569話 助けましょう
川沿いを進むこと5日。
フィーシェさんが、あと1日歩けば村道に出ると言っていた。
「待った」
ジナルさんの言葉に全員の足が止まる。
「人の気配だ」
ジナルさんが指す方へ気配を探ると、確かに5人の気配がする。
ただ、気配がどこかおかしい。
冒険者のように消しているという感じではないのに、かなり薄い。
「気配が薄いな。だから、今まで気付けなかったのか」
フィーシェさんも気付かなかったんだ。
「この薄さ、死にかけてないか?」
フィーシェさんの言葉にお父さんが周りを警戒しながら、私の傍により剣を握る。
「そうみたいだな。どうする?」
ジナルさんもすぐに剣を持って、警戒を強める。
「この辺りに魔物の気配は無いが、暴走した魔物は気配が読みづらいからな」
ジナルさんが、フィーシェさんから地図を受け取ると何かを確認している。
「奴らがいるのは、村道に近い場所かもしれない」
村道。
という事は、暴走した魔物以外にも盗賊に襲われたという可能性もある。
「生きてるよな?」
「あぁ、気配があるから生きてるな。今は」
フィーシェさんとジナルさんが、顔を見合わせる。
助けるか迷っているようだ。
「助けませんか?」
助けた事で問題に巻き込まれる事があると、お父さんが言っていた。
でも、生きている以上は助けたい。
「そうだな。助けないと後悔するだろうしな」
私を見て笑うお父さんに頷く。
問題が起きたら、助けた事を後悔するかもしれない。
でも、助けないともっと後悔する。
「確かに、問題が起きたらその時はその時か。何かあって逃げる事になったら頼むなシエル」
ジナルさんが、シエルの頭をポンと叩く。
「にゃうん」
「頼もしい」
シエルの自信満々の鳴き声にジナルさんの口元が緩む。
漂っていた緊張感が薄れると、気配がする方へと歩き出す。
「ソラのポーションを使うの?」
襲われたなら怪我だよね?
「いや、それは止めておこう。見られたら厄介だ」
あっ、そうだよね。
あれ?
私の傍で飛び跳ねながら移動しているソラを見る。
怪我をしている人も魔物もすぐに治療しちゃうのに、今日は行かない。
もしかして、怪我じゃないのかな?
「結構、距離があったな」
気配を見つけてから、約30分。
村道から少し外れた場所に、倒れた馬車と既に亡くなっている馬2頭。
そして、体格だけ見ると冒険者に見える男性6人。
感じる気配は5人分なので、1人は既に亡くなっているんだろう。
うつ伏せで亡くなった人を見て、少し首を傾げる。
何かが気になる。
少し考えるが、それが何なのかは分からない。
何だろう?
「周りに異常はないみたいだな。行くか」
ジナルさんが周辺を警戒しながら、倒れている5人に近付いていく。
もしもの事を考えて、私とお父さんは傍には寄らずに様子見。
シエルやソラたちは見られたら困るため、バッグの中に入ってもらった。
「大丈夫か? ポーションだ、飲め」
ジナルさんとフィーシェさんが、5人に次々とポーションを飲ませて行く。
正規のポーションなので、すぐに効果は出るだろう。
「久々に、色の変わっていないポーションを見た。なんであれに、違和感を覚えるんだろうな? 正規のポーションなのに」
苦笑しながら言うお父さんに頷く。
私も、正規のポーションを見て違和感を覚えてしまった。
きっと、毎日劣化版の色の変わったポーションを見てるからなんだろうな。
「毎日色の変わったポーションに触れて、体調が少しでもおかしかったらソラやフレムの光るポーション。正規のポーションに触れる事って無いよな」
「うん。バッグには入っているのにね」
怪我をした時に、周りに人がいない場合はソラのポーションを使用するが、他に人がいた場合は使えない。
そんな時のために、正規のポーションをお父さんは持っている。
まだ一度も、出番はないが。
あっ、一度だけバッグから正規のポーションを出した事があった。
新しい物に換える時だから、使ったわけでは無く皆のご飯になったけど。
「大丈夫みたいだな」
視線の先には、起き上がって話をしている5人の姿。
まだ体に痛みが残っているのか、動きがどこかぎこちない。
5人の動きをじっと見ていると、ジナルさんが「大丈夫」と合図を送って来た。
とりあえず、すぐに襲ってくる事は無いようだ。
「アイビー、気を付けろ。彼ら、商人のような格好をしているが、おそらく冒険者……」
話を途中で切るお父さんを見上げる。
なんだか不自然なところで止まったような気がする。
「お父さん?」
どうしたんだろう?
