609話 うんざりするよね
「オダト司祭は?」
ジナルさんが不敵に笑ってお父さんを見る。
「特別待遇で、ある場所にいる」
特別待遇が何かは、知らないほうがいいんだろうな。
絶対に。
「まぁ、やり過ぎないようにな」
私は何も聞いてません。
「死なれたら困るから、大丈夫だ」
お父さんがため息を吐く。
死ななかったらいいのか……いや、聞いてないからね。
「それより、ウルから森の事を少し聞いたんだが、何があったんだ?」
あれ?
ウルさんからちゃんと説明されてないのかな?
「どこまで聞いた?」
「『森で教会が使っている洞窟を見つけた』までだな」
ほとんど説明してないな。
ガルスさん達がいたから、言わなかったのかな?
「それだけか?」
「あぁ。アルスが倒れたから、そこまでだった」
アルスさんが倒れた!?
「何があったんですか? アルスさんは、大丈夫なんですか?」
ジナルさんを見ると、ポンと頭に手が乗る。
「アルスは大丈夫だ。少し疲れが出ただけだよ」
倒れるほどの疲れ?
「アルスは、見張りがいる事を知ってから、ずっと不安や恐怖に襲われていたんだろう。自分の大切な者達に、被害が出る可能性があるからな」
自分の家族や親族を簡単に殺した教会だから、ガルスさんやエバスさんも殺されてしまうと考えたのかも。
「この村の現状を知っているから、トルラフギルマスに『助ける』と言われても不安だったはずだ。そんな時に俺達が助けると言い、しかも、教会が他の事で追い詰められている。もしかしたら、逃げられるかもしれないと思ったら、気が緩んだんだろう。今彼女に必要なのは、ゆっくりと休む事だよ」
そうか。
安心したから、どっと疲れが出たのか。
「ウルには、アルスの様子を見てもらっている。ガルス達は『自分達が見る』と言ったんだが、彼らもかなり疲れた表情をしていたから休むように言ったんだ。そんなこんなで、話は途中までなんだ」
それなら仕方ないね。
「分かった。それなら俺が、簡単に説明する。今日の昼頃に、捨て場でラビネラの集団に襲われた。様子を見るために、討伐せずに後を追ったんだが、その先で教会が使っている洞窟とそこで働いている者達を発見。見た印象から、研究者と護衛と見張り役だった。奴らの話から暴走した魔物を操っている事が分かった。そして、暴走した魔物が制御不能になった事も。暴走した魔物の探索に護衛を行かせた研究者は、逃げようとした。研究者にとってオットミス司教は、そうとう怖い存在のようだ。逃げると決めるのが、早かったからな。でも、逃げようとしたが、クスリで異常をきたしていた見張りに刺され、無理だった。研究者はそいつに森の中へ連れて行かれた」
お父さんが話し始めると、ジナルさんの眉間に深い皺が寄る。
簡単にと言っても、色々ギュッと詰まった話だから途中でうんざりした表情をするのも、仕方ない。
「見事に、面倒事が増えたな」
お父さんが肩を竦めると、ジナルさんが諦めたように笑った。
「とりあえず、ラビネラが集団で襲った原因が何か、分かっているのか?」
「魔法陣による洗脳だ。これは解決済みだから、今は気にしなくていいだろう」
うん、既に洗脳は解いてあるからね。
もう、集団で人を襲う事は無い。
ジナルさんがちらりと私の隣で寝ているソルを見て頷く。
「解決しているなら、問題ないな。重要なのは、洞窟の調査か。教会の事があるから、人員の確保がすぐには無理かもしれないな」
洞窟の調査?
凄い音がしてたけど、洞窟内には入れるのかな?
