611話 想像以上だ
あれ?
ジナルさんの表情に、首を傾げる。
今までもジナルさんの嫌そうな表情は見てきたけど、一瞬だけすごく強い嫌悪感が現れたような気がする。
見間違いではないと思うけど。
「大丈夫か?」
お父さんも気付いたのか、探るようにジナルさんを見る。
「ん? あぁ、悪い」
無意識だったのか、お父さんの言葉に苦笑を浮かべるジナルさん。
「ちょっとな。それより、先にこの村を出て欲しいと言ったが、明日とかではないから」
いつもの様子に戻ったジナルさんに頷く。
「いつ頃だったら判断できる?」
「そうだな、教会がどう動くかだな。おそらく……1週間以内には判断できると思う。ドルイドもアイビーも大丈夫か? ガルス達と一緒に行動する事になれば、少なからず巻き込まれる可能性がある。いや、一緒に行動しているから既に巻き込まれるか。何らかの被害を被る事になるかもしれない」
巻き込まれるのは、嫌だけど慣れているからね。
それについては「またか」と、思うぐらいだけど被害か。
どんな被害が考えられるんだろう?
教会だから……命でも狙われるのかな?
それはちょっと嫌だな。
「俺達が流す情報を調整するから、ガルス達の足取りは当分の間は知られる事は無いだろう。2人の事も、教会に知られないようにする。ただ、この世に絶対はないから、知られる可能性もある」
それは、そうだろうな。
でも、ジナルさん達が情報を調整するなら、隠し通せる確率の方が高そう。
「アイビーは、教会が関わっているけど大丈夫か? 駄目なら言ってくれ」
ジナルさんが真剣な表情をするので、首を横に振る。
「大丈夫です」
ガルスさん達が困っているなら手助けしたい。
後々、悔いたくないからね。
正直、教会の事は気になるけど断る理由にはならない。
「そういえば、オカンコ村でいいんですか?」
教会から隠れるなら、逆のオカンケ村の方がいいような気がする。
オカンコ村は王都の教会に近付く事になる。
「オカンコ村には、人を上手に隠す仲間がいるんだ。彼にガルス達を任せるつもりだ」
人を上手に隠す?
師匠さんみたいに、別人にするのかな?
「つまり、オカンコ村のその仲間の下へ、ガルスさん達と一緒に行けばいいんですね。あっ、その仲間の人と私やお父さんが会っても問題ないですか?」
騎士の人のように、隠している場合もあるだろうし。
「問題ないよ。ただ仲間の情報は、出発が決まってから話すよ」
まだ、ガルスさん達と一緒に行動することが決まったわけではないからね。
「分かりました。お父さんと『次はオカンコ村だね』と話していたので、丁度いいです」
お父さんを見ると、笑って頷いてくれた。
きっと私がどういう答えを出すのか、見当はついていたんだろうな。
「もう、真っ暗だな。日が落ちるのが早くなってきたが、遅くまで悪かったな」
ジナルさんが、両手を上にあげて背筋を伸ばすのを見て、私も背筋を伸ばす。
どうしても、こういう話をしている時は前のめりになってしまうから、伸ばすと気持ちいい。
「明日、教会に行って内情を見てくるな」
「そんなに頻繁に教会に潜り込んで大丈夫なのか?」
そうだよね。
今日も、教会に潜り込んでいたんだし。
教会側にバレたら、大変な事になる。
「大丈夫だ。教会を管理していたオットミス司教は、恐怖のみで統制を取っていたみたいなんだ」
だから森の奥で見たあの年配の男性は、すぐに逃げる事を決めたんだ。
「そのせいで、仲間同士の繋がりが薄い。こういう場合、一度統制が崩れるとなかなか元には戻らない。そのお陰で、教会でやりたい放題だよ」
ジナルさん、楽しそう。
「オットミス司教は、今の状況を全く予想してなかったんだろうな。たぶん、あと少しで全てが成功し自分の教会での地位はもっと高くなると予想していたはずだ。それが、クスリの原料となるカリョの花畑は元々なかった可能性が出てくるし、それが取引相手の貴族にバレてしまうし。しかもその貴族を「殺せ」と命令を出したのに、一向に返事が返ってこない。そして自分の片腕のオダト司祭の裏切り」
こう並べてみると、オットミス司教をじわじわと追い詰めている感じになってるね。
最後のオダト司祭以外は、全て偶然の産物だけど。
「オットミス司教は、自分が攻撃されていると疑心暗鬼になり、誰も近付けさせない状態になっている。そんな状態だから、下の者達に目を光らせる余裕はない」
姿の見えない敵ほど、怖い者はない。
今のオットミス司教の心境は、凄いだろうな。
「本来であれば、こういう時はオダト司祭が下の者達を管理するんだろうが、いないから出来ない。トップ2人がいないとなれば、統制は崩壊するのが当然だ。そのお陰で警備はボロボロ。誰が紛れ込んでもばれない状態だ。なんせこの機会に、オットミス司教を殺そうとする者まで現れたからな」
うわ~、想像以上に凄い状態だ。
「そんな、簡単に死なせてたまるか」
ん?
