621話 羨ましくて
「どうぞ」
甘めのお茶を用意して、アルスさんの前に置く。
「ありがとうございます」
嬉しそうに笑うアルスさんを、こっそり観察する。
なんだかちょっとだけ、さっきまでのアルスさんと違うような気がする。
ん~、何が違うんだろう?
……雰囲気かな?
あっ、さっきより落ち着いた印象なんだ。
「ガルスさん達と、しっかり話が出来たんですね」
まぁそうでないと、謝る余裕なんて無いか。
「えっ?」
アルスさんが驚いた表情をするので、首を傾げる。
話をして分かり合えたから、落ち着いたと思ったんだけど。
「違いましたか?」
「違わないです! 私が何を考えていたのかガルスとエバスに話したら、怒られて泣かれちゃって。それを見たら、自分が凄く馬鹿な事を考えていたんだなって気付かされました」
「2人にとって、アルスさんは大切な人ですからね」
自分達のためとはいえ、アルスさんの取った行動は悲しかっただろうな。
「私が離れれば、2人は幸せになれると思っていたんです」
思っていた?
今の言い方って、ずっと前からそう感じていたのかな?
「私のせいで、2人の人生を滅茶苦茶にしてしまったから」
滅茶苦茶か。
ガルスさん達はそう感じてはいないだろうけど、人生が変わった事は事実だろうな。
もし、私が逃げた時に誰かが一緒だったらどう思うだろう?
……私も同じかも。
私のせいで、一緒に逃げた人の人生を変えてしまった、逃げるような人生にしてしまったと後悔したと思う。
「『風』のジナルさんを見た時、ホッとしたんです。彼がいたら、2人から離れる事が出来るって。『ジナルさんの方が頼りになりそうだから、もう2人はいらない』って」
「えっ」
今、凄い内容だったよね?
もしかして、ガルスさん達に嫌われるつもりだったの?
「あ、後腐れない方が良いと思ったので」
いや、後腐れより傷つけるだけだと思う。
「いま、考えたら……なんでこんな事を思ったんだろうって思います。2人には言わなくて良かったって」
「私も、そう思います。それは、絶対に言ったら駄目な言葉だと思うので」
「やっぱりそうだよね? なんであの時は、これで2人は私を忘れられるって思ったんだろう」
そうとう思いつめていたんだろうな。
そうじゃないと、そんな事は考えないと思う。
「ジナルさんにお願いする機会はあったけど、言えなくて。でも、教会が私の事を見つけたって聞いた時、もう時間が無いと思ったんです。だから、今日がいい機会だって思えて。でも、言う機会はあったのに、どうしても言葉にできなくて。自分が情けなくて。気付いたら、夢の話をしてたっていうか」
アルスさん、少しずつ言葉が砕けてる。
内容はちょっと駄目だけど、嬉しいな。
「そうだったんですね」
ガルスさん達に対する後ろめたさが、ずっと付きまとっていたんだろうな。
それが、どんどんアルスさんを追い詰めてしまった。
教会の事が切っ掛けになったけど、今回の事が無くてもいつか爆発してたのかもしれない。
そう考えたら、私達がいた時でよかったかもしれない。
「ドルイドさんとアイビーさんを巻き込もうと思ったのは、その……アイビーさんが羨ましくて」
「羨ましい?」
「……あの……2人とも本当に仲のいい親子で……私には、もういないのにって思ってしまって。悔しかったのかもしれない」
ん?
もういないって……もしかして血のつながった親子だと誤解してる?
あれ?
アルスさんの前でお父さんとは血が繋がっていないという話はしなかったかな?
いや、普通の会話でそんな事は話さないか。
「あの、少し誤解があるみたいなんですが···」
不思議そうに私を見るアルスさん。
私とお父さんは、アルスさんから見ると本当の親子に見えるのか。
それは、ちょっと嬉しいかも。
いや、ちょっとじゃなくてすごく嬉しいかも。
顔がにやけそう。
「えっと、お父さん。ドルイドさんとは、血は繋がってないです。それにえっと……あれ? いつから一緒にいるんだっけ? まだ1年?」
なんだろう?
