572話 少し変わったね
「これぐらいでいいだろう」
「そうだね」
お父さんと一緒に集めた焚き火用の枝は、今日の夜に必要な分としては十分な量が集まっている。
「ぷ~」
小さな声で鳴くソラに視線を向けると、食事が終わったのか満足そうに揺れていた。
傍にいるソルとフレムは既に食事は終わっていたようで、ぶつかり合いをして遊んでいる。
トロンは、既に就寝中。
相変わらず、皆自由だ。
「シエル、ありがとう」
「にゃうん」
食事中のソラたちを見守っていたシエルの頭を撫でると、一声鳴き優雅に尻尾を揺らした。
なんだか、かっこいい。
「もう少しだけ、待っててね」
マジックバッグに集めた枝などを入れていく。
騎士達と一緒に旅に出て、今日で5日目。
明日にはオカンイ村に着くと、ジナルさんから聞いた。
なので、今日は騎士達が夕飯をご馳走してくれる事になった。
なんでも、騎士に伝わる伝統の野営料理らしい。
「これだけは、誰が作っても美味しいんです」と言っていたから、ちょっと楽しみだ。
ただ「これだけは」という言葉に、ここ数日一緒に料理を作っていたのだが、味付けだけは絶対にしなかった訳が分かった気がした。
そして毎回、やたら褒めてくれる理由も。
「よしっ」
集めた全ての枝をマジックバッグに入れ終わると、お父さんと一緒に腰を叩く。
相変わらず中腰の作業はつらい。
「てりゅ」
ここでの作業が終わった事が分かったのか、フレムたちが集まってくる。
「ごめんね。またバッグの中で過ごしてね」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「にゃっ」
「……ぺっ」
「……」
ソラとフレムとシエルは元気だが、ソルはほとんど夢の中。
トロンは起こされたみたいだが、目を閉じてふらふらしていた。
「トロンは、一度寝たらなかなか起きないよな」
「うん。本当に起きないよね」
皆をバッグとカゴに入れて、枝を入れたマジックバッグを持ってジナルさん達のもとへ戻る。
「拾ってきました」
「ありがとう。こっちに頼む」
騎士の1人がお父さんから枝の入ったマジックバッグを受け取ると、料理用の火の用意を始めた。
包丁を持っている騎士を見る。
一番体格がいい騎士で、一緒に料理をした事が無い人だった。
手元を見ると切られた野菜を鍋に移すところのようだ。
大小さまざまな野菜がお鍋に入っていく。
次はお肉のようだが、しっかり切れていないのか繋がっている部分がある。
うん、料理は苦手そうだな。
座って待っていようと周りを見ると、少し離れた場所でジナルさんとホルさんが話し込んでいるのが見えた。
少しの間、2人を見ているとお父さんにポンと肩を叩かれた。
「どうした?」
お父さんと一緒に、座れる場所を探すため移動する。
「えっと、3日ほど前からかな? ホルさんが少し変わったと思わない?」
お父さんが、ジナルさんと話し込むホルさんを見る。
「そうだな」
お父さんの言葉にやっぱりと思う。
ただ、何処が変わったのかと訊かれるとちょっと困るのだけど。
なんて言えばいいかな……。
「少し余裕ができた感じだな」
「あぁ、それだ!」
そうそう。
余裕ができた感じだ。
ようやく答えが出た感じですっきりした。
あれ?
ホルさんが、少し変わりだした頃からだよね。
簡単にお父さんと2人になれるようになったのって。
ずっと傍に騎士の人がいたのに、急に居なくなって。
不思議に思ってお父さんに訊いたけど、肩を竦めるだけだった。
お父さんは理由を知っていると思ったんだけど。
もしかしてジナルさんがホルさんに、私とお父さんが2人だけになれるように言ってくれたのかな?
でもそれなら、お父さんがそう教えてくれるよね?
