622話 契約書と責任
扉を開けて固まるガルスさんとエバスさん。
その後ろで楽しそうに笑っているウルさん。
「言ってなかったのか?」
お父さんがウルさんの肩を叩いてから、部屋に入ってきた。
「『アイビーがテイムした魔物がいるから』と言っといたけどな」
その言い方では、色々と足りないような気がする。
お父さんも、同じ事を思ったのかちょっと呆れた表情でウルさんを見た。
それに肩を竦めるウルさん。
そんな彼の表情を見ていると、ワザと足りない言い方をしたのでは?と思ってしまった。
「お父さん、お帰り」
「ただいま。仲良くなったみたいだな」
お父さんがアルスさんを見る。
アルスさんは今、シエルにギュッと抱き付いている。
「うん。皆と仲良くなったよ」
「ぷっぷぷ~」
ソラの楽しそうな鳴き方に視線を向けると、扉の前で固まっているガルスさんに向かって行くのが見えた。
ちょっと嫌な予感がするので、慌てて止めようとするが遅かった。
「うわっ」
ドサッ。
ガルスさんの叫び声と、廊下に倒れる音。
そして、ウルさんの大爆笑。
「ごめんなさい。ソラ、急に飛びついたら駄目だって。ウルさんも、笑っていたら駄目です」
急いで廊下に出ると、ガルスさんの頭の上で満足そうに跳ねるソラ。
「ソラ、飛び跳ねないで!」
「ぷっ?」
ソラに注意をしながら、ガルスさんの全身を見る。
怪我をした様子がない事にホッとする。
「大丈夫ですか?」
ガルスさんは、私の声にハッとした表情をすると片手を頭の上に持って行く。
そして、頭の上のソラをぽんぽんと叩く。
「これって、アイビーさんのスライム?」
「はい」
「えっと、アイビーさんに何か嫌われるような事をしたかな?」
ガルスさんの質問に首を傾げる。
なぜ、そんな質問をされるのか理由が分からない。
私の態度が、「嫌われている」と思わせた?
「ぷっぷ?」
……あっ!
「ガルスさん誤解です! ソラにガルスさんを襲えなんて言ってません!」
ソラの行動で、私がガルスさんを嫌っていると思われたようだ。
凄く誤解なのに!
「えっ?」
「ぷ~?」
ガルスさんが不思議そうな表情をするのは分かる。
だけど、どうしてソラまでガルスさんの上で不思議そうに体を傾けるのかな?
「よかった、違うんだ。でも、スライムって命令しないとテイマー以外に触らせないだろう?」
あっ、普通のスライムの常識か。
「ソラは自由ですよ。ソラが良いって思ったら、私の許可は要りませんから」
「そうなんだ。ところで、このスライムって、アルスが夢で見た子かな? 一瞬だけど、青かった気がする」
「ガルス、そうなの。夢で見た時に言ったでしょ。凄く綺麗なスライムだって。本当に凄く綺麗だよね」
嬉しそうにソラを見るアルスさん。
それにガルスさんが苦笑する。
「残念ながら、その綺麗なスライムを確認できない状況だけどな」
頭の上にいるからね。
「ぷっぷぷ~」
ソラがぴょんとガルスさんの前に着地すると、じっとガルスさんを見上げる。
もしかしてあれは、「綺麗」待ちだろうか?
「凄いな」
ガルスさんが立ち上がって、ソラを見る。
「本当に澄んだ青だ。確かに綺麗だな」
ソラは、ガルスさんに向かって体を縦に伸ばすとちょっとぷるぷるする。
「ん? これは?」
「抱っこして欲しいみたいです」
「抱っこ」
ガルスさんは小さく呟くと、そっと割れ物を扱うように優しくソラを抱き上げる。
見た目から、割れそうに見えるのだろうか?