「悪い。どうも彼らの動きに、冒険者特有の粗暴さが無いような気がして」
粗暴さ?
もう一度5人の様子を見ると、確かにどこか品があるというか丁寧と言うか。
村や町で見かける冒険者とは、少し違うようだ。
「ドルイド、アイビー」
ジナルさんの言葉に、隠れていた場所から出る。
「俺達の仲間だ。こっちへ」
近付きながら、5人の様子を確認する。
商人にしては、鍛えすぎているし私たちを見ても驚かなかった。
お父さんも私も、商人なら気付けないぐらいに気配を消していたのに。
それに、彼らから感じる気配も商人とは異なり、かなり研ぎ澄まされている。
「誤魔化す気が無いのか?」
「どうだろう?」
まさか、違法な捨て場で会った冒険者のように忘れているとか?
……いや、まさかね?
「彼らは騎士だそうだ」
よかった。
忘れたわけじゃなかった。
ホッとした私の様子にジナルさんが首を傾げている。
それに苦笑して首を横に振る。
「騎士?」
そうだ、騎士だとジナルさんが言ったんだ。
どうして騎士が商人の格好をしているんだろう?
5人の全身を見る。
体格と気配以外は、商人に見えない事も無い……かな?
いや、やっぱり無理じゃない?
3人の、人を見る時の目が鋭すぎる。
「よくその体格で、挑戦したな。それに、やるならせめて人を見る時の視線には気を付けないと」
「ぷっ、あはははっ」
お父さんの言葉に、噴き出したジナルさん。
5人の中でも一番年配に見える人が、お父さんたちの様子に苦笑すると頷いた。
「分かってます。無理があったことは」
他の4人も、その人の言葉にどこか居心地が悪そうにしている。
やはり商人になるのは、本人たちも無理していると思っていたのかも。
「変装するなら、冒険者にした方がよかったんじゃないか?」
揶揄うような笑みを見せるお父さんに、騎士の1人が首を横に振る。
「完全に力を持っていない風を装う必要があって」
はっ?
それは体格から、かなり無理があるのでは?
「商人は荷物運びに人を雇うので、それになりきれば大丈夫だと思ったんですが」
話をしている騎士の全身を見る。
背が高く、全身に筋肉がついている。
確かに、荷物運びと言われれば見えなくもない。
彼らも、目の前の騎士ほどではないが、体格がいい。
でも、それならなぜ商人のような格好をしているのだろう?
荷物運びの人たちは、もっと身軽な格好なのに。
「それなら格好が駄目だろう」
「やっぱりそうですか? ちょっと疑問はあったんですが、荷物運びの者たちの格好を用意している筈だったので、俺達の認識が間違っていたのかと、これを着たんですが。どうも、行き違いがあったみたいですね」
お父さんの呆れた表情に、情けない表情を返す騎士。
そんな2人に笑っていると、視界に亡くなっている人の姿が入る。
そういえば、和やかだから忘れていたけど、亡くなった人がいるんだった。
「あの、彼は」
うつ伏せで亡くなっている人を指すと、騎士の1人が亡くなっている人の腕を持って持ち上げた。
えっ?
あまりの扱いの雑さにちょっと驚いてしまう。
「人形か」
人形?
お父さんを見て、持ち上げられている人を見る。
「本当に、人形だ」
だから、さっき見た時に少し気になったのか。
それにしても、なぜ人形?
 




