578話 孤児
プラフさんと大通りを歩いていると、なんとなく見られているような気がした。
並んでいる屋台や店を見ながら、周りを確認する。
「何か気になる店でもありますか?」
「可愛いカゴがあるんですね」
プラフさんの言葉に、あるお店を指す。
その店には、鮮やかな色のカゴがあった。
普通のカゴは、木の皮を使用しているため茶色だ。
なので、鮮やかな色のカゴを見ているだけで楽しい。
「この村は染色が盛んなんです。数年前かな、木の皮にも綺麗に色付けできたと盛り上がってましたよ」
染色か。
村の人たちの服が、鮮やかなのもそれでか。
服を見たり、店の中にある雑貨やバッグを見たりしながら、プラフさんに案内されるままに大通りを歩く。
通り過ぎた店を見るため、何気に後ろを振り返った。
あっ、いた。
男の人と女の人だ。
少し離れたところに、こちらの様子を窺う2人組を見つけた。
すぐに前を見て、屋台へ視線を向ける。
美味しそうな匂い。
お腹が鳴りそう。
とっさにお腹に手を当てる。
大丈夫、まだ鳴ってない。
「ぷっ。後で、食べるか?」
視線をあげると、口元を手で隠したお父さんと視線が合った。
見られた。
「うん。絶対食べる」
屋台に並んでいる物を見ながら、もう一度2人組の様子を窺う。
「あれ、うまそうだな」
お父さんが指す方を見ると、大きな肉の塊が豪快に焼かれていた。
相変わらずの肉好きだ。
「あれは絶対にうまいはずだ」
「肉の大きさだけで選んでない?」
「……まさか」
今、少し間があった!
お父さんを見ると、肩を竦められる。
もう一度、肉が焼かれている屋台を見る。
その屋台から少し離れた所に、違う屋台の影に隠れている2人組が見えた。
お父さんもあの存在に気付いているから、肉の屋台を指したんだろうな。
「この村の人達も並んでいるし、絶対にうまいって」
2人組より、肉の方に興味がありそうだな。
あの2人組には、あまり危険を感じていないのかな?
「あそこです」
私とお父さんの会話に小さく笑っていたプラフさんが、大通りを右に曲がったところにある店を指した。
「『トトムの何でも屋』ですか?」
何でも屋?
食料品店じゃないの?
プラフさんを見ると、苦笑していた。
「昔は何でも屋だったそうです。2代前が、何でも屋を廃業して食料品店に変えたと聞きました。今は食料を中心に扱う店なので安心してください。店名を変えた方がいいと言ったんですが、『これでいい』と聞いてくれないんですよね」
代々続く名前を大切にしているんだ。
「トトムと言う名前は今の店主の名前で、店の店主が変わったらすぐに変えるんですよ。それなのに、何でも屋だけはなんで変えないのか」
大切にしているわけではないらしい。
何か拘りでもあるのかな?
「トトム。入るぞ」
店の扉を開けながら、プラフさんが店の中に声を掛ける。
「珍しい。プラフじゃないか」
「久しぶり」
「今日はどうしたんだ?」
「彼らに、食料品を売って欲しいんだ」
トトムさんがお父さんと私を見る。
視線が合った時に、少し頭を下げて挨拶した。
「冒険者か?」
「元冒険者です。今は、娘と旅をしながら王都へ向かっています」
トトムさんが頷くと私を見る。
何か言った方がいいのかな?
首を傾げると、にこっと笑みを見せてプラフさんを見た。
「いいぞ」
「ありがとう」
プラフさんとトトムさんの簡単なやり取りに少し驚く。
この短時間で決まったけど、いいのだろうか?
「俺はこの後用事があるから、トトム頼むな。ドルイドさん、俺はここで失礼します」
「あぁ、ありがとう。とても助かったよ」
店を出ていくプラフさんを見送る。
ギルマス代理として、また頑張るんだろうな。
誰が敵か味方なのかも分からない中で。
ホルさんたちが来たら、少しは環境が変わるかな。
変わってくれたらいいんだけどな。
あっ。
今ちらっとだけど、さっき見た2人組が見えたような気がする。
彼らはプラフさんではなく、私たちの方を見ているのかな?
