574話 やっぱり無理かぁ
オカンイ村に近付いてきたけど、集まっている冒険者がかなり怖がっているのが分かる。
村で何かあったのかな?
ジナルさんやホルさんたちもかなり警戒している。
あれ?
集まっている冒険者の気配で気付かなかったけど、その手前にかなり薄い気配がある。
この気配、知っているような気がするな。
誰だっけ?
「あっ!」
「アイビー。どうした?」
不意に立ち止まった私を、お父さんが不思議そうに見つめる。
声が聞こえたのか、ジナルさんが後ろを振り返った。
「どうしたんだ?」
「気配がいっぱいあって気付かなかったんですが、村道を少し外れたところにガルスさんの気配がありませんか?」
ジナルさんが少し驚いた表情をした後に、村の方へ視線を向ける。
「……本当だ。あ~、失敗した。集まっている気配が気になって、他が疎かになってた」
ジナルさんが片手で顔を押さえる。
「確かにガルスだな。近くにエバスとアルスの気配もあるようだ」
フィーシェさんも気付いたようだ。
「ガルスは確か、違法な捨て場で会ったオカンイ村の冒険者だったか?」
「そう、正解。あんな場所で、あいつらは何をやっているんだ?」
ホルさんに頷いたジナルさんが首を傾げる。
「冒険者たちとは少し離れているよな?」
気配で判断する限りでは、フィーシェさんの言うとおり離れている。
「危険がありそうなのか?」
「いや、かなり落ち着いた気配だ。村に近い冒険者達の方が賑やかな気配だな」
お父さんが剣の持ち手に手を掛けると、ジナルさんが首を横に振る。
確かに、冒険者たちの気配の方が賑やかだ。
恐怖、焦り、怒り。
最初に気配を読んでから少し経つけど、一向に落ち着く様子が無い。
まさか、あんな精神状態で森に入らないよね?
魔物や動物に、居場所を知らせているようなものなんだけど。
オカンイ村の周辺には、危険な魔物とかはいないのかな?
「とりあえず、ガルスたちの所へ行くか。何をしようとしているのかも、分かるだろう」
「そうだな」
ジナルさんとホルさんの決定で、再度村に向かって歩き出す。
しばらくすると、ガルスさんたちが動く気配がした。
「こっちに来てないか?」
「そうだな」
フィーシェさんが首を傾げると、ホルさんが頷く。
「俺達の気配を察知したんだろう。用事があるのか? それとも、何かしてくる気か?」
「それは無いだろう。気配がずっと安定している」
フィーシェさんの言葉にジナルさんが首を横に振る。
確かに、ガルスさんたちの気配に嫌なところはない。
何かしようとすると、心の動きと一緒に気配も揺れる。
後ろめたい事の場合は、その揺れが大きくなる。
悪い事をする人は、それを上手く隠してしまう人もいるけれどガルスさんたちは、大丈夫だと思う。
だって、ソラが入っているバッグも反応してないし!
「会えば分かるか」
お父さんが苦笑すると、少し足早で村に向かう。
数十分歩くと、小走りに来る3人の冒険者の姿が見えた。
「用事だったか」
ジナルさんが、ガルスさんたちに向かって手を挙げる。
「お久しぶりです。会えてよかったです」
ガルスさんたちの様子を窺うと本当にほっとした表情をしている。
「冒険者たちの気配がかなりするが、何かあったのか?」
ジナルさんの言葉に、ガルスさんの表情が微かに曇った。
フィーシェさんが、そんな彼の様子に首を傾げる。
「ジナルさんの言う通りでした」
ジナルさんを見ると、じっとガルスさんを見つめている。
「オカンコ村に向かう森に、暴走した魔物が大量に現れました」
うわ~。
それって、違法な捨て場の影響だよね。
まだいると予想はしていたけど大量って……。
「オカンイ村としての対応は?」
「はい、オカンイ村の上位冒険者と中位冒険者が森に討伐に向かっています。下位冒険者は村を守るために残りました。昨日の昼頃に村のかなり近いところで、暴走した魔物の目撃情報があり下位冒険者も昨日の夜から門の守りに入っています」
なるほど。
村の近くにいる冒険者たちは下位冒険者か。
だから、あんなに気配も感情もすごい事になっているんだ。
というか、あれは守りになるのかな?