「自分に従順だった者に殺されそうになった時のオットミス司教は、最高に面白い表情だったけどな」
ジナルさんが冷ややかな笑みを見せる。
「まぁ、ボロボロだろうと教会内部なんだ、気をつけろよ」
お父さんの言葉に、笑みを見せて頷くジナルさん。
さっきの冷ややかな笑みとは、全然違う笑みにちょっと安心する。
「あっ、ガルスさん達と一緒に旅をするなら、食料をもっと確保する必要があるよね」
何を作ろうかな?
「そうだな。まだ一緒に行くかどうかは不明だが、準備ぐらいはしておいても問題ないだろう」
一緒に行かなかったら、料理だけ渡してもいいしね。
「だったら、買い物に行かないとね」
真っ白な紙を出して、買い出しリストを書く準備をする。
「あのさ。お願いがあるんだが。あっ、そうだ! ずっと渡そうと思っていて渡しそびれていたんだが。これを受け取ってくれ」
ジナルさんが、お父さんに何かの紙を渡す。
それを見たお父さんが笑った。
「はははっ。いったい何時からのだ?」
なんの話だろう?
「随分前からだな。渡そうと準備をするんだが忘れてしまって、また新しく作っては金額を調整してを繰り返していた。今日、渡せてよかったよ」
金額?
お父さんを見ると、手に持っていた紙を見せてくれた。
紙には、かなりの金額と「食事代として」と書かれていた。
「これって――」
「今までの俺やフィーシェ達が食った食事の代金。食材だって安くないのに、今まで渡せなくてごめんな」
「いえ」
もう一度金額を見る。
どう考えても、多すぎる。
「ちょっと多すぎませんか?」
「そうか? そんなもんだろう」
お父さんを見ると、金額を見て頷いた。
「アイビーの手間も含めると、こんなもんだろう」
私の手間?
そういうものかな?
「お金は渡せたな。あと、お願いなんだが」
「はい」
一体、何だろう?
「俺達の夕飯を、少しでいいから作り置きしてもらえないだろうか? アイビーがこの村を出発した後で食べられるように」
料理の作り置き?
「それは別にいいですけど」
「ありがとう。無理しない程度でいいから」
「はい」
……えっ、お願いってそれだけ?
驚いてジナルさんを見ると、嬉しそうな表情をしている。
まぁ、喜んでくれているなら、それでいいか。
えっと、ガルスさん達の分と、ジナルさんとフィーシェさんの分だよね。
「明日はいっぱい買わないとな」
「そうだね」
「悪い。さっきで終わろうとしたのに、また話し込んでしまった」
そういえば、少し前に終わろうとしてたっけ。
「ここにいると、また話し込んでしまいそうだから、戻るな」
ジナルさんが、扉を開けるとお父さんと私を見る。
「2人とも、色々とありがとう」
「気にするな」
お父さんの言葉に頷くと、笑って手を振ってジナルさんが出ていった。
「なんだかちょっと不安定になってる?」
いつも通りなんだけど、時々ちょっと違和感が。
「教会で、ろくでもない物でも見たんだろう」
なるほど。
大変だな。




