568話 欲しい!
カリョの根を燃やし、暴走した魔物の死骸はお父さんが剣で一気に炭にした。
「凄い威力だな」
「そうなんだが、戦っている時には今の威力では使えないんだ」
ジナルさんが、お父さんから剣を受け取り魔石をじっと見つめている。
「なんでだ? あの威力があれば、一気に片付くだろう?」
「対象に当たればいいが、逸れたら周りの森が被害にあう」
「ん?」
不思議そうにお父さんを見るジナルさん。
「つまり、使い切れていないんだよ」
肩を竦めるお父さんに、ジナルさんが苦笑する。
「お父さん、その剣は扱いづらいの?」
ソラとフレムが作った剣。
今までのお父さんを見ていて、そんな風には全く見えなかったけど……。
「普通に剣として使うなら、これ以上の物は無いだろうな。ちょうどいい軽さで手に馴染む。体の一部のように動かせるしな。ただ、魔石の力を最大限に活かせていないんだよ。魔物の動きが速いと、難しい。俺の実力不足だ」
そうかなと首を傾げる。
お父さんを見ると、少し悔しそうな表情でジナルさんから剣を受け取っている。
たぶん、お父さんの目指すところが高すぎるのだと思う。
だって、速く動く魔物にも魔法攻撃でしっかり倒している。
あれは、魔石の力を使っていたはず。
確かに、もっと速く動く魔物はいるけれど……。
「いつか、完璧に使いこなしてみせるよ」
今もすごいのに、使いこなしたら最強のお父さんになりそう。
「いいなぁ。ソラ、フレム。俺も欲しいなぁ」
えっ?
ジナルさんを見ると、ソラとフレムの傍に寄ってお願いしていた。
それはいいけど、声が……猫なで声と言うのか、ちょっと……。
「ジナル、気持ち悪い」
フィーシェさんがジナルさんを見て、嫌そうな表情をする。
うん、そうだよね。
ソラとフレムも、ジナルさんに引いているように見える。
分かる、その気持ち。
ジナルさんを、真正面から見ちゃったもんね。
「アイビー、すごく失礼な事を考えていないか」
ジナルさんの目を見て首を横に振る。
「遊んでないで行くぞ」
フィーシェさんの言葉に、急いでトロンをお父さんが提げているカゴに入れ、眠そうなソルをバッグに入れる。
ソラとフレムは既に先頭を歩き出したシエルの後を追っていた。
相変わらず、皆自由だ。
「いつか作ってもらおう」
フィーシェさんが呆れた表情でジナルさんを見る。
「麻薬組織と鉢合わせしたら厄介なんだから、とっとと行くぞ」
「分かってるよ。でも羨ましいんだよ、ドルイドの剣! あんな逸品、そう簡単に手に入れられる物じゃないだろ」
「そんなにですか?」
お父さんの剣も魔石もすごいとは聞いた事があるけど、ジナルさんが羨ましがるほどすごいの?
ジナルさんもかなり良い剣を持っているのに。
「あれは、レア中のレア。と言うか、他にない逸品。見つけたら奇跡」
そこまで?
言い過ぎじゃないかな?
確かに他の剣より軽かったけど、私には普通だったし。
「手に持って馴染むのが早いし、それに軽い」
やっぱり軽いんだ。
「振り回すのに最適な重さなんだよ。軽すぎても扱いづらいからな」
えっ、そうなの?
