615話 やるなら徹底的に
「本物って、昔噂で聞いた『本物の教会』の事でいいのか?」
お父さんの質問に、ウルさんが頷く。
つまり「本物の教会は別にある」という噂は本当だったという事か。
隣にいるお父さんを見る。
どうしたんだろう?
さっきから雰囲気が硬い感じがする。
「ウルとサフサは、この村の噂が本当だと知っていたのか?」
あっ、それは私も気になった。
「最近まで知らなかったわ。でも、向こうから接触してきたの」
サフサさんの答えに怪訝な表情を見せるお父さん。
「接触?」
「彼らはずっと待っていたのよ。動き出す時を。だから今の教会がどうなっているのか、詳しく知る必要があった。だから、接触してきたのよ。運良く、私達の仲間と接触したからよかったけど、違ってたら最悪な結果になっていたでしょうね」
最悪の結果というのは、殺される可能性があったという事なのかな?
「相当な覚悟の上か」
「そう思うわ。大きな賭けだったでしょうね。それに凄いのよ」
サフサさんが楽しそうにお父さんを見る。
「凄い?」
「そう。声を掛けてきた者について詳しく調べた仲間からの報告なんだけど、二週間調べて仲間1人すら分からなかったんですって」
それは凄い。
ウルさん達の組織はかなりの人達の集まりなのに、そんな彼らから完璧に隠すなんて。
「それは、凄いな」
「でしょ? 調べた奴らが悔しがっていたわ」
「なぜそんな彼らが守る教会が、乗っ取られたんだ?」
お父さんの疑問は当然だよね。
戦い方を知っているなら、どうして守り切れなかったんだろう?
「昔は誰でも受け入れる体制だったんですって。だから助けを求めた者達が、王都の教会から送られた者達だと気付かなかったそうよ。気付いた時には、教会の内部にかなり入り込まれていたって。それでも何とか追い出そうとしたそうだけど、80年前に完全に乗っ取られたと言っていたわ」
80年前?
何か聞いたような……あっ、暴走した魔物に襲われたのが確か80年前だ。
そうだ、その時「教会の者達が無償で傷の手当てや食料を配った」と、ジナルさんが言っていた。
その時に、乗っ取られたんだ。
「80年前からずっと隠れ続けていたのか?」
「そうらしいわ。昔は元の教会の関係者というだけで、何十人も犯罪奴隷に落とされたそうよ」
酷い。
「あまり詳しくは言いたがらなかったけど、『色々な事を経験して、戦い方を身に付けた』と言っていたわ。そんな彼らだから、教会を取り返したら次は乗っ取られたりなどしないでしょ。私たちも見張っているし」
「教会の本質は変わっていないのか?」
本質?
お父さんを見ると、サフサさんを真剣な表情で見ている。
「大丈夫だと思うわ。確かに彼らは綺麗ごとだけでは守れない事を知ったけど、助けを求める者の手を払いのけたりしてないもの」
お父さんは、色々な事を知って変わってしまっている可能性を言っているのか。
変わっていたら、元の教会に戻っても意味がないのかな?
……変わり方によるか。
「変わった部分はあるけど、根本的なところは変わっていないわ」
「そうか」
お父さんの雰囲気がふっと軽くなる。
納得できたのかな?
お父さんを見る。
「どうした?」
柔らかな笑みをたたえて、私を見るお父さん。
さっきまでいつもと雰囲気が違ったから心配だったけど、もう大丈夫そう。
「なんでもないよ。ちょっと……」
言っていいのかな?
「あぁ、悪い。怖かったか?」
怖い?
お父さんの言葉に首を傾げる。
「それは全然、大丈夫」
怖いと思った事は無い。
「そうか」
嬉しそうに笑うお父さんに、私も笑う。
「仲がいいわよね。殺伐とした場所にいるから、癒されるわ」
んっ?
サフサさんが何か言ったかな?
「さてと、私は教会に戻るわ。まだやる事が残っているから、ふふふっ」
可愛いのに黒い笑顔とか、サフサさんは凄いな。
「サフサは、最後まで徹底的にやるよな」
「あら、当然じゃない! やるなら最後までが信条よ。アイビー、アルス」
「「はい」」
真剣な表情で私とアルスさんを見るサフサさん。
ウルさんが、隣で顔を引きつらせている。
何を言われるの?
