600話 本来の森の姿
「ちょっと、遅くないかな?」
「そうだな。様子を見てみようか」
私達が、洞窟を出てから約5分。
ウルさんとシエルがなかなか洞窟から出てこない。
洞窟の奥からガタガタと音が聞こえてくるので、まだ作業をしているのだとは思うが遅い。
「シエル、急げ!」
お父さんと洞窟の前に来ると、ウルさんの声が聞こえた。
ガラガラッ、ドーン。
「えっ?」
なんだか今、凄い音が聞こえたような……。
お父さんを見ると、神妙な表情で洞窟の中を見ている。
同じように洞窟の中を見ると、奥からシエルとその少し後ろにウルさんが走ってくるのが見えた。
私が手を振ると、ウルさんがなぜか焦った表情を見せた。
「離れろ!」
ウルさんの焦り具合に、慌てて洞窟から距離を取る。
ウルさんとシエルも洞窟から出てくると、私達の傍に走ってきた。
「何があったんだ?」
「あ~、盛り上がっちゃって……ハハッ」
ウルさんが頭を掻きながら、視線をお父さんから逸らす。
シエルも何気に、そっぽを向いている。
「つまり、壊すのが楽しくなったのか?」
「……まぁ、そういう事になるかな? なっ、シエル」
「にゃっ!」
お父さんのため息交じりの言葉に、ちょっと真剣な表情で答えるウルさん。
話を振られたシエルも、きりっとした表情をして見せるが、尻尾がふわふわと揺れてしまっている。
かなり楽しく破壊作業をしてきたようだ。
ドドーン。
今までで一番大きな音がすると、洞窟から土ぼこりが上がった。
「「「……」」」
ウルさんを見ると、「しまった」という表情をしていた。
さすがに少しやり過ぎだと思ったようだ。
「暴走した魔物がここまでやるかと言われると、微妙だな」
お父さんが苦笑すると、ウルさんも苦笑して頷いた。
「そうだな。まぁ、もう手遅れだけどなぁ」
壊した物は、二度と戻らないからね。
「移動しよう。今の音が、村の方にまで響いたかもしれない」
お父さんが書類が入ったマジックバッグを持つと、ウルさんに森を指す。
「どっちに行く?」
「そうだな。んっ? 少し離れた場所に3人いるみたいだが、この気配は洞窟の前にいた奴らか?」
ウルさんが私を見るので頷く。
「奴らはこちらに向かって来ているのか?」
「大丈夫です。洞窟を出た時は、もう少し近くにいたから警戒したんだけど、ゆっくり離れて行ったから」
洞窟に戻ってくるのかと警戒したけど、ゆっくりゆっくり離れて行った3人。
たぶん、洞窟に戻るか戻らないか迷ったんだろう。
今は音のせいもあるのか、凄い勢いで離れて行っている。
「分かった。奴らが向かっている方向は……村か。まさか、村に戻るつもりなのか? このまま逃げた方が、絶対にいい気がするが……」
ウルさんが、気の毒そうな表情で3人がいる方向を見た。
逃げた方がいい?
そうか、暴走した魔物は1匹も帰って来てないし、洞窟内もぐちゃぐちゃ。
しかも、責任者になるだろう年配の男性は逃げた事になるはずで。
この状況で村に戻ったら……うん、逃げた方が絶対に良いと思う。
どうして村に戻ろうと思ったんだろう?
「まぁ、俺達には関係ないか」
えっ。
ウルさんの表情がぱっと変わる。
あまりの切り替えの早さに驚いてしまう。
「んっ? アイビー、どうした?」
呆然とウルさんを見ていると、不思議そうな表情で見られた。
それに首を横に振る。
「いえっ、なんでもないです」
「そうか?」
頷くと、納得してくれたのかお父さんへと視線を向けた。
「奴らとは、全く違う道順で村まで戻ろう。一緒の方向から来たと思われたら、厄介だ」
「そうだな。最悪、奴らの仲間か、洞窟を知っている者と思われる可能性がある」
ウルさんの言葉に、お父さんが頷く。
確かに、洞窟の関係者と思われたら、面倒な事になるよね。
洞窟の中は、見事に壊されているだろうから。
「そう言えば、俺達が捨て場の方向へ行ったのを、見ていた者がいたな」
「門のところにいた自警団員だよな。確かに、視線を感じたな」
視線?
