587話 前回と今回
あっ、心配されてる。
「はい。気を付けます。でも魔石は、ジナルさんの思う通りに使ってくれていいです」
ジナルさんだったら、絶対に間違った使い方はしないと思うから。
「そう思ってくれるのは嬉しいが」
何だろう?
ちょっと、複雑な表情をしてる?
「まぁ、いい関係が築けている証拠か」
「はい。それによく考えたら、ジナルさんに面倒事を丸投げしているような気がするんですが」
「えっ?」
ジナルさんは驚いているけど、そうだよね?
魔石の説明とか、全部お願いするんだから。
「あははっ」
えっ?
笑い出したジナルさんを見ると、頭を撫でられた。
「そんな事を気にする必要はないから。これは大人の役目だろう」
そうかな?
「アイビーの厚意に甘えさせてもらうな」
「はい」
「魔石は、俺が洞窟で手に入れた事にするよ。これでも名の知れた冒険者だから、大丈夫だろう。あと、冒険者が持っている魔石を使用する場合は、有償になる場合が多い。有償になった場合、受け取った金品は全てアイビーに渡すから」
えっ、お金?
お父さんを見ると、頷いたので普通の事なんだろう。
「分かりました。お願いします」
お金が発生するのはちょっと予想外だけど、それでギルマスさん達が納得して治療できるならその方がいいよね。
うん、ジナルさんに任せたんだから信じよう。
「今の話とは関係ないんだが、この村にいる間は全てに注意してほしい」
注意?
それも全てに?
もしかして洗脳が関係しているのかな?
「アイビー、ハタカ村の事を覚えているか?」
村全体が洗脳されていた所だよね。
ギルマスさんがかなり強い洗脳を受けていて、私やお父さんやジナルさんまで洗脳された。
洗脳方法が分からなくて、誰が味方で、誰が敵なのか……この村も同じだ。
「誰が洗脳されているか、分からないからですか?」
見た目じゃ、分からないのが厄介だよね。
「そう。言っておくが、俺にも気を付けないと駄目だぞ」
「えっ?」
ジナルさんは、昨日ソルが解いてくれたのに?
「気を付けてはいるが、洗脳方法が分かっていない現状では俺にも注意が必要だ。昨日の今日でまた洗脳されたら間抜けだけど、絶対に無いとは限らない」
もう一度、洗脳される可能性が無いわけじゃないんだ。
だからさっき複雑な表情をしたのかな。
「そうですね。まったく考えてなかったです。気を付けます」
前の時は、サリフィー司祭の体に刻まれた魔法陣が無差別に洗脳をしたんだよね。
今回も誰かの体に?
あれ?
前の時の洗脳は、確か解呪するのにソラが協力しなかったっけ?
「アイビーの意見を聞きたいんだが」
意見?
ジナルさんを見ると真剣な表情をしているので、少し緊張してしまう。
「はい。何でしょうか?」
「ハタカ村の洗脳と、このオカンイ村の洗脳をどう思う?」
ん~、どう思うか……。
昨日、ジナルさんは洗脳されて帰ってきた。
いつものジナルさんなのに、どこか変だと感じた。
でも、それが何か分からなかった。
きっとソルがいなかったら、「洗脳」だと気付かなかった。
そういえば、ジナルさんの仲間も洗脳されていたんだよね。
なのに鋭い感覚を持っているジナルさんが気付かなかった。
ハタカ村の時は、「洗脳される前」は「洗脳された人」に違和感を覚えていたよね。
つまり、行動や言動が変わった。
でも、この村の洗脳は……洗脳後も変わらない?
「洗脳されていることに気付かれにくくなってる?」
私の言葉に、ジナルさんが頷く。
「昨日、仲間達の洗脳を解く前に、全員の様子をしばらく見たんだ。何かいつもと違う事があるんじゃないかと思って。洗脳されている可能性があると思って見ても、変化を感じられない者が数名いた。今回の洗脳はかなり巧妙だ」
それは怖いな。
「そして今回の洗脳も教会が関わっていると思う」
「教会ですか?」
「おそらくだけどな」
ジナルさんの言葉にお父さんも頷く。
「教会……」
ハタカ村ではグピナス司教が中心になって、洗脳に手を染めていたと聞いた。
この村でも教会が洗脳を……。
そういえば、ハタカ村では動物のシャーミも洗脳されていたよね。
核を持っていない動物が洗脳された事で、随分と皆が不思議がっていた。
あっ、……暴走した魔物も洗脳を?
いや、まさかね。
あれは、ゴミの影響だから違うか。
「ハタカ村の洗脳は、実験も兼ねていた。この村の洗脳も何かの実験が行われているかもしれないな」
洗脳の実験?
嫌な言葉だな。
「俺はハタカ村の洗脳と、このオカンイ村の洗脳は全く別物だと思っている」
ジナルさんの言葉に首を傾げる。
どうして断言できるんだろう?
「ハタカ村の洗脳は、ソルが洗脳を解いてくれてソラが傷ついてしまった核を癒してくれた。今回は、ソルとフレムの力が必要な洗脳だ。前回と一緒で、ソルが洗脳を解いてくれているんだろう。でも今回は核が傷ついていない。だからソラの力は必要としなかった。代わりにフレムの力が必要な何かがある」
そういえばそうだ。
ハタカ村の時はソルとソラが力を貸してくれたんだ。
今回、洗脳を解く魔石は、ソルとフレムの2匹で作ってくれた。
ジナルさんの時はソルだけだったけど、あれはきっとフレムの力が必要なかったから。
洗脳してすぐだったからかな?
「ソラは傷を癒す力。フレムは病気を癒す力。ソルは洗脳を解く力。前回は、核が傷ついたから傷を癒すソラの力が必要だった。核が病気になるなんて聞いた事が無いから、今回の洗脳では魔法陣が使われていないのか、それとも核を傷つけない魔法陣でも見つけたのか。今のところはさっぱり分からないな」
ジナルさんが首を横に振る。
これまでの情報だけでは限界があるよね。
「ジナル。話はそれぐらいにして、魔石を待っている者達の所へ行った方がいいんじゃないか? 玄関にプラフが来ている。おそらく遅いから迎えに来たんだろう」
「あっ、すぐに戻るって言ってきたんだった」
ジナルさんの焦った様子に、お父さんがため息を吐く。
「ジナル。帰って来たら、寝ろ。色々あり過ぎて寝不足だろう? 少し判断能力が落ちてるぞ」
そういえば、ジナルさんとフィーシェさんはかなり睡眠時間が短くなっている気がする。
「そうだな。魔石をトルラフギルマスに渡したら、寝させてもらうわ」
トルラフギルマス?
冒険者ギルドのギルマスさんかな?
「向こうで寝て大丈夫か?」
向こう?
お父さんの言葉に首を傾げる。
「大丈夫だ。仲間の1人と一緒に行くから」
「そうか」
向こうって、もしかしてギルマスさん達が治療しているところの事?
今の会話って、ギルマスさん達を信用してないって事だよね?
「大丈夫ですか?」
「大丈夫。そうだ、仲間を1人紹介したいんだが、いいか?」
ジナルさんの仲間を?
「お父さんがいいなら」
私に紹介という事は、お父さんとも関わるんだろうし。
「ドルイドの許可は既に貰っているんだ。今日は治療に時間が掛かるかもしれないから、明日紹介するな」
「はい」
「じゃ、明日」
慌ただしく出ていくジナルさんに手を振る。
そういえば、魔石の濁りはあのままで大丈夫なんだろうか?