「敵に温情なんて見せちゃ駄目よ。やると決めたら、徹底的に。相手が二度と這いあがって来ない様にする。これが大切だからね。途中で、『可哀そうかな?』なんて温情を見せては絶対に駄目。犯罪に手を染めてきた奴らはね、私たちの心を揺さぶるような事を言ってくるわ。『自分たちは悪くない』とそのまま言う訳ではないけど、要約するとそういう事を色々な表現で言ってくるの。そしてこっちがちょっとそれに心を揺さぶられると、そこを一気に攻めてくる。でも、そんな戯言に騙されちゃ絶対に駄目よ!」
「「はい」」
あまりの迫力に、アルスさんと私は同時に頷く。
ウルさんがため息を吐いて、サフサさんの肩を叩く。
「痛いわね」
「何を言うかと思ったら」
「あら、本当の事じゃない。奴らの狡猾さはウルだって知っているでしょう?」
「そうだけど、アルスはともかくアイビーはまだ子供だぞ? ……理解してるみたいだからいいけど」
サフサさんから私に視線を向けて、ちょっと戸惑ったウルさん。
「大丈夫です。サフサさんの言った事は、しっかり伝わりました」と気持ちを込めて頷くと、複雑な表情をされてしまった。
「まぁ、アイビーはそれなりの経験を積んでいるから、犯罪者に温情は掛けないよ。特に今回のような奴らには、な?」
お父さんは、本当に私の事をよくわかっているよね。
「うん。絶対に無い」
私の返答に笑顔のサフサさんと、苦笑のウルさん。
アルスさん達は少し驚いていた。
「あっ、そろそろ行くわね。ウルはどうするの?」
「俺はドルイド達と一緒に行動するよ。ジナルから一緒にいるように言われているし」
ジナルさんか。
昨日の様子が気になるけど、見に行くわけにもいかないから戻ってくるのを待つしかないよね。
そうだ、きっと疲れて帰ってくるだろうから、力が湧く料理でも作ろうかな。
「そうだ、ドルイドの今日の予定は?」
「買い物に行く予定だ」
沢山作るから、いっぱい買わないと。
ジナルさんから、材料費も多めに貰っているしね。
「村の人達が、少しいきり立っているかもしれないから気を付けて」
村の人達が怒っているの?
あっ、教会の情報を流しているからそれでかな?
「分かった。巻き込まれないように気を付ける」
「今日はまだ、暴動にまではしないと思うけど、もしかしたらそちらに誘導するかもしれないから」
暴動も誘導できるんだ。
なんだか、凄いな。
「それをするなら事前に情報が欲しい」
「もちろんよ」
サフサさんが残りのお茶を飲むと、立ち上がる。
「さて、戻るわ」
とてもいい笑顔で部屋を出ていくサフサさん。
教会で本当に何をするんだろう?
「サフサさん、楽しそうだね」
「はい」
アルスさんと視線が合うと、笑みがこぼれる。
少し前まであった壁が、今は無くなっている気がする。
「ガルス達はどうするんだ? 隠れ家で待ってるのか? それとも一緒に買い物に行くか?」
ウルさんが、ガルスさんを見るとなんとも言えない表情をしていた。
それに不思議そうな表情をするウルさん。
「いや、俺達には見張りが付いているし」
「素人なら、気にする必要ないだろう」
「そういえば、俺とアイビーに引っ付いていた見張りはいつの間にかいなくなっていたな」
引っ付いていたって。
お父さんの言い方に、つい笑ってしまう。
「あぁ、あれか。新しい冒険者や旅人には、必ず数日付くんだよ。その間に、特に気になる事が無ければ、見張りは終了。2人は、何もせずに放置したんだろう?」
「あぁ、下手に突つくと面倒になりそうだったからな」
お父さんの言葉に頷く。
やっぱり放置で正解だったんだ。
見張りに気付いた事を知られなくて良かった。




