567話 大地の魔力
お父さんの後に続いて、急いで乾燥した根が保管されていた空間に向かう。
「ソル!」
中を見ると、私の声に反応したのか出入口にいる私を見ながら根を頬張るソル。
食べるのを止めないソルにちょっと呆れてしまう。
って、それよりも大丈夫なのかな?
「ソル、大丈夫?」
「ぺふっ?」
根を頬張りながら不思議そうに私を見るソル。
まだ食べ続けるのか……。
あれ?
食べてるんだよね?
頬張っていた根が口から出てきたんだけど。
見ていると、触手で口に含んだ根を遠くへ飛ばした。
……それはもういらないんだ。
「これは食べてるの?」
口に少し含んでいるだけに見えるんだけど……。
「根そのものを食べているわけじゃないみたいなんだ。ただ、ソルが食べた後の根からは臭いが消えているから、根に含まれている何かを食べているのは確かだ」
あの、気分の悪くなった臭いが消えている?
あれには確か毒が含まれているって……。
「毒を食べているんですか?」
慌ててフィーシェさんを見るが首を傾げられた。
「それがよく分からないんだ。ソルは魔力を食べるスライムだよな?」
頷くと、フィーシェさんが難しい表情をする。
「根に魔力……」
「大地の魔力じゃないか?」
大地の魔力。
本に書いてあったな。
普通の人には感じられない魔力が大地に流れているって。
木に多くの魔力が含まれるのは、大地から水と一緒に魔力を吸い上げているからだったよね。
あれ?
でも、大地の魔力も木に含まれる魔力も人の魔力とは種類が異なるため、利用する事は不可能と書いてあった。
「お父さん、大地の魔力を利用することは出来ないよね?」
「あぁ、その通りだ。大地の魔力は、人にも魔物にも利用することは出来ない。そもそも、スキルを持っていないと、大地の魔力を感知することも出来ないからな」
「そうだよね」
たしか、木の実や果実にも大地の魔力は溜まっているけど、採ると大地の魔力は消えるんだったよね。
すごく不思議に感じたからよく覚えてる。
「ただ、大地の魔力は植物を通すと変化することが知られている。その代表が魔魂だ。木に溜まった大地の魔力が変化し、魔魂と言う実になる。変化した魔力は魔物の餌になる事も有名だな」
確か森の奥に生息する木で、その木になる魔魂だけを食べる魔物がいるんだったよね。
そうか。
あれは大地の魔力が変化しているんだ。
その木が特別なのかな?
「木魔病も元は大地の魔力だと言われている。木に溜まる事で何らかの変化を起こして、魔物や人に影響を及ぼす魔力になったんだろうと」
木の中に魔力が異様に溜まってしまって、放置すると周りに影響を及ぼす木の病気だよね。
「大地の魔力が溜まると変化するなら、カリョの花畑でもソルは反応するはずだ。だが無反応だったから、乾燥させた事で根に含まれている魔力が変化したのかもな」
確かにカリョの花畑では反応をしてなかった、と思う。
いつバッグから出たか分からないから、絶対とは言えないけど。
「ソル、これは?」
ジナルさんが乾燥していないカリョの花の根をソルの前に持っていく。
「ぺふっ」
目の前の根を嫌そうに見て、ぷいっと横を向くソル。
「やはり乾燥していないと駄目みたいだな」
お父さんの予想が当たったのかな?
というか、枯れていないカリョの根なんてどうしたんだろう?
この洞窟の中の根は全て乾燥した物以外は枯れたはずなんだけど。
何かに必要で採っておいたのかな?
