573話 任せろ
「休憩を入れなくて、大丈夫か?」
ジナルさんが私を見る。
「大丈夫です」
今日のお昼過ぎにオカンイ村に着くため、早朝に出発し約4時間。
これぐらいなら、まだ大丈夫。
「待った」
ジナルさんが立ち止まり、険しい表情をした。
「どうした?」
お父さんの言葉に、手を挙げるジナルさん。
「村の近くにたぶん冒険者だと思うが、かなりの数が集まっているみたいだ。正確な人数は分からないが」
ここから気配を読んだの?
まだかなり距離があるよね?
出来るかな?
…………無理だ、遠すぎる。
「なんだと思う?」
「さぁな。だが、少し様子がおかしい気がする」
お父さんとジナルさんの会話に、騎士達の表情も険しさを増す。
「冒険者だと言ったが、麻薬関係者の可能性は?」
「見つけた栽培場所の規模を考えると、村全体で関わっている可能性もあると思っている。だから冒険者だとしても安心はできない」
ジナルさんの言葉にホルさんの眉間に深い皺が刻まれる。
確かにあの規模だもんね。
生半可な組織ではないよね。
「本当に、嫌な感じだな」
ジナルさんが首を横に振る。
「ジナル。お前たちはオカンイ村を回避した方がいいのではないか? 麻薬については、俺たちが見つけた事にしたらいい」
ホルさんの言葉にジナルさんが悩む表情を見せる。
麻薬を見つける前は、オカンイ村の様子を見ようと思ったけど、ちょっと事情が変わってしまったよね。
「子供がいるんだ、安全を考えないと」
ホルさんが私の事を言うと、ジナルさんが頷く。
「分かっている。だが、俺たちがカリョの花畑がある岩場に行った事を知っている冒険者がいるんだ」
「嵐」のガルスさん達の事か。
彼らと逆の方に歩いたから、知られているよね。
「それは……、カリョの花畑を処理して戻ってきていた俺たちと遭遇して引き返した事にしたらどうだ?」
「それで通るか?」
ホルさんの提案にジナルさんが、フィーシェさんを見る。
「馬車を持っている者達が洞窟に向かうのはおかしいが、暴走した魔物から馬車を守るためと、あと戦略として洞窟に向かった事にして、たまたまカリョの花畑を見つけて処理したって事で。少し無理やりだが、大丈夫だろう。実際に暴走した魔物に襲われて、オカンイ村に馬を手配しに行くんだ。あとは日にちだな……カリョの花畑を処理した日に、騎士たちがそこにいられるかどうか。村を出発したのはいつ頃だ?」
「ジナルたちに助けられた日から19日前だ。カリョの花畑を処理する時間は十分……。ジナルたちはどうやって処理したんだ? 思ったんだが、処理する時間が短すぎないか?」
あっ、やばい。
どうするんだろう?
「レアのマジックアイテムを使って、あっという間に終わらせたんだ」
「あっという間?」
フィーシェさんの言葉にホルさんが首を傾げる。
「そう、数分でカリョを枯らしたんだ」
「そんな事が出来るアイテムを持っていたのか?」
ホルさんが感心した表情を見せる。
平常心、平常心。
表情に出やすいみたいだから、気を付けないと。
「ホル達ならいいか」
えっ?
「俺達『風』は調査員なんだ。だから、レアアイテムを多数持っている。今回使用したのもその内の1つだ」
ジナルさんが調査員と言うと、騎士達が驚いた表情をした。
「なるほど。それなら納得だ」
凄いな。
調査員という言葉だけで納得されちゃった。
「えっと」
ホルさんの視線がお父さんと私に向く。
「ある事件に巻き込まれた被害者の親子。その事件の時に知り合って意気投合したんだよ」
ジナルさんの言葉に、ホルさんは頷く。
「そうか。ある事件とは?」
「極秘だな」
ジナルさんがニコリと笑うと、ホルさんが苦笑した。
凄すぎる。
トロンの事は一切触れずに、話が終わった。
私はまだドキドキしているのに。
ジナルさんとホルさんを交互に見ていると、頭に少し重さを感じた。
見上げると、お父さんの手が私の頭を撫でている。
視線をずらすと、いつも通りの笑みでお父さんが私を見ていた。
……そうか、バレずに済んだんだ。
よかった。
「ホル。カリョの花畑を処理した方法だけど、マジックアイテムを使用したと言ってくれ」
「その方がいいのか?」
「あぁ。あの洞窟にどんなマジックアイテムが仕掛けられているのか不明なんだ。だから、数日かけたと言ったら怪しまれるかもしれない」
確かに嘘は極力控えた方がいいんだろうな。
「分かった、マジックアイテムを使って枯らした事にしたらいいんだな」
ホルさんが確認するとジナルさんが頷く。
「あぁ、頼む。ただ、マジックアイテムを見せろと言われた場合は……」
「問題ない。報告するのは冒険者ギルドのギルマスに直接する。その時に騎士である事を明かすつもりだ。だから極秘のアイテムを持っていても違和感は無いだろう」
「いいのか?」
ジナルさんが驚いた表情で、ホルさんを見る。
「大丈夫だ。必要だと判断した場合は、明かしていい事になっているから。もう少し詳しく話を訊きたいのだが」
「ホル、ありがとう。歩きながら話すよ」
ジナルさんとホルさんが先頭になり、オカンイ村に向かって歩き出す。
「そうだ、フィーシェ。このままこの村道を行った方がいいか? 途中でオカンコ村に行ける道とか無いか?」
「地図の上では無いな。村道をこのままオカンイ村に向かって行くしかないみたいだ」
フィーシェさんが地図を取り出し道を確認しているが、1本道のようだ。
つまり、オカンイ村の傍には行く必要があるって事だ。
「麻薬を作っていた洞窟に異常が出た事は、おそらく知られている。関係者はかなり警戒をしているだろうから、下手な動きはしないほうがいいだろうな」
「そうだな。下手に回避して、目を付けられる事もある」
ジナルさんの言葉にホルさんが頷く。
「フィーシェ、オカンイ村を越えないと、オカンコ村には絶対に行けないんだな?」
「ん~、そうだな。俺の持っている地図ではそうなってる。そっちは?」
フィーシェさんが騎士の人に声を掛ける。
見ると、彼も地図を確認していた。
「俺の持っている地図でも同じだ。オカンイ村は越えるしかない」
「分かった。2人ともありがとう。このまま村道を行こう。アイビー、ドルイドと絶対に離れないように」
「はい」
ジナルさん、かなり警戒しているな。
ちょっと緊張してきたな。
「アイビー」
「うん?」
「手を繋ごう」
手?
差し出される手を見る。
そっと手を伸ばすとギュッと握られて、そのまま村へ向かう。
……不思議だな。
お父さんと繋がっている手を見る。
ふふっ。
お父さんを見ると、目を細めて笑っているのが分かる。
それがどこかくすぐったい。
「いいなぁ~」
ん?
何か聞こえたような気がして前を見るとジナルさんが手を振ってきた。
手を繋いでいない方の手を振る。
「何か言ったよね?」
「気にしなくていいぞ」
あれ?
お父さん、ため息吐いた?
あっ、気配が掴めた。
本当に沢山いるみたい。
「どうした?」
「気配が読めたんだけど、本当に沢山の冒険者がいるみたい」
気配が混ざり合って人数がはっきりしないけど、本当に多い。
それに何だろう。
恐怖?
気配を読むと、恐怖が伝わってくる。
これって、恐怖を感じている冒険者が集まっているという事なのかな?
確かに、ちょっと嫌な感じがするな。