不思議なほどずっと一緒にいる感覚になるけど、まだ1年なんだ。
「えっ? ドルイドさんと血が繋がってない? 1年? えっ! 嘘!」
唖然とするアルスさんに頷く。
私も1年に違和感を覚えるけど、まだ1年だよね?
1年か。
……もう数年間ぐらい一緒にいる感じだけど。
自分で言って、ちょっと驚いてしまった。
「そんな風には、全く見えない」
「それは、すごく嬉しいです。私にとって大切な存在なので」
駄目、やっぱり顔がにやける。
「アイビーさん、すごく嬉しそう」
「はい。あっ、私もアルスさんとちょっと一緒なのかもしれないです」
「一緒?」
「はい。私も教会でスキルを調べた日から、全てが変わったので」
「そうなの?」
「はい」
話しても大丈夫かな?
……スキルの事はちょっと止めておこう。
「私のスキルが判明した日、家族は私を捨てました」
「えっ! 家族が?」
驚いた表情をするアルスさんに笑みを見せて頷く。
「そんな……」
アルスさんが悲壮な表情をして、ちょっと首を傾げてソラ達を見る。
きっとスキルの事を考えているんだろうな。
テイマースキルでは、家族に捨てられるわけがない。
「ごめんなさい」
今度はなんの謝罪だろう?
「勝手に思い違いして、悔しがって羨ましがって……私って最低じゃない」
アルスさんは、言葉を続けながら机にどんどん突っ伏していく。
自分の言った言葉に、攻撃されたみたいだ。
「ぷっ、あははははっ」
そんな彼女の様子に、我慢しきれず笑ってしまう。
「えっ? なに?」
「ごめんなさい。ふふっ。そんな落ち込むなんて思わなくて……。ぷぷっ」
駄目だ。
アルスさんを見たら笑ってしまう。
「アイビーさんは、優しい心を持っているよね。……あっ」
なぜか少し焦った表情のアルスさんに、首を傾げる。
「えっと、ごめんなさい」
言葉が砕けている事に気付いたのかな?
「普通に話してくれた方が嬉しいです」
「ありがとう。アイビーさんも、普通でいいからね」
「はい。ただ、私の場合はこれで慣れてしまっているので、難しいですが」
お父さんには大丈夫なんだけど、他の人には無理になってしまっているんだよね。
「ぷっぷぷ~」
「えっ……鳴いた! スライムが鳴いた!」
ソラの鳴き声に、興奮するアルスさん。
珍しいからね。
「そういえば、仲間を紹介すると言ってまだでしたね。えっと、夢で見たのは青いスライムでしたよね。あの子が、ソラです。隣で眠たそうに揺れている赤いスライムが、フレムです。それと……アダンダラのお腹に見える黒いスライムが、ソルです。で、最後にアダンダラの名前が、シエルです」
トロンは、起きた時に紹介しよう。
「ソラにフレムに、ソルにシエル。可愛いしカッコいい」
アルスさんが名前を呼びながら順番に見ていく。
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
ソラとフレムがピョンとテーブルに乗って来る。
それに感動したような表情をするアルスさん。
「本当に、今まで見てきたスライムと違う。それにしても綺麗な子達」
ソラとフレムに顔を近付けじっと見るアルスさん。
なぜか、ちょっと胸を張るソラとフレム。
綺麗と言われたからだろうか?
「透き通ってる」
「性格も可愛いんですよ」
アルスさんが、ソラにそっと手を伸ばすが途中で止まってしまう。
「大丈――」
「ぷ~」
あっ!
ぴょんとアルスさんに向かって飛ぶソラ。
「きゃっ」
慌ててソラを抱きしめるアルスさん。
「ごめんなさい。驚かせるのが好きで」
ソラを抱いて、呆然と胸元を見るアルスさん。
アルスさんの腕の中で満足そうなソラに苦笑してしまう。




