605話 覚悟
ウルさんが薦めてくれた料理はおいしかった。
食欲を刺激する香りで、いつもよりちょっと多めに食べてしまったのでお腹が苦しい。
また食べたいけど、お店は当分の間お休みなんだよね。
残念だなぁ。
森の異変が落ち着いている事に早く気付いてほしい。
いや、敵を混乱させるためには、当分はこのままなのかな?
「この村を出発する前に、再開してほしいな」
お皿に付いた泡を洗い流して、カゴに並べていく。
これで最後。
あとは、周りの飛び散った水を拭きとって、
「よしっ。これで洗い物はお終い」
「あ、お疲れ様。新しいお茶の用意は終わってるから」
お父さんの手元を見ると、私のお気に入りのお茶が用意されている。
それについ笑みが浮かぶ。
「戻ろうか」
「うん」
調理場から出る前に、マジックボックスからお菓子を取り出してお父さんの元へ行く。
「まだ、食べるのか? お腹は大丈夫か?」
あれっ、食べ過ぎて苦しいのバレてるのかな?
「あははっ大丈夫。私、食べ過ぎでお腹を壊したことは無いし」
「確かに、無いな。でも、苦しいんだろ?」
やっぱりバレてた。
「すぐ落ち着くから。それと、このお菓子は私用じゃないよ。ガルスさん達に持って行こうと思って」
3人とも食べてはいたけど、お父さんたちに比べるとかなり少なかった。
きっと、落ち着いたように見えても緊張は続いていたのだろう。
話が終わったら、緊張感から解放されてお腹が空くかもしれない。
「そういえば、3人ともあんまり食べてなかったな」
「うん。様子はどうだった?」
食後の少しゆっくりしている時の3人は、まだ少し迷いがあるように見えた。
あれから少し時間が経ったけど、話す覚悟は決まったかな?
もしくは、話さない覚悟か。
「ガルスは迷っているみたいだった。エバスとアルスは、そんな彼を心配そうに見ていたよ」
3人の今までの様子を思い出す。
とても仲がいいと思う。
ただ、アルスさんの態度にどこか違和感を覚えるんだよね。
最初は全然気付かなかったんだけど。
どこかガルスさんとエバスさんに対して、後ろめたさがあるような。
もしかして、教会が追っているのはアルスさんなのかな?
そしてガルスさん達は巻き込まれた?
「どうした? 眉間の皺が凄い事になってるぞ」
お父さんに眉間を突つかれると、ハッとする。
「どんな事でもいいから、相談してくれ」
心配そうなお父さんに頷く。
経験豊富なお父さんなら、分かるかな?
「教会が追っているのはアルスさんなのかなって。あの3人を見てると、アルスさんがガルスさん達に遠慮があるように見えて」
「凄いな。アルスは気付かれないように隠していたのに、よく気付いたな」
ふふっ、お父さんに褒められた。
「で、合ってる?」
「あぁ。仲は良いが、アルスはガルスとエバスに対してほんの少し遠慮があるな」
やっぱり気のせいじゃなかったんだ。
「俺もアイビーと同じ意見だ」
それは、アルスさんが追われている可能性が高いって事だよね。
教会か……。
私が知っている教会の被害者は、アルスさんで2人目だ。
1人目は、未来視の力をいいように利用されていたマリャお姉ちゃん。
あっ、今は名前が変わっているんだった。
元気かな?
食事をしていた部屋に戻ると、ガルスさんの緊張した表情が目に入った。
話す覚悟を決めたのかな?
