594話 追いかけてみよう
「恐怖心が無くなっていても、シエルだったら逃げるんだな。本能か?」
ウルさんが剣を鞘に仕舞いながら首を傾げる。
お父さんも不思議そうに、ラビネラが去っていった方を見ている。
「本能を制御されているから、恐怖心が無くなっているんじゃないのか?」
お父さんがウルさんを見ると、首を横に振っている。
「分からない。だが、ラビネラの行動には、少し違和感を覚えるな。追ってみるか? 巣を見つけられるかもしれないし」
ウルさんの言葉にお父さんを見ると、眉間に皺を寄せて何かを考え込んでいる。
たぶん、どれくらい危険なのか考えているんだろうな。
「お父さん、行こう。危ないと思ったらすぐに引き返したらいいんだし」
それでも迷う表情を見せるお父さん。
でも、やはりラビネラの行動が気になるのか、息を吐き出すと頷いた。
「少しでも危険だと思ったら、追うのを止めるからな」
「もちろんだ」
ウルさんがお父さんに頷くと、ラビネラが逃げていった方へ歩き出した。
「こっちだな」
ウルさんが指す場所を見ると、ラビネラの足跡がある。
足の向いている方向から、森の奥に進んでいるのが分かる。
「それにしても、かなりの数のラビネラがいたんだな」
残された足跡の数から、ウルさんが眉間に皺を寄せている。
「そうみたいだな。ところで、ラビネラはこの森にどれくらいいるんだ?」
「4年前の調査では2000匹ぐらいだったと記憶しているが、今は不明だ。春に6匹ぐらい出産するが弱い動物だからな、大人になれるのはほんの僅かだ。だから、増えているとしてもそれほど多くはないだろう」
2000匹か。
「2000匹全てが、魔法陣の影響を受けている可能性もあるんだよね?」
「嫌な想像だが、その可能性を視野に入れておく必要があるだろう」
お父さんは2000匹に襲われる想像でもしたのか、嫌そうな表情をした。
「2000匹か。ラビネラは弱いが、それだけいると脅威になるな」
確かに、数は力になるからね。
暴走した魔物に、魔法陣の影響を受けているかもしれないラビネラ。
どちらも厄介な存在だな。
「待った!」
ラビネラを追ってから、ほぼ30分。
「どうした?」
「人の気配がする。数は……4人」
人の気配?
ウルさんもジナルさんと同じで、かなり遠くの気配まで見つけられるのかな?
私にはまだ、見つけられないんだけど……。
「どうする?」
ウルさんがお父さんを見る。
「どうすると言われてもな、その気配は冒険者か?」
「おそらく。ただ、あまり強くないようだ。気配の扱い方も下手だし」
それは、ウルさんが上手過ぎるからだと思うけど。
「もう少し近付いてみるか?」
「そうだな。アイビーもいいか?」
ウルさんに頷くと、お父さんが私を見る。
何だろう?
「ウルの言っている奴らの気配を掴めたか?」
「まだ駄目」
でもあと少しだけ近付けば、掴めるはず。
「そうか。掴めたらアイビーにとって脅威になるか、探ってくれ」
「分かった」
遠くだと探りにくいんだけど、頑張ろう。
ウルさんを先頭に、森の奥へと入っていく。
お父さんは後ろで、私の隣にはシエルがいてくれる。
ウルさんが気配に気付いてから、約5分。
あっ、見つけた。
ん~、3人しかいないな?
でも、ウルさんは4人と言ったよね?
少し意識を集中して、気配を探る。
やっぱり3人しかいない。
「ウルさん、気配を見つけたんだけど3人なんです」
「今はそうだな」
今?
1人だけどこかに行ってしまったという事かな?
「あれ、2人増えた?」
5人いるけど……あっ、また3人に減った。
これって、気配を読めない場所に入ったり出たりしているという事かな?
森の中で、気配が読めない場所と言えば……。
「洞窟があるんだと思う」
やっぱり洞窟だ。
「近くに洞窟があるのか?」
お父さんの言葉に、私とウルさんが頷く。
森の中で気配が読み難くなる場所と言えば洞窟だもんね。
洞窟が出来る岩の種類によっては気配は隠れないんだけど、この近くにある洞窟は完璧に気配を消してしまうみたい。
「洞窟か。その冒険者たちは、洞窟調査じゃないのか?」
お父さんの質問に、首を振るウルさん。
「こっち方面に洞窟があるなんて報告はない。それに、調査にしては変な動きだ」
変かどうかは分からないけど、同じ人が出たり入ったりしているみたい。
それに、外にずっといる人もいる。
もしかして見張り役かな?
「しかし洞窟があると、正確な人数が把握できないな」
洞窟内に何人いるか不明だからね。
ウルさんがため息を吐く。
「そうだな。今のところ、俺が確認できた人数は5人だ。アイビーは?」
「私も5人です。それと……」
お父さんが脅威に感じるか探ってくれって言ったけど……。
う~ん。
どうしよう、全く脅威を感じない。
いや、怖くないならそれに越した事は無いんだけど……森の中にいるんだよ?
なんで、あんなに気配が揺れてるの?
魔物を引き寄せる餌にでもなっているんだろうか?
それにしても、酷い気配の隠し方だな。
ウルさんが「気配の扱い方も下手だし」と言った理由は分かった。
「アイビー、どうした? 気配から脅威を感じるのか?」
「えっと、私が感じた気配からは脅威は全く感じないかな」
お父さんが少し驚いた表情を見せる。
「全く?」
頷くと、ウルさんが吹き出した。
「確かにあの気配の消し方と動きだと、脅威には感じないだろうな。素人がちょっと訓練したら、すぐにあれぐらいは動けるだろうし」
そこまでとは言わないけど、動きはぎこちない気がする。
お父さんはウルさんの話を聞いて、呆れたみたいだ。
「本当に冒険者なのか?」
「動きが冒険者なんだよ。ただし、駆け出しの冒険者みたいに、おかしな動きをしている」
ウルさんが首を傾げると、お父さんも不思議そうな表情を見せる。
確かに、おかしな動きをしているよね。
なんだか、バタバタしているような。
「これって、なにか焦っている感じじゃないですか?」
「あぁ、言われてみれば、そうかもしれない」
ウルさんが納得した様子で頷く。
「焦っている? もう少し傍に寄っても大丈夫そうか?」
お父さんがウルさんと私を見る。
気配からは、全く問題なさそうだけど……。
「大丈夫だろう。だが、洞窟が気になるな」
「洞窟か……」
ウルさんとお父さんは、少し迷った表情を見せた。
洞窟の中に、気配に鋭い者がいた場合の事を考えているんだろう。
でも、そんなに不安に思う事は無いように思う。
気配に鋭い人がいるなら、見張り役にあんな不安定な気配を持っている人は選ばないはず。
「ここで迷っていても、どうにもならないし行ってみるか。何かあったら、即行で逃げればいい」
ウルさんの作戦にお父さんが笑う。
「それは作戦か?」
「煩い。行くぞ」
ウルさんが先頭になり、見つからないように気配を抑えながら洞窟へ近付く。
洞窟が何とか見える場所まで来たが、拍子抜けしてしまう。
「こんなに近くまで来ても、気付いていないな」
お父さんが、呆れたように洞窟の前に立っている者を見る。
気配はかなり抑えてあるが、消えたわけじゃないのに……。
「ラビネラもあそこにいるみたいだな」
ウルさんの視線を追うと、洞窟の中に走っていくラビネラの後ろ姿が見えた。