あんな不安定だと無理な気がする。
「下位冒険者を使うのはいいが、あれでは駄目だろう」
ジナルさんがため息を吐くと、ガルスさんが小さく頷く。
彼も、門の所にいる冒険者たちの現状を理解しているようだ。
「下位冒険者のまとめ役はいないのか?」
ガルスさんが首を横に振ると、ホルさんがため息を吐く。
下位冒険者だけなら、お互いに不安を煽っている可能性も高い。
「両ギルドのギルマスは何をやっている? 自警団の団長もだ!」
「「「……」」」
ジナルさんが嫌そうに言うと、ガルスさんたちがお互いに視線を交わしあう。
そしてガルスさんが一度頷くとジナルさんを見る。
「両ギルドのギルマスと団長は、療養中です」
ガルスさんの言葉に、全員が声を失う。
「両ギルマスと団長が3人とも?」
「はい。それだけじゃなくて、補佐や副団長もです」
あまりのあり得ない状況に誰も声を出せない。
「はぁ、なんでそんな事に。それに治療中というのは?」
大きなため息を吐くジナルさん。
「ギルマスたちは大怪我を負った状態で発見されて、今はその治療中です」
「怪我ならポーションで治せるだろう? 何か問題があるのか?」
ジナルさんの質問にガルスさんが苦しそうな表情を見せる。
「ポーションがなぜか効かなくて……まずは薬草で中毒を和らげようと」
中毒?
それって、麻薬の?
「ギルマスたちは、麻薬に手を出していたのか?」
ジナルさんが嫌そうな表情を見せる。
「それは意識が無いため、確かめようが……。でも、あの人がそんな物に手を出すはずがありません!」
ガルスさんが、悔しそうに声を張り上げる。
それにジナルさんが、首を傾げる。
「ギルマスとは親しいのか?」
「あっ、その……」
「分かった、今はいい。ポーションが効かないというのは? 麻薬患者は確かにポーションが効きにくいが、少しは効くだろう?」
「どうしてなのか、全く効かないんです。怪我に直接掛けたのに!」
ガルスさんの言葉に、ジナルさんもホルさんたちも困惑した表情を見せた。
それは、怪我に直接掛けても効かない場合は、既に手遅れの場合がほとんどだからだ。
「ガルス、それって――」
「違うんです! 先生が言うには、怪我は酷いけど、これぐらいで手遅れになるわけがないって!」
手遅れになる怪我ではないのに、ポーションが効かない?
他に原因があるとなると、麻薬?
「まさか……」
お父さんの声に視線を向けると、かなり怖い表情をしていた。
「ガルス。ギルマスたちが、どれくらいの期間麻薬を服用していたか、調べたか?」
ガルスさんがお父さんを見て首を横に振る。
「分からないそうです。先生は身体調査のスキル持ちです。でも、それでも分からないって」
身体調査は確か、体の現状を数値で見る事が出来るかなり珍しいスキルの事だよね。
「分からないか」
「ドルイド。何か知っているのか?」
「麻薬成分を変化させて、ポーションの効果を完全に無効化出来るようにしたのかもしれない」
「無効化? 聞いたことが無いが」
ジナルさんだけでなく、ホルさんたちも知らないのかお父さんを不審げに見る。
「ある組織にいた幹部の屋敷で『ポーションを無効化するには、麻薬成分に変化が必要だと研究したが意味が無かった。ポーションの無効化は不可能』と書かれている書類を見た。不可能と書いてあったから、あまり気にしてなかったが、もしかしたら研究が続けられていて成功したのかもしれない」
「あの、ポーションが効くようにする方法は書かれて無かったですか?」
お父さんが首を横に振ると、項垂れるガルスさん。
エバスさんとアルスさんを見ると、泣くのを我慢している表情をしていた。
「ガルス。お前たちがここに来た理由は? 今の話なら、村で待っていてもよかったはずだろう?」
「『風』に会った事を話したら、ギルマス代理が極秘で会いたいと。俺たちはそれを伝えるために来ました」
それはつまり、ガルスさんたちが知らない何かがあるという事だよね。
オカンイ村を素通りするつもりだったけど、これは無理だね。
まぁ、オカンコ村の方面は暴走した魔物が暴れているみたいだから、行けないけど。
「やっぱり関わる事になったな」
お父さんからの言葉に苦笑してしまう。
今度は回避できるかと思ったんだけどな。