「アイビー、麻薬を取るために確保したんじゃないぞ。証拠品として2本確保しただけだからな」
私の視線に何かを感じたのか、ジナルさんが慌てて説明してくれる。
「証拠?」
「そう、証拠。必要だろう?」
「そうですね」
そんなホッとした表情をしなくても、事情があるんだろうなと思ったのに。
「根を乾燥させると魔力が変化か。それはカリョの花だけなのか? それとも他の植物でもそうなのか、少し気になるところだな」
フィーシェさんが乾燥した根をじっと見ている。
「フィーシェ、あまり近付くと毒にやられるぞ。それでなくても、毒で本調子じゃないんだから」
ジナルさんの呆れた声に、フィーシェさんが苦笑する。
「ソルの行動に驚いて、忘れてた」
「お前な」
「ははっ。悪い」
いつもはジナルさんの行動に呆れているフィーシェさんだけど、今日は逆だ。
珍しいな。
毒の影響なのかな?
「よしっ。ソルが食べた後の根を外に移動させるか」
「まだ、穴が掘れてないから、頑張りますね」
ジナルさんと私の役目だったのに。
急いで用意しないと。
「いや、根から毒の臭いが消えているなら、普通に燃やしても大丈夫かもしれない」
ジナルさんが、ソルが食べた根を顔に近付け臭いを嗅ぐ。
そして、小型ナイフを出して根に傷をつけると木屑を口に含んだ。
「大丈夫なのか?」
お父さんがジナルさんの行動に眉間に皺を寄せる。
「お父さん?」
「毒を含んでいたら危険だ」
ジナルさんを見ると、肩を竦める。
「毒が消えてるか確かめただけだ。普通に燃やして問題が起きたら大変だからな」
「だからって口に入れちゃ駄目ですよ。何かあったらどうするんですか?」
怖い事はしないで欲しい。
「少しぐらいなら大丈夫だ。それと、まったくピリッとこないから毒の心配もなさそうだ」
ジナルさんの反応にため息が出る。
大丈夫だからよかったけど、違ったらどうするつもりだったんだろう。
「大丈夫だって。少量の毒には体が慣れてるから」
慣れてる?
首を傾げてジナルさんを見ると、気まずそうな表情をした。
「調査員は色々狙われるからさ。まぁ、予防に」
調査員は、本当に大変だ。
「この話はここまで、とっとと運ぶぞ」
ジナルさんの行動に肩を竦めたお父さんは、置いてある木箱に根を入れていく。
「ドルイド、毒が消えたんだからマジックバッグでもいいんじゃないか?」
その方が1回で沢山運べるからね。
「すべての根から完全に毒が無くなったのか、確かめようがないからな」
マジックバッグの中に、毒の成分が付く可能性があるのか。
それは嫌かも。
「そうだな」
フィーシェさんは頷くと、出したマジックバッグを仕舞って木箱に根を入れだした。
私もソルが触手で飛ばした根を拾っては木箱に入れていく。
「持っていくな」
ある程度溜まると、ジナルさんがその木箱を持って行ってくれる。
「ありがとうございます」
「任せろ」
3人であちこちに飛ばされた根を拾って木箱に入れ、ジナルさんが外に運び出して燃やす。
十数回繰り返してようやくすべての根を運び終えた。
「これだけ置いて行ってやろう」
フィーシェさんを見ると、乾燥した根を1本だけ木箱の中に入れていた。
「洞窟の中にたった1本のカリョの根。しかも臭いがしない。ここを管理している者の反応が見られないのが残念だ」
「性格が悪い」
つい、お父さんの言葉に頷いてしまう。
「そうか? 心の籠った贈り物だよ。『ざまぁみろ』ってな」
洞窟の外に出ると、最後の木箱から炎の中に根が落とされるところだった。
「もう終わりか? 早くないか?」
「あぁ、しっかり乾燥されてたから燃えやすかった」
フィーシェさんが驚くと、ジナルさんがニヤリと笑う。
「ここまで完璧に乾燥させるのは、かなり大変だっただろうな。お陰でよく燃えてくれたよ」
あぁ、だからそんな顔で笑っているのか。
「ジナル、かなり悪い顔になってるぞ。そうだ、燃やしたらすぐに移動しよう」
「そうだな。出入口を作るマジックアイテムを使えるほどだ。この場所に何かあったら、連絡がいくかもしれない」
ありえそう。
それにしても、このままオカンイ村に行って大丈夫かな?




