607話 少し落ち着こう
「アイビー、休憩できる場所に行こう」
えっ?
お父さんを見ると、心配そうな表情をしていた。
どうしたんだろう?
「顔色が悪いが、気付いてないか?」
えっ?
顔色?
そうなのかな?
そういえば、少し気分が悪いかも。
「ジナル、少しこの場を離れる」
「どうした? えっ? アイビー、どうしたんだ?」
ジナルさんが私を見て、焦ったのが分かった。
もしかして、かなり顔色が悪いの?
「大丈夫だ。上で休ませるから」
「あぁ。ゆっくり休んでくれ」
お父さんと一緒に部屋を出ると、使わせてもらっている部屋に戻る。
部屋に入ると、ソラたちの遊んでいる姿が見えた。
いつもと変わらない光景に、なぜか凄い安堵を覚えた。
「お茶を持ってくる。ゆっくりしてろ」
私をベッドに座らせると、お父さんが部屋を出ていく。
部屋の扉が閉まる音が聞こえると、ぱたんと後ろに倒れる。
「なんだか……」
心がぐちゃぐちゃしてる。
「ぷっぷぷ~!」
「ぺふっ!」
ソラとソルの声に視線を向けると、ベッドにぴょんと飛び乗ってきた姿を確認できた。
2匹は私の傍に来ると、私の体にくっつくように体を寄せる。
その後にフレムとスライム姿のシエルが、同じようにくっついてくる。
皆を順番に撫でると、気分が少し浮上してくる。
「ありがとう、皆。私ね、占い師に沢山感謝しているの」
占い師は、私に沢山の事を教えてくれた。
森での生活方法や、文字や計算。
生きるための土台を作ってくれたと言ってもいい。
「そうだよ。教会と通じていたら、そんな事しないはず」
本当に?
だって、「全員が教会と契約している」とガルスさんが言っていた。
あれ?
そういえば占い師は、「王都に行ったことが無い」と、言っていた。
王都の教会に集められたんだよね?
それなら、占い師は逃げ切れた?
……いや、占い師として働いていたんだから、それは無いか。
教会から逃げられていたら、占い師はしてないよね。
「教会と、契約してたんだ」
彼女が私に近付いたのには、何か理由があったのかもしれないなぁ。
でも、私を守ってくれたのも事実だし。
でも、あれも教会からの指示があったかもしれなくて。
「あ~、頭の中もぐちゃぐちゃだ」
扉の叩く音が聞こえたので返事をすると、お父さんがお茶を持って来てくれた。
「はい」
起き上がってお父さんからお茶を受け取る。
手にじんわりと温かさが伝わる。
「占い師は皆、教会と契約してるって」
ズキッと、小さな痛みを感じた。
自分で言って、傷ついてるのかな?
バカみたい。
「そうみたいだな。だが、占い師達は教会の指示に従っているのかな?」
「えっ?」
お父さんを見上げる。
いつもの優しい笑みで私を見ていた。
「アルスを逃がした占い師は、契約が緩んだと言っても縛られていたはずだ。それでも、アルスを逃がした。きっと自分のような人生を歩ませないために、教会に背いたんだ。おそらく、契約は発動したはずだ」
そうだ。
契約から解放されたわけじゃない。
「緩んだ」だけなんだ。
だから、逃げられずに教会に連れ戻された。
それでも、彼女はアルスさんを逃がすために、教会の意に反した。
占い師が全てそうだとは思わないけど、契約しているからと言って全てを指示通りに動いていたわけじゃないのかも。
私を助けてくれた占い師も、教会とは関係なく私を助けてくれたのかも。
これは私の希望が多分に含まれている。
だから、真実ではないかもしれない。
でも、彼女は私に教会に行くようには一度も言わなかった。
それは事実だ。
「顔色が少し戻ったな」
お父さんを見ると、優しく頭を撫でてくれた。
「ありがとう。『教会と契約していたんだ』と思ったら……」
なんていえばいいのかな?
信じられなくなった?
