571話 第3王子
騎士達とオカンイ村に向かって2日目。
「すみません。すぐに何か手に入れて戻ってきます」
騎士の1人、リーダーのホルさんがジナルさんに頭を下げる。
「焦る必要はないですよ。暴走した魔物が、まだいる可能性があるので」
「そうでしたね。気を付けます」
暴走した魔物に襲われた時に、食料を入れていたマジックバッグを破られてしまったそうで、騎士達の食料が村に着くまで足りない事が分かった。
私やジナルさん達が持っている食料を足しても微妙なので、騎士達は狩りで食料を手に入れる事になったのだが、ホルさんがとても恐縮している。
「村まで守るから一緒に行こうと誘っておいて、離れる事になるなんて」と。
あまり気にしなくていいと思うのだが、ホルさんはすごく真面目な人なんだろう。
「行ってらっしゃい」
5人の騎士が森に入っていくのを手を振って見送っていると、ジナルさんがため息を吐いた。
「いい奴らなんだが、硬いよな」
「確かにな」
お父さんが苦笑する。
確かに、考え方に柔軟性が少し足りないかな。
「『就寝時間となりましたから寝ましょう』と言われてもな」
「そうだよな。『まだ8時だ』と言っても『はい。それが?』だからな」
ジナルさんとお父さんが、その時の事を思い出したのか同時にため息を吐いた。
「俺はそれよりも、早朝からの訓練に引いたよ」
あれは、驚いた。
寝ていたら、テントの外で動き回る気配を感じた。
何かあったのかと外を見ると、騎士達が走り込みをしていた。
それを呆然と見ていたら、次は柔軟体操で、その次が素振りだった。
しかも、全員が無言。
森の中だから、掛け声とかは止めた方がいいのは分かる。
でも、無言で黙々と行う訓練。
うん、フィーシェさんの言う通りあれは引いたな。
ホルさん曰く、「日課になっているため、やらないと体の動きが鈍くなる」らしい。
皆でゆっくりとお茶を飲む。
たった1日だけど、久しぶりな気がする。
きっと騎士達が傍にいる事で、本当の意味では休めていないんだろうな。
それにしても、食料確保のための狩りか。
「お父さんと私は、食料で慌てた事って無いよね。シエルが適度に狩ってきてくれるから」
お肉が足りないかなって思ったぐらいに、狩って持ってくるんだよね。
あれは、どうやって知っているんだろう?
もしかして無意識にお父さんと話してるのかな?
「そういえば、そうだな」
お父さんが、傍で寝っ転がっているシエルの頭を撫でる。
気持ちがいいのか、シエルの喉から音が聞こえる。
ソラたちを見ると、1日ぶりにのびのび遊べるのが嬉しいのか、かなり機嫌がいいようだ。
それにしても昨日は、朝ごはんと昼ごはんをあげるのに大変苦労した。
特にソルの食事。
マジックアイテムはポーションのように小さくないため、マジックバッグからバッグへの移動が難しい。
なんとか、お父さんと2人きりになる事に成功したのであげる事が出来たけど。
さすがに騎士が5人。
なかなか隙が無い。
しかも、頑張ってあげたのに昨日はテントで寝る事になった。
大人が8人もいるから順番で見張りをして、ゆっくり休もうという事になったのだ。
だったら無理してあげる必要はなかった。
テントの中なら、バッグから出して存分にあげる事が出来たんだから。
「やっぱりもう少し頑張って、別行動にした方がよかったな。ごめんな」
ジナルさんが、ソラたちの頭を順番に撫でる。
「まぁ、彼らは守る事が仕事だからな。暴走した魔物がいる森に、子供がいる俺たちを放置する事は出来ないんだろう。放置してくれた方が、安全に森の中を進めるなんて思わないだろうし」
「まぁ、思うわけないな」
ジナルさんの言葉にフィーシェさんが頷く。
確かに騎士達の行動は、私を守るような動きに見えた。
村道を歩く時は、私を守るような配置になっていたし、テントを張った時も「何かあったら両隣に逃げ込めるように」と私のテントの隣はホルさんとジナルさんのテントだった。
ただ私のテントには、お父さんとシエルがいるから逃げ込む事は無いと思うけど。
あれ?
一緒に村に行く事になったのって、子供の私がいるから?
