613話 食べないと駄目!
隠れ家に近付く見知った気配に、視線を玄関の方へ向ける。
ウルさんだ。
朝ご飯は、食べるかな?
「ただいまぁ」
聞こえてきたウルさんの声に、首を傾げる。
なんだか、随分と疲れ切った声に聞こえたけど大丈夫?
「帰って来れたぁ」
昨日は聞こえなかった廊下を歩く音に、全員の視線が部屋の出入り口に向く。
バン。
勢いよく開いた扉に少し驚くが、入ってきたウルさんの顔色の悪さにもっと驚いた。
「ない……遅かったか」
ウルさんの視線がテーブルに向けられ、次の瞬間項垂れた。
たぶん、空のお皿を見たんだろう。
「大丈夫です。ウルさんの分は置いてあります」
凄く嬉しそうな表情で、私を見るウルさん。
そこまで喜ばれると思わなかったので、ちょっと戸惑ってしまう。
「本当に? ありがとう。朝の3時に起こされて連行されたんだけど、忙しくてさぁ。起きてからまだ何も食べてないんだよ」
連行?
ジナルさんに無理やり連れて行かれたのかな?
人手が足りないって言っていたもんね。
しかも、起きてから食べてないなんて。
ウルさんの表情を見ると、疲れだけではなく睡眠不足だと分かる隈もある。
「もう、体力の限界で。ようやく任された仕事が終わったんだけど、頭は働かないし、なんかふらふらするし大変だった。しかも、腹が空き過ぎて気持ち悪くなってさ。とりあえず隠れ家の周辺にいる奴らの事が気になったから戻って来たんだけど、途中でここに来たら食べる物がある可能性に気付いて急いだんだ」
私の隣に座り込んだウルさんのお腹から、タイミング良く音が聞こえた。
「あっ」
その音に気付いたウルさんが、ちょっと困った表情でお腹を押さえる。
そんなウルさんに、微笑むと立ち上がる。
「すぐに準備しますね」
とりあえず用意しておいたサンドイッチを、すぐに持って来よう。
あっ、でもお肉がしっかり入ったサンドイッチで大丈夫かな?
「腹が空き過ぎて、気持ち悪くなった」と言ったよね。
もう少しお腹に優しい食事の方がいいかな?
「待った。アイビーは、休憩中だろう? 自分で取ってくるよ」
ウルさんがふらりと立ち上がると、私の肩をポンと叩く。
「待ってください。今日の朝食はお肉の入ったサンドイッチだったんですけど、大丈夫ですか? 気持ちが悪いなら、お腹に優しい食事を用意しますよ」
私の言葉に首を傾げるウルさん。
でもすぐに、アッという表情をして首を横に振る。
「大丈夫。腹が空き過ぎて気持ち悪くなるのは、慣れてるから」
いや、慣れてるって。
「組織を追い込む時とか、大量の証拠書類を確認する時とか、寝食の時間を削るから、本当に慣れてるんだ。これぐらいなら、気にする必要ないから。気にしてくれてありがとう。それよりサンドイッチ? 楽しみだな」
本人が大丈夫というなら信じるけど、忙しい時ほどしっかり食べないと。
「忙しくても、食べないと駄目ですよ。サンドイッチは、調理場の一番大きなマジックボックスにありますから、好きなだけどうぞ。ただし、水分をとりながらゆっくり食べてくださいね」
「分かった」
ウルさんが嬉しそうに大皿に盛ったサンドイッチを全部持ってくると、食べ始めた。
味は濃くないし、野菜も沢山挟んだから大丈夫かな?
「おいしいな。体に染み渡る」
染み渡る?
それって飲み物とか液体で使う言葉じゃなかったかな?
