだが、彼らはじっとこちらを見ている。
あれでは隠れている意味が全くない。
「それにしても、隠れている場所が近いよな」
お父さんの言葉に、笑いながら頷く。
表情がはっきり見えるほど近くに隠れた時は、あまりの行動に唖然と2人を見つめてしまった。
すぐに我に返って、知らないふりをしたけれど、あれは無い。
まぁ、遠くに隠れたとしても、気配が全く消せていないので意味は無いのだけれど。
此処までくると、逆にどういう態度をとればいいのかちょっと迷ってしまう。
「そろそろ、周辺を調べ終わるんじゃないか?」
「そうだね」
今回、堂々と見張り役を引き連れて森に入った理由は、気配を消すマジックアイテムを持った見張り役がいるかどうか調べるためでもある。
そろそろ、ジナルさんが私達周辺の調査を終わらせて合流する時間だろう。
「ジナルさんが本気で気配を消すと、本当に分からなくなるよね」
たぶん消しているわけではなく、周辺の気配にまぎれて分からないようにしているんだろう。
深呼吸をして、もう少し深く周りの気配を探る。
……気配の微かな揺れも見つける事が出来ないなんて。
私も、もっと訓練しよう。