「ここでいいか?」
目の前には倒れた木。
腐っている様子は無いので、座っても大丈夫だろう。
「うん、いいよ」
並んで座って、のんびりお茶を楽しんでいると、香ばしいかおりがしてきた。
「いい香り」
料理をしている騎士を見ると、真剣な表情でソースの分量を量っていた。
ちょっと真剣過ぎて、ソースを睨みつけているように見える。
「お疲れさん」
ジナルさんが、私の隣に座る。
「相談は終わったんですか?」
「「えっ?」」
両サイドから、驚きの声が聞こえた。
えっ、何?
「なんで相談だと、分かったんだ?」
「ホルさんの表情ですね。話が終わると、すっきりした表情をしてます」
隠しているんだけど、隠しきれてないんだよね。
「ははっ。そうなんだ」
ジナルさんが、ホルさんへ視線を向けて苦笑する。
「仲間達には、気付かれてないんだけどな」
えっ?
ホルさんと一緒にいる騎士の人達を見る。
気付いてないの?
「アイビー、鋭すぎ」
そうかな?
ジナルさんを見ると肩を竦めた。
これは、内緒にした方がいいのかも。
ホルさんを見る。
周りの騎士たちに指示を与えている。
「そうか。ホルさんはリーダーなんだ」
もしも不安があったとしても、ホルさんは仲間にその事を言えないんだ。
上の不安は下に伝染すると、師匠さんが言っていた。
ホルさんを支えてくれる人がいればいいけれど、数日見た限りではいない。
騎士たちの様子から、誰かがいたようだけど今はいないみたいだ。
「リーダーになるって、大変なんですね。今は、支えてくれる人もいないみたいだし」
「アイビーが鋭すぎて……」
えっ?
ジナルさんの言葉に、お父さんが笑いだす。
なに?
お父さんとジナルさんを交互に見る。
「何をやっているんだ?」
視線を前に向けるとフィーシェさんが、私たちを順番に見て首を傾げた。
「なんでもない。そっちは終わったのか?」
「あぁ、テントなんて張り慣れているからな」
フィーシェさんと騎士の人達が張ってくれたテントを見る。
確かに完璧だ。
「そうだ。夕飯が完成したらしいから、取りに来てくれって」
フィーシェさんの言葉に立ち上がると、一度テントに戻ってソラたちをバッグから出す。
「静かにね」
ソラたちの頭を撫でてからテントを出た。
料理を取りに行くと微かに薬草の香りがした。
訊くと、伝統の野営料理は森の中で採れる食材と薬草、騎士たちに伝わるソースで作るそうだ。
「うまいな」
一口食べてから、お父さんの言葉に頷く。
これは美味しい。
ナンというパンもあって、こちらも美味しい。
「おかわりもあるから、沢山食べてくれ」
ホルさんの言葉に頷くと、ナンを食べる。
美味しい。
「ご馳走様でした。美味しかったです」
今日の料理をしてくれた騎士にお礼を言うと、嬉しそうに笑ってくれた。
何故か少し緊張していたので、笑ってくれてよかった。
明日は少し早くからオカンイ村へ向かって出発するので、早めにテントに戻る。
テントの中では、ソラたちが既に眠っている。
寝る準備を終えると、体を横にする。
「明日、騎士たちともお別れだね」
「そうなるかな?」
隣で寝ているお父さんに、視線を向ける。
「暴走した魔物が、森にいる可能性がまだ高い。オカンイ村としては、騎士達に協力を仰ぐだろう。冒険者ではないから断る事も出来るが、彼らの性格から考えると協力しそうだろ?」
確かに、お願いされたら断る事はしないだろうな。
「麻薬の事もあるんだよね?」
「あぁ……これまでの経験から言うと、巻き込まれるな。いや、既に巻き込まれていたな」
お父さんの言葉に、2人でため息を吐く。
「寝るか」
「うん、お休み」
「お休み」
オカンイ村はどんな所だろう。
ギルマスさんに少し不安を感じるけど、村に着いたら全て終わってないかな?
……無理かな。