何となく全員で、ウルさんが食べ終わるのを見守る。
最初は食べる事に集中していたウルさんも、お皿の上のサンドイッチが残りわずかになると落ち着いた。
「はぁ、生き返った。ご馳走様」
少し多めに作って置いていたサンドイッチが綺麗に無くなった。
「足りましたか?」
ちょっと不安になって聞くと、満足そうな表情のウルさんが頷いた。
それに、ホッとする。
「あ~でも、ごめんな。食べきっちゃって」
空のお皿を見たウルさんが、小さく謝る。
それに首を横に振る。
「また作ればいいだけですので」
お茶を入れて、ウルさんの前に置く。
「ありがとう」
「食べてすぐで悪いが、外の見張りはどうだった?」
お父さんの言葉に、ガルスさん達が緊張したのが分かった。
ウルさんがちらりとガルスさん達を見た後、お父さんを見る。
「とりあえず、素人が3人。ちょっと慣れてるのが1人だな」
えっ?
ウルさんの説明に全員が不思議そうな表情をする。
素人? ちょっと慣れている?
昨日見かけた見張りもかなり酷かったけど、今日の見張りも相当だね。
というか、見張る気がないような気がするな。
「アルスの事を重要視しているのは、オットミス司教だけだ。そしてオットミス司教は、見張るように指示を出したが、なぜかという理由を言っていない。教会内でのオットミス司教は絶対的だったが、今はそれが崩れている。そうなると、もしもの時を考えて見張りは付けるが、理由を知らない者達からしたら、重要度はかなり低い。だから、暇そうなのを見張り役にしたってところかな。まぁ、ちょっと気になる事があるから、今調べている最中だけど」
教会内の力関係が完全に崩れているんだ。
「おい、ウル。お前、誰を隠れ家に連れてきた?」
不意に、お父さんがウルさんを睨みつけた。
次の瞬間、ガルスさんとエバスさんが剣を鞘から抜くと、アルスさんを守るように移動する。
私もすぐに動けるように、態勢を整えつつ気配を探る。
が、おかしい。
誰の気配も掴めない。
お父さんの言い方だと、すでに隠れ家に入っているはずなのに。
もしかして、マジックアイテムを使ってる?
「さすが」
ウルさんを見ると、驚いた表情でお父さんを見ている。
「まさか気付くとは思わなかった。ドルイドは本当に凄いわ。マジックアイテムで完全に気配を消しているのに、よく気付いたな」
ウルさんの様子から、何がしたいのか掴めない。
ソラの判断では、敵ではないはずなんだけど。
「悪い、今――」
コンコン。
ウルさんが話しだそうとすると、扉を叩く音が聞こえた。
ガルスさんとエバスさんの剣先が、扉へ向く。
「説明をしろ」
お父さんの少し呆れた表情に、ウルさんが肩を竦める。
「怖がらせて悪かった。俺たちの仲間だから大丈夫だ。あまりに見張りが役立たずだから、罠かと思って探ってもらったんだ」
さっきウルさんが言っていた「ちょっと気になる事」はこれだったのか。
ガルスさんが、お父さんを見る。
お父さんはじっとウルさんを見ると、ガルスさんとエバスさんに向かって頷いた。
「分かった」
ガルスさんが剣を鞘に戻すと、エバスさんも同じように剣を鞘に戻したが、2人とも警戒は解いていない。
「失礼します。いいですか?」
少し緊張感が漂う中、女性の声が扉の向こうからした。
「結果を聞きたいんだが、入ってもらって構わないか?」
ウルさんが、全員を見回す。
「あぁ、ただしゆっくり扉を開けてくれ」
お父さんが廊下に聞こえるように、少し大きめの声を出す。
「ありがとうございます」
お礼と共にゆっくりと扉が開き、綺麗な女性が部屋に入って来た。
「うわっ、綺麗な人」
アルスさんの言葉に、つい頷いてしまう。
今まで見た中で一番、綺麗な人かもしれない。
深いブルーの髪は肩のあたりで綺麗に切りそろえられていて、女性が動くとさらさら揺れている。
「驚かせたようで、ごめんなさいね。まさか、説明がまだされていないとは思わなかったから」
説明?
ウルさんを見ると、ちょっと拗ねた表情をしている。
「しょうがないだろう。腹が減っていたんだから。それにサフサが来るの、少し早くないか?」
ウルさんの言葉に、サフサさんと呼ばれた女性がため息を吐く。
「食べながらでも説明は出来たでしょ?」
先ほどのウルさんを思い出す。
それはちょっと、無理かもしれないな。