「プラフの紹介だから卸値でいいぞ。必要な物があるなら言ってくれ」
「ありがとう。棚にある商品からとっても問題ないか?」
「あぁ、好きな物を選んでくれ。他には?」
「野菜に肉、小麦にこめが欲しい」
トトムさんが了解と頷いたが、すぐに不思議そうな表情を見せた。
「待て、こめ? エサか?」
エサ?
あっ、普通に食べていたから忘れてたけど、こめは家畜のエサだった。
「違う。エサとしてではなく、俺達の食料としてだ」
お父さんの言葉に、トトムさんが私を見るので頷く。
「そうか。大変なんだな」
あっ、すごい誤解された気がする。
お父さんも気付いたのか、眉間に皺を寄せた。
「特に大変なわけではない。というか。金に困っているわけではないからな」
「えっ? 困っているわけじゃないのに、こめを食ってるのか?」
「うまいからだ」
「こめが?」
「あぁ」
お父さんをじっと見たトトムさんが、腕を組んで何かを考え出す。
「どうやって食うんだ? 簡単に作れるのか? 腹持ちは?」
こめの調理法の事?
それに腹持ち?
「少しコツが必要だが、ある程度の料理が出来る者ならすぐに掴めるだろう。腹持ちもいいぞ。それより、どうしてだ?」
「こめが売れたら、儲かる!」
「……そうか」
お父さんのちょっと呆れた表情に、トトムさんが肩を竦める。
「まぁ、それだけじゃないけどな。ちょっとこの村は孤児が多くてな。彼らの面倒を見ている人が安くて腹持ちのいい物が欲しいと言っているんだ」
孤児が多い?
「この村は中毒患者が多いと聞く。そのせいか?」
お父さんをじっと見つめたトトムさんが、ため息を吐く。
「まぁ、他の村にもこの村の現状は知られてるよな。そうだ。クスリ中毒者の子供達だ」
「そんなに多いのか?」
お父さんの心配そうな表情に、悔しそうな表情を見せるトトムさん。
「1年前に比べたら倍だな」
「そんなに?」
それは多いな。
と言うか、多すぎる気がする。
「去年ぐらいから、クスリに手を出す者が増えたんだ。クスリを買う金のために、子供を邪魔に感じる中毒者も多くてな。親に捨てられる子供が増えている。あとは親が犯罪奴隷に落ちて、行き場所を無くした子供たちだな」
クスリを使用するのは罪だから、使用がバレたら犯罪奴隷落ちになるんだよね。
「そうか」
「クスリの販売経路が分かれば、押さえられるそうなんだが。まだ判明していないからな」
ここまで村の人に広まっても、分からない?
それは、おかしいな。
だって、クスリを使った人はどこかから買ったんだろうから
話を訊けば、ある程度の経路は判明するはずなのに。
「捕まった者達からは情報は聞き出せなかったのか?」
「これは噂なんだが、覚えていないそうだ」
覚えていない?
もしかして、クスリの副作用なのかな?
「覚えていない、ね」
あれ?
お父さんの雰囲気が一瞬だけど、かなり鋭くなった。
もしかして、なにか思い当たる事があるんだろうか?
「あのさ、こめの調理方法を訊いてもいいか?」
トトムさんが申し訳なさそうにお父さんを見る。
「あぁ、そうだった。悪い。こめは炊くんだけど、難しいのは水加減だ。というか、アイビーに聞いた方がいいぞ。アイビーの方が詳しいから」
トトムさんが私を見る。
説明するのはいいけど、水加減は自分で覚えるしかないんだよね。
「何度か炊いてみて、自分でこの村のコメの特徴を掴むしかないと思います」
私の言葉に頷くトトムさん。
「そうか。あのさ、時間がある時でいいから、一度教えに来てくれないか?」
お父さんを見ると頷いてくれた。
「いいですよ」
少しでも子供達のためになればいいな。