崩落したと言われても、違和感ないんだけど。
「ん? どうした?」
お父さんと私を見たジナルさんが首を傾げる。
「洞窟内に入れるか微妙なところだ」
「何かあったのか?」
お父さんがちょっと困った表情をして、シエルを見る。
「にゃ!」
シエルは、それにちょっと不満そうだ。
まぁ、シエルとしては暴れて良いと言われたから暴れたんだもんね。
「暴走した魔物が洞窟内で暴れて、ラビネラが逃げた事にしたんだ。俺たちが侵入した形跡も消したかったし」
「なるほど。妥当な作戦だな」
「作戦は良かったんだが、ちょっと暴れ過ぎたみたいだ」
「……暴れ過ぎた?」
お父さんが頷くと、シエルが視線をそっと窓の方へ向けた事に気付いた。
「やり過ぎたかな?」とは、思っているのかも。
「洞窟内でやっていた事は、研究者が逃げようとした時に持っていたバッグに書類があった。ウルが持っているから、あとで確認してくれ」
「まぁ、それがあれば洞窟内を調べる必要はないか。分かった。あとで受け取るよ」
とりあえず、重要な情報は全て伝えたのかな?
今日は本当に色々とあったから、何か伝え忘れているかもしれないな。
捨て場に行って、洞窟へ行って……戻って来て、ガルスさん達と合流して、村に戻って来て。
「あっ、騎士の1人に、ジナルさん達の仲間の人がいました」
これは伝えた方がいいよね。
もしかしたらウルさんが伝えているかもしれないけど。
「やっぱりそうか」
やっぱり?
不思議に思ってジナルさんを見る。
「騎士の中に1人だけ、異質な印象を持つ者がいたから」
異質?
そんな印象は全く受けなかったけどな。
「さすがだな。俺は気付かなかったよ」
お父さんも気付かなかったのか。
それなら、私には絶対に無理だね。
「まぁ、長くこの世界にいるとな。生き残るために身につけた物だろう」
凄いな。
まぁ、それだけ危険な目にあってきたという事なんだろうけど。
「それで、そいつがなんて?」
「あぁ、森の異変に気付いて、報告していいのか聞きに来たんだ。とりあえず待つように言ってある」
そういえば、森が変化したことをジナルさんにはまだ言ってないな。
「森の変化? 今日は森の様子を見に行っていないんだが、何かあったのか?」
「暴走した魔物がいなくなった可能性がある。普通の森の状態に戻った」
「本当か?」
ジナルさんの言葉にお父さんが頷く。
「そうか。これで懸念材料がまた1つ減ったな」
ジナルさんが嬉しそうに笑う。
「ところで、暴走した魔物がいなくなった原因は予測できるか?」
お父さんと私は首を傾げる。
いなくなった原因。
「俺達や騎士が少しは討伐している。それとシエルの存在が大きいと思う。かなりの数の暴走した魔物を狩っているはずだ」
「にゃうん」
自慢げに鳴くシエルに笑みが浮かぶ。
確かにシエルの狩りのお陰で、かなりの数が減っただろうな。
「あとは、オカンコ村の方へ移動した暴走した魔物は、この村の冒険者達が討伐してくれたんだろう。暴走した魔物が戻ってきたという情報はあるか?」
お父さんの質問に首を横に振るジナルさん。
と言う事は、討伐は成功したんだ。
良かった。
「討伐が終わっているなら、冒険者達はいつ頃戻ってくるんだ?」
お父さんの質問に首を横に振るジナルさん。
「冒険者達と連絡が取れないらしい。トルラフギルマスが、その事でピフィールギルマスに協力を求めている」
ピフィールギルマスさん?
トルラフギルマスさんは冒険者ギルドのギルマスだから、商業ギルドのギルマスかな?
「商業ギルドのギルマスか? 体の方はもう大丈夫なのか?」
「あぁ。俺も驚いたが、元気だ。あの年だから、心配だったんだけどな」
あの年と言う事は、年配なのかな?
「商業ギルドのピフィールギルマスは68歳なんだよ」
私の様子を見て、ジナルさんが教えてくれる。
「68歳ですか?」
「そう。既に仕事に戻ってるみたいだ。しかも、商業ギルドで大暴れしているらしい」
大暴れ?
一体、何をしているんだろう?