「揃ったな。それじゃ、ガルス。教会の関係者に見張られている理由を話してくれ」
ウルさんの言葉に、諦めた表情をするガルスさん。
「やはり、教会の手の者だったんですね。クスリ関係で俺たちを見張る理由がなかったから、もしかしてと思ってましたけど。ウルさん達は、クスリ関係以外の何かがあると思っているんですよね?」
「あぁ、そう考えている。それと家の前でガルス達を見張っているのは、教会が雇っている護衛だ。かなり馬鹿だけどな」
ウルさんの言葉に、首を傾げるガルスさん達。
苦笑したウルさんが、隠れ家に入る前にあった事を簡単に説明する。
「えっと、すぐに逃げられそうですね」
ガルスさんの言葉に、エバスさんが頷く。
確かに、外の護衛だけなら簡単に騙す事が出来るだろうな。
でも、今の名前を教会に知られたなら、逃げ続けるのは難しいだろうな。
「言ってなかったが、森にいた時も見張りが付いていた。気配を消すマジックアイテムを使っていたと思う」
アルスさんの顔色が一気に悪くなるのが分かった。
可哀想でも、知っておかないと駄目な事だから。
「それと、俺の仲間からの情報でガルス達が名前を変えている事も知っている」
ウルさんの言葉にガルスさんが乾いた笑いを漏らす。
「知られているんですね」
ガルスさんが1つ大きく息を吐き出すと、エバスさんとアルスさんを見る。
「全部、話そう。トルラフギルマスは俺達を気にかける余裕はないだろうし。俺たちには助けが必要だ」
「うん、そうだな」
エバスさんが頷くと、アルスさんが視線を下げたまま頷いた。
「教会が探しているのはアルスです。アルスはその――」
ガルスさんが迷うなというような表情でアルスさんを見る。
アルスさんは顔をあげると、1回深呼吸をしてウルさんを見る。
「星読みと占いスキルを持っています。教会はこのスキルを持っている者達を集めているんです」
えっ、その2つは占い師が持っているスキルだよね?
つまり、教会は占い師を集めているという事?
「5歳になるとスキルを教会で調べます。その時に、この2つのスキルを持っている事が分かりました。それからです。家族に不幸が続いたのは。お父さん達が魔物に襲われて死んで、おじさん達が病気で死にました……」
アルスさんがギュッと手を握るのが分かった。
「全て、私が持っているスキルのせいです。私を1人にして、教会に助けを求める様に仕向けたんです。そのために私の家族は殺された」
アルスさんの悔しさが表情から伝わってくる。
「おかしいと感じたのは、お父さんの友人です。魔物に襲われたお父さんを見て、不審に思って内密に調べてくれていたんです。その時は、教会が関わっているとは気付かなくて。何かが変だと思ったらしく、周りに内緒で私を村から連れ出してくれたんです。元冒険者で、私をずっと守ってくれました。私が教会に見つかって捕まるまで。あの日から、会ってません。探しても見つからなくて。きっと彼も、殺された!」
アルスさんは袖で涙を拭うと、ウルさんを見る。
「私と関わった人は皆死んでしまう!」
「大丈夫。俺達は強いから」
ウルさんの言葉に、首を横に振るアルスさん。
「大丈夫って言ってたのに……いなくなった!」
ガルスさんがアルスさんを抱きしめる。
聞く覚悟はしたけど、辛いな。
「ウルさん。アルスを助けてください。見張りが付いたという事は、見つかったんだと思います」
「間違いなく、そうだろうな」
ガルスさんの言葉に、神妙に頷くウルさん。
「教会に捕まったんだよな?」
ウルさんの質問に、ガルスさんの胸元から顔をあげて頷くアルスさん。
「どうやって逃げてきたんだ? 教会で何かされなかったか?」
ウルさん?
質問の意味が分からず、彼に視線を向ける。
「私は何もされていません。すぐに、私を逃がしてくれた人がいたので」
「逃がしてくれた人?」
「はい。年配の占い師の人が、私を檻から連れ出して逃がしてくれたんです」
なぜか不審そうな表情をするウルさん。
何が気になるんだろう?
「教会から逃げられた事を、怪しく感じているんだろう?」
えっ?
「あぁ、そうだ。教会に捕まっている子供達が無事に逃げ出せた事例はほんの僅かだ。だから、無事に逃げ出せたのには、何かがあるんじゃないかと考えてしまう」
えっと、それはつまり、教会とアルスさんが実は繋がっているという事だよね?
でも、ソラは3人を問題なしと判断してる。
お父さんに、「一緒に行動をする人は、全て調べる様に」と言われて調べてるからね。
でも、ソラが大丈夫だと言ってますとは言えないし……。
「3人の様子から嘘をついているようには見えない、とりあえず信じたらどうだ?」
ウルさんがお父さんの言葉に、頭を抱える。
かなり迷っているみたい。
どう判断するかな?