「私のせいで一緒に?」
「それは違う」
私が自分を指すと、お父さんが首を横に振る。
でも、私がいるせいで騎士の人たちは引かなかったんだろうな。
「あの騎士達、おそらく第3王子の専属騎士だろう」
第3王子?
王子は3人もいるんだと、ジナルさんを見る。
「そうだろうな。そういえば王都から出たと噂があったよな。なんか、甘味が欲しいな」
王都から出た?
フィーシェさんがマジックバッグから揚げ菓子を取り出して、お皿に並べる。
「どうぞ」
「ありがとう。どうして王都から出たんですか?」
揚げ菓子を一口食べると、フィーシェさんを見る。
思っている以上に、疲れているのかな?
いつもより美味しく感じる。
「第1王子と第2王子の馬鹿な争いに、巻き込まれないためだろうな。上の2人は、王に気に入られている第3王子を、自分側に引き入れようと画策してたみたいだけどな。まぁ、第1王子に付いたら第2王子に命を狙われる事になるし、第2王子に付いたら第1王子に。どちらに付いても暗殺の危機が付いて回るな」
うわぁ。
暗殺か。
「俺たちがまだ王都にいる時に、ある噂が流れた」
噂?
フィーシェさんを見ると、なぜか地面に転がっている石を拾っていた。
「夜中に10台もの馬車が、王都から内密に出ていったと。目撃証言もあった」
10台の馬車?
内密なのに目撃者?
「その10台の1台に第3王子が隠れていたらしい」
フィーシェさんが持っていた石を並べる。
目の前には10個の石。
「どれに乗っていたと思う?」
「えっ?」
石を馬車に見立てているのか。
どれも普通の石で見分けがつかない。
10台の馬車も、きっと見分けがつかないようになっていたんだろう。
この中の1台に第3王子が……。
「この石は必要ですか?」
「いや、なんとなく」
もう。
「これ、どれにも乗ってないんじゃないですか?」
だいたい、こっそり逃げるのに馬車を使うかな?
それに第3王子が乗っていたという噂や、目撃者がいる事が気になるんだよね。
なんだか「第3王子が馬車に乗って逃げた」と思わせようとしているみたい。
「ははっ、さすが」
ジナルさんが感心したように私を見る。
「えっ?」
「噂が流れた時期や馬車の正確な台数が漏れた事で、馬車には誰も乗っていなかったのではないかと言う噂も出た。ただ、馬車に誰かが乗っている影が見えたという者もいた」
影?
馬車の外から影なんて……あぁ、ワザと見せたのか。
そのための人形だ!
ちらっとなら人か人形かなんて見分けがつかないもんね。
「王都にまだいるという噂。出ていった馬車に乗っていたという噂。まったく別の日に王都から出ていったという噂。一時期、王都ではいろいろな噂が流れたよ。あまりに噂の量が多かったから、ちょっと調べたぐらいでは、どれが正解なのか分からなかったな」
ジナルさん、調べたんだ。
暗殺者も関わっているのに……。
「なんだか、ややこしいですね」
「第3王子は、それが目的だろうな。王都にいるのかいないのか。いつ出ていったのか。全て有耶無耶にする事で、自分の命を守ったんだ。どっちつかずを貫き通すのが、難しくなっていたそうだから」
「逃げても、追われると分かっていたんですね」
そうじゃないと、そんな面倒くさい逃げ方はしないよね。
「第1王子も第2王子も馬鹿な癖に、自尊心だけは異様に高いんだよ」
うわっ、それは迷惑な存在だな。
「自分側に付かず逃げたと知ったら、怒り狂う事を予想していたんだろう。実際に、第3王子の姿が王城から消えてから、色々あったらしいぞ」
「そうなんですね」
もしそんな2人のどちらかが王になったら、この国はどうなるんだろう。
……終わる?
「こんな噂もあるよな。第3王子は既に殺されている」
「えっ?」
フィーシェさんを見ると、肩を竦めた。
「第3王子は今まで一度も、表に出てきた事が無いんだよ。だから既に2人の王子に殺されているという噂や、元々存在しないなんて言う噂まであるんだ」
第3王子か。
「不思議な存在ですね」
私の言葉に苦笑するジナルさんとフィーシェさん。
私は全く関係ないけど、王には第3王子になって欲しいかも。
上の2人はないな。