ぶつかった枝を折るぐらい、頑丈なんだけどな。
「なんだか、すごくガルスに懐いているような気がする。私の方が先に会ったのに」
ガルスさんの腕の中で嬉しそうに揺れるソラを見て、アルスさんが拗ねた様子を見せる。
エバスさんも衝撃から復活したのか、ガルスさんに近付くと私を振り返る。
「許可は要らないみたいだけど、許可があると触りやすいんだよな。アイビー、触っていいか?」
確かに、許可があった方が手を伸ばしやすいかな。
「はい、どうぞ。ただ、ソラが嫌がったら駄目です」
「分かった。ソラ、触らせてほしい、いいか?」
「ぷっぷぷ~」
「あっ、この返事は『いいよ』だよ。さっき、教えてもらったの」
アルスさんが、私を見るので頷く。
「へぇ、そうなんだ。ソラ、触らせてもらうな」
エバスさんがそっとソラに手を伸ばす。
ソラに手が触れたエバスさんは、なぜかちょっと固まったあとは嬉しそうに撫でまわした。
あっ、エバスさんの触り方は嫌がられるかも。
「エバス、触り方に注意しないと。いつもみたいに嫌われるぞ」
ガルスさんの注意にエバスさんが、ゆっくりとソラを撫で始めた。
ソラはチラリとエバスさんを見たが、そのまま目を閉じた。
まだ、大丈夫みたい。
「エバスが触って嫌がられないなんて、初めてだね」
アルスさんの言葉に、嬉しそうに笑うエバスさん。
触れた時に固まったのは、嫌がられなかったからか。
確かにあの触り方だと、嫌がられるかもな。
「アルス、アイビー。契約書を確認して名前を書いてほしいんだ。そのために、部屋までお邪魔したんだよ」
そうだったんだ。
ウルさんが、テーブルの上に紙を数枚置いて、トントンと叩く。
そういえば、お父さんとガルスさん達は何を話し合ったんだろう?
「お父さん、ガルスさん達と何を話したの?」
「あぁ、契約書に使う紙の事でちょっとな」
契約書の紙という事は、マジックアイテムの紙を使用する事を不思議に思ったのかな?
通常は、普通の紙を使用した契約書を使うからね。
「話は纏まったの?」
「もちろん。いつも通りだ」
つまり、マジックアイテムの紙を使用した契約書か。
テーブルに置いてある紙を手に取る。
何度も見ている紙なので、違和感はない。
「アイビー。今回の契約は、今までとは違う。この契約書に名前を書くと、アイビーも守らなくてはならない事が出来る。それをしっかり理解してから名前を書いてほしい」
そうか。
いつもは、私の秘密を内緒にしてもらうだけの契約だったけど、今回はそれだけじゃなくて、私がアルスさん達の秘密を内緒にするという契約も含まれるんだ。
私が守らないといけない事は、アルスさん達の事を他の人に話さない事。
今までと違って、私にも責任が生まれる契約だ。
ちょっと、緊張してきちゃったな。
「分かった」
契約書に目を通す。
既に、ガルスさん、エバスさん、お父さんの名前は書いてある。
小さく息を吐いて、お父さんの下に名前を書く。
こんなに緊張した契約は初めて。
「契約書なんて初めて見た」
アルスさんに契約書を渡すと、不思議そうな表情で契約書を見つめる。
「そうなんですか?」
「うん。アイビーはあるの?」
「はい。もう数十枚かな?」
私の言葉に、アルスさんだけではなくガルスさん達も驚いている。
確かに、数十枚は多いよね。
「まぁ、妥当だろうな」
ウルさんが、ベッドの上で寛いでいるシエルを見る。
「やっぱりすごい事なんですよね」
ガルスさんの言葉に、ウルさんが真剣な表情を見せる。
「アダンダラをテイムしたなんて、聞いた事も見た事もないよ。しかも、スライムに変化出来るなんて」
それだけではないけどね。
「書けました。緊張した」
アルスさんから契約書を受け取ったウルさんは、確認すると頷く。
これで、私にも責任が生まれたんだよね。
誰かに話すつもりなんて無いけど、気が引き締まるな。