これは違う気がする。
ただ……そうだ。
怖く感じたんだ。
何かすごく怖く感じた。
「占い師は、幼い頃のアイビーを支えた大切な存在だ。それが、自分の知らない存在になりそうで、怖くなったんだろう」
そうか。
私の知っている占い師とは違うかもしれないと、怖かったんだ。
「アイビーにとって、森に逃げてから初めて信じた人だろ?」
信じた人?
「そうかもしれない。占い師がいなかったら、もっと人を信じられなかったかも」
うん、たぶんそうだ。
「信じていた事が揺らぐと、人は自分で思っている以上に弱くなる時があるから」
お父さんの言葉に頷く。
私は、大丈夫だと思った。
それなのに、嫌な考えが浮かぶし、そんな事を考えた自分も嫌だった。
それでも、しっかりしようと思った。
ちゃんと、出来ていると思った。
「想像だにしない事を聞いて、混乱したのかもな」
そうかもしれないな。
今なら、占い師が私にしてくれた事を疑ったりしない。
私が生きるために必要な本を持って来てくれて、温かい飲み物に食べ物。
私は、そのお陰でここにいるんだから。
そう、私はお父さんの傍にいる。
教会ではない場所に。
もしかしたら、私のスキルは必要ないと判断されたのかもしれない。
それなら教会はきっと、私を放置しろと指示したはずだ。
あの組織は、人の命をなんとも思っていないから。
でも、占い師は私を助けた。
もう、それだけでいいや。
「私は、占い師に助けられた」
「あぁ、それが何より大切な事だな」
ふふっ。
お茶を飲むと、既にぬるくなっていた。
それでも、おいしい。
「お父さん」
「ん? どうした?」
「光の森に行っても、大丈夫かな?」
占い師の事は、もう疑わない。
でも、契約の事を忘れては駄目。
教会に人を集めていただけ?
たぶん、違う。
他にも何かあるはず。
教会は、占い師達に何をさせていたんだろう?
「ん~、それなんだよな」
お父さんが言い淀む。
「行くのを迷ってる。アイビーを助けた占い師は、話に聞く限りいい人だと思う。ただ、契約が気になる。アルスを助けた占い師も、洗脳より契約の方が危険だと言っていたみたいだからな」
「うん。洗脳より危険って、相当だよね」
それに、洗脳で教会に人を集める理由も分からない。
さっきはスキルを調べるためだと思ったけど、全員が5歳の時に教会でスキルを調べるのだから、わざわざ占い師を使って、教会に人を集める必要はない。
「教会に人を集めて、何をするつもりだったんだろうね」
「それなんだよな。スキルは調べる必要はないだろうし。そうなると他の事が理由なんだが、思いつく事が無い」
教会かぁ。
色々やってるよね。
人殺しに、監禁に、人を攫ったり、魔法陣も教会が関係しているし。
犯罪の宝庫だ。
「そうだ、お父さん。契約ではどこまでの事が出来るの?」
契約が危険という言葉が気になる。
「『裏切ったら殺す』という契約も可能だ」
人を殺す事も出来るんだ。
思っていたより、契約って重いんだな。
「それって私が使用した特別な紙を使った場合とか?」
「いや、どの紙でも契約可能だ。ただ、アイビーが使用した紙は、第三者には絶対に秘密に出来るようになっている。下手に聞き出そうとすると、呪いが発動するからな。何が凄いって実際に聞いた者だけじゃなく、それを命令した者にも呪いが発動するところだ」
……なんだか、凄い紙で契約してたな。
ジナルさんが、契約したら絶対に大丈夫といった意味が分かった。
「あれ? 私が使用した以外の紙だと、第3者に秘密が漏れる事があるの?」
「あぁ、マジックアイテムで契約を無効にする物があるんだ。それを使用したら、契約を無効に出来る。まぁ、レアアイテムだから簡単には手に入らないけどな」
それでも普通の紙だと、危険がある。
だからジナルさんは、特別な紙を使った契約を薦めたのか。