あぁ、あの不安そうに見てた男性の事か。
何処に行くのか確認していたというより、こんな時に森に行くのか? みたいな感じだったからちょっと笑いそうになったんだよね。
「不思議に思われないように、捨て場を回ってから帰るか」
「それが良いだろうな。少し時間が経っているのを怪しまれたら、ラビネラに襲われた事を正直に話した方がいいだろう。痕跡も残っているだろうし。門番にウルの知り合いはいないのか?」
お父さんの言葉に首を横に振るウルさん。
「今はいないな」
「そうか」
「あっ、お父さん。捨て場に向かうなら、隠してある荷物を持って帰れるよね」
ラビネラに追われた時に、捨て場の近くに隠してきたんだった。
捨て場を回っていくなら、回収できるよね。
「色々あり過ぎて、その存在をすっかり忘れていたな」
お父さんが肩を竦めると、ウルさんも苦笑いした。
本当にこの短時間で色々あり過ぎたからね。
「シエル、捨て場に向かってくれる?」
「にゃうん」
「ありがとう」
シエルを先頭に、捨て場に向かって歩き出す。
動物の気配や、魔物の気配が周りでしているので暴走した魔物はこの周辺にはいないようだ。
あれ?
さっきより、動物や魔物の気配が多いような気がする。
気のせいかな?
不思議に思い周辺を見回すと、木の上を何かがすっと通り過ぎた。
小型の魔物?
今まで姿を見せた事が無いのに。
「どうした?」
お父さんにポンと肩を叩かれる。
「あっ」
周りを見ながら考え込んでいたようだ。
「えっと、動物や魔物の気配がさっきより多いような気がして。それに、木の上を走り回っていて……」
不思議に思いながら、もう一度周辺の気配を探る。
……やっぱり気のせいじゃない。
なぜか、森で活動している動物や魔物が増えている。
それに、この村の周辺の動物や魔物は大人しい印象を持っていたけど、そうじゃないみたい。
森の中を縦横無尽に走り回っているのが気配で分かる。
何があったんだろう?
走り回っていたから逃げているのかと思ったけど、どうも違うみたいだし。
「もしかして、暴走した魔物がいなくなったんじゃないか?」
ウルさんの言葉に、お父さんと私の足が止まる。
「暴走した魔物がいなくなった? 移動したという事か?」
お父さんが森へ視線を走らせる。
「……確かに、暴走した魔物はこの周辺にはいないようだな。この森の感じ……本来の森の姿じゃないか?」
気配を感じ取れないお父さんは、風の流れや動物や魔物が起こす木々の揺れなどを見て判断しているんだけど、森の状態まで分かるんだから凄いなぁ。
というか、本来の森?
つまり、暴走した魔物がいない森という事だよね。
「あっ、そうか。これ、動物や魔物が戻ってきたんだ」
ウルさんが、嬉しそうに笑う。
確かにこの森の感じ、動物や小型の魔物が森の中を走り回って、少し大型の動物や魔物が森のあちこちにいて、凶暴な魔物の周辺だけ、気配が無い。
確かにお父さんの言う通り、本来の森の姿だ。
あれ?
本来の森に戻ったという事は……暴走した魔物がいなくなったという事だよね?
「移動したのかな?」
お父さんを見ると、考える表情をしている。
そして首を横に振る。
「移動しただけなら、小型の動物達はまだ警戒して出てこない気がする」
お父さんが、頭上に視線を向ける。
同じように上を見ると、手のひらぐらいの大きさの小動物が葉っぱを咥えて走っていく姿が見えた。
「『いなくなった』と思っていいかもしれないな」
お父さんの言葉にウルさんが頷く。
ウルさんも、いなくなったと考えたようだ。
2人が言うなら、全ての暴走した魔物は倒されたんだろう。
よかった。
これで村の人達も安心だね。