軽ければ軽いほど、いいのかと思っていた。
ジナルさんがお父さんの方を見た。
「ずっと我慢してたけど、あの威力を見てしまうと欲しいと思う気持ちが強くなるな」
ため息を吐くと前を向くジナルさん。
お父さんはそんな彼に苦笑しているだけで、何も言わない。
こればっかりは、ソラとフレムの気持ち次第だもんね。
ソラとフレムを見ると、シエルの背に乗っていた。
本当に自由だね。
と言うか、寝るならバッグの中でもいいような気がする。
洞窟からオカンイ村まで約5日掛かるらしい。
フィーシェさんが言った事なので、5日後には村に着くんだろうな。
予定通りいけば。
「シエル、道を逸れるの?」
「にゃうん」
ここまでは洞窟と村をつなぐ道を歩いてきたが、2日目にシエルが道を逸れた。
いつもの事なので付いて行くが、シエルが何かを気にしながら歩いてるように見える。
「何かあるのか?」
「にゃうん」
ジナルさんの質問に答えたシエルは、今まで歩いて来た道に視線を向ける。
全員で後ろを振り返るが、誰かが来る気配は無い。
周辺の気配を探っても、魔物や動物の気配は感じるが人の気配は無い。
「誰かがこちらに向かって来ているんじゃないか?」
「麻薬組織の連中か?」
フィーシェさんとジナルさんの言葉に、シエルが首を傾げる。
あれ?
違うのかな?
「違うのか?」
首を傾げるシエルを見てジナルさんが考え込む。
「質問の仕方が悪いんだろう。シエル、人が来るのか?」
「にゃうん」
お父さんに向かってシエルが鳴く。
一気に聞き過ぎて、答えられなかったのか。
「麻薬関係者か?」
その質問には、何も答えないシエル。
「分からないか」
「にゃうん」
それもそうか。
「気配を読まれないように遠回りだな」
「そうだな。あの大量のカリョの花を駄目にしたんだ。奴ら、怒り狂って探すだろうからな」
フィーシェさんが地図を出すと、ジナルさんが楽しそうに笑う。
カリョの花を駄目にしたのが、そうとう嬉しいようだ。
確かに、あれだけの量の麻薬を駄目にしたと思ったら嬉しいだろうな。
と言うか、私も気分がいいもん。
「シエル。こっちには川があるが、そこに向かっているのか?」
地図を覗きこむフィーシェさんとシエル。
見慣れたけど、少しだけ違和感を覚える光景だよね。
「川か。組織の奴らに見つかった時に、逃げるのが大変じゃないか?」
お父さんが地図を覗きこむ。
どれくらいの川なんだろう?
もしもの時に、私でも逃げられるぐらいの川幅だったらいいな。
「この地図で行けば、それほど広くないな」
「あぁ、大丈夫そうだろ?」
「地図が正しかったらな」
お父さんの言葉に、フィーシェさんが小さく笑う。
「そうなんだよな。地図を信じて行動すると、時々大変な目に遭う」
おそらく、旅をしている人は全員が経験してるよね。
「でも、見つからないように移動するなら川の方に行くのがいいと思う」
お父さんとジナルさんは、フィーシェさんが地図上で指す場所を見て頷いた。
「アイビー」
お父さんに呼ばれて地図を覗きこむと、フィーシェさんが道順を簡単に説明してくれた。
それを聞きながら、地図で確認していく。
確かに、歩きやすさや距離を考えると川へ向かう方がいいようだ。
「大丈夫そうか?」
「うん」
説明が終わるとお父さんが確認してくれる。
1ヶ所だけ岩場があって足場が悪くなるようだけど、見つかるよりはいい。
「行こうか」
地図を仕舞うとフィーシェさんがシエルを見る。
「にゃうん」
よしっ、頑張ろう。
しばらく歩くと、地図で確認していた岩場が見えてきた。
ただ、地図に注意書きされていたより、岩の凸凹が少ない。
「考えていた岩場と違った」
「そうだな。これだったら予定していたより先へ進めるな。ただ無理はするなよ」
後ろを歩くお父さんの手がポンと頭に乗る。
「うん、大丈夫」
地面から少し飛び出ている岩に注意しながら歩く。
地図では大きく岩が突き出していると書いてあったけど、そんな場所は見渡す限り無い。
ここの事じゃなかったのかな?
少し不思議に思いながら、川に向かって歩く。
「川の音がするな」
「うん」
地図に誤りはあったけど、今回は嬉しい方に向かったな。
よかった。




