579話 噂って……
「あの、子供たちのいる場所を教えてもらえたら、行ってきますけど」
子供たちの面倒を見ている人に、直接教えた方が早いよね。
トトムさんは、仕事もあるんだし。
「ん? あ~、ありがたい提案だけど、それは止めといた方がいい」
えっ?
「あいつ、教会に目を付けられていてさ。関わると間違いなく面倒な事になるから」
あいつ?
教会が目を付ける?
「なぜ、目を付けられたんだ?」
「子供を渡せってさ」
トトムさんの言葉に、お父さんの眉間に深い皺が刻まれた。
「どういう事だ?」
「子供の面倒は教会が見るからって。でも、今の教会には渡せないって拒否したら、嫌がらせされて。冒険者ギルドも教会には弱いし、商業ギルドなんて話すら聞かない」
教会か。
関わり合いになりたくない所だ。
「まぁ、あいつの周りには、今の教会に疑問を持っている奴らが集まっていて、そいつらが守っているから今のところ大きな被害は無いんだけどな。でも、そんな感じだからさ。関わらない方がいいと思う。気持ちは嬉しいよ。ありがとう」
「いえ」
なんだか、気を使わせてしまったな。
「よしっ、この話はここまで。あのさ、教えてもらうのは店が休みの日でいいか? 2日後なんだけど」
特に私たちに予定は無いし、問題ないよね。
「はい、2日後に。あっ、お父さん」
確かめるの忘れてた。
「大丈夫だ。2日後の何時に来たらいい?」
「ん~、朝からでもいいなら、10時ぐらいで頼む」
10時か。
それならお昼を考えてこようかな。
子供たちの面倒を見ながら、料理をするのは大変だろうから手軽で早く出来る料理。
……丼しか思い浮かばないけど、他に何かあるかな?
「分かった。それで大丈夫だ」
「日にちや時間まで指定して悪いな」
トトムさんが、申し訳なさそうに言うので首を横に振る。
仕事があるのだから、しょうがない。
「ところで、肉はどんな物があるんだ?」
「肉?」
お父さんを不思議そうに見るトトムさん。
「買い物に来たんだが」
お父さんの呆れた表情に、トトムさんが小さく頭を下げる。
「あっ、……そうだった。悪い。あははっ、うっかりしてた。すぐに肉を持ってくるな」
店の奥に消えたトトムさんは、すぐに紙に包まれた何かを持ってきた。
そしてお父さんの前に置くと、紙を広げる。
「お薦めは、モウの『ジャージ』だな」
モウは確か、酪農家さんが好む種類だよね。
「そう言えば、この村は酪農が有名だったな」
そうなんだ。
「それは昔の事だよ。今は、細々としてる程度だから」
廃れたって事?
トトムさんを見ると、悲しそうな表情をしている。
「昔の事?」
不思議そうに訊くお父さんに、トトムさんが頷く。
「なぜか、村から酪農を縮小するように指示があったんだ。抵抗した酪農家もいたんだけどな……」
村から?
という事は、領主の指示?
「それはいつ頃からだ?」
「親父から店を受け継いだ前の年だから6年前かな。村からの支援が無くなったら、呆気ないよな」
「そうか。ジャージはうまいか?」
「もちろん。俺の一押し」
「なら貰おうか。アイビー、いいか?」
「うん。前に食べた『ホルス』と『タイン』も美味しかったから楽しみ」
まずは焼いて塩で食べよう。
「他には?」
「後は、魔物の肉だな。この時期にお薦めなのはオルル。ちょっとだけ癖があるけど、うまみがある肉だから、人気なんだ。昨日大量に入ったから、安くしとくよ」
「なら、オルルも貰おうか」
お肉とかはお父さんに任せてもよさそう。
私は、調味料とこの村のソースも見たいな。
「お父さん、色々見てるね」
「あぁ、欲しい物があったら持って来ていいぞ」
「分かった」
棚に置かれている商品を順番に見ていく。
村のソースは、3種類でサラダ用が2種類。
後は万能ソースみたい。
3つとも欲しいな。
……そんなに大きな瓶じゃないし。
買っちゃお。
あとは、果物を見たいな。
「いらっしゃいませ」
トトムさんの声に、店の出入り口に視線を向けると4人の女性の姿が見えた。
「ねぇ、聞いた?」
ん?
棚の後ろにいるのか。
「えぇ、聞いた。村の近くまで魔物が来ているらしいわね」
暴走した魔物の話か。
「心配だわ」
「でも、冒険者が守ってくれるんでしょう?」
「中位冒険者と上位冒険者はいないじゃない」
「そうそう。彼らはオカンコ村へ向かう村道付近に出た魔物の討伐に向かったんでしょ?」
「でも、おかしくない?」
「そうよね。どうして、中位冒険者と上位冒険者の全員を向かわせちゃったのかしら。村の防衛のためにも、上位冒険者の1チームぐらい残しておいてほしかったわ」
そうだよね。
どうして、中位冒険者以上のすべての冒険者をオカンコ村へ行く村道、あれ? 森じゃなかったかな?
まぁ、どっちでもいいけど全員を暴走した魔物の討伐に向かわせたんだろう。
普通は、村の守りを考えて全員は出さないのに。
「そう言えば、マシンさんが教会から招待されたらしいわよ」
あっ、話が変わっちゃった。
「まぁ、羨ましい。いいわよね。私も招待されて優雅にお茶を楽しみたいわ」
教会から招待?
ん~、集まってお茶をしてるのかな?
そういう事だよね?
でも、こんな時に優雅にお茶?
暴走した魔物が暴れ回っていて、クスリが横行しているのに?
そういえば、ハタル村では教会がカリョの花畑を管理していたんだよね。
この村も同じだったとしたら……教会が出すお茶は危ないかも。
まぁ、それは流石に考え過ぎかな。
「ねぇ、最近ギルマスの姿を見た?」
また、話が変わっちゃった。
どっちのギルマスさんの話だろう?
「魔物の討伐に同行したんでしょ?」
あぁ、冒険者ギルドのギルマスさんの方か。
姿が見えないとなると、噂にもなるよね。
「えぇ、そうなの? 私は襲われて瀕死だって聞いたけど」
どこからか情報が洩れているみたい。
「あらら? 女性と消えたって聞いたけど」
……えっ?
「あらやだ~。そうなの?」
いやいや、なんでそんな噂が?
「え~、村が魔物に襲われそうなのに、逃げたって事?」
「それって本当なの? そんな人に見えなかったわよ? 誠実な人じゃない」
「それもそうね。でも、最近見かけないわよね」
「もしかして、魔物に襲われて瀕死とか?」
「それが一番、あり得そうね」
ん~、新しい噂が出来上がった。
「いらっしゃいませ~」
結構、人気のお店なんだな。
「あら、こんにちは」
「ねぇ、知ってる?」
「何を?」
新しく来たお客さんは、2人の女性か。
皆40代くらいかな。
「ギルマスが魔物に襲われて、瀕死かもしれないそうよ」
あれ?
それが一番最初に話す噂なの?
「そうなの? あっ、でも確かにここ数日ギルマスを見ていないわ。それで助かりそうなの?」
「それは、分からないけど」
噂ってこうやって作られていくのか。
ちょっと、驚きだな。
「これって、オカンコ村の果実水じゃない?」
「本当だ。もうこの季節なのね。買おうかしら」
「私も」
移動しよう。
それにしても、彼女たちが店を出て数時間後には「ギルマスが魔物に襲われて瀕死」という噂が広まってそう。
「それだけか?」
「えっ?」
あれ?
お父さんが目の前にいる。
いつの間にお父さんの傍まで歩いて来てたんだろう。
考え事をしていると駄目だな。
「大丈夫か? 疲れてないか?」
「大丈夫。ソースはこれで」
3種類のソースをお父さんに渡す。
お父さんの前には、肉に野菜、こめに小麦が積まれている。
「これだけあれば、色々作れるだろう?」
「うん。この村だけの野菜はあった?」
「あるにはあるんだが、アイビーは苦いのが嫌いだろう? どうする? 買うか?」
苦い野菜が好きじゃないって、知ってたんだ。
お父さんの手には、初めて見る真っ赤な野菜があった。
細長くて、ぼこぼこした表面をしている。
「そんなに苦いの?」
「前に食べた事があるけど、結構苦みがあったな」
「それなら止めとく」
どうしても苦みは苦手。
お父さんが野菜を元の場所に戻してくれた。
良かった。
積まれた食材を見る。
よしっ、思いっきり作りまくろう!




