565話 ややこしくなってきた
シエルが開けた穴からそっと外を窺う。
「帰って来ないですね」
「大丈夫だ。それに出ていってから、まだ数分だぞ」
そうなんだけど、こういう時は時間がすごく長く感じる。
「ぷっぷぷ~」
「ソラは通常通りだな」
フィーシェさんが笑ってソラを抱き上げる。
いつの間にか、壁にへばりつく遊びは終わっていたようだ。
「さっきの遊びは、楽しいの?」
「ぷっぷぷ~」
楽しかったんだ。
伸びるのが?
それとも、伸びた状態で壁を登るのが?
……本当に楽しいの?
ソラを見て首を傾げると、フィーシェさんに笑われた。
「そんなに真剣に考えなくても」
フィーシェさんの指が私の眉間を突く。
どうやら、皺を寄せて考えていたらしい。
眉間を揉むと余計に笑われた。
「ソラたちを見ていると、スライムにもちゃんと意思がある事に気付かされるよ」
「えっ?」
「俺が見てきたスライムは、何を言っても突いても反応しない子が多かったからさ。なんて言うか、ただそこにいるだけというか。意思があるように見えなかった」
そうなんだ。
それは、なんか悲しいな。
皆には、それぞれ個性があるのに。
「あれはきっと、テイムした者が上手く関係を築けてなかったんだろうな。今ならそう思うよ。アイビーは、その子、その子の特徴を大事にするから、皆が個性的な子になるんだろうな」
フィーシェさんの腕の中で、プルプル楽しそうに揺れているソラを見る。
今のソラがあるのは、私だから?
「そうだったら、嬉しいです」
ポンと私の頭を撫でるフィーシェさん。
こんな時だけど、ちょっとホッとしてしまうな。
「おっ。戻って来たみたいだ」
フィーシェさんの視線を追うが、2人の姿はない。
目で見える場所にはいないようなので気配を探ると、少し遠い場所に馴染みのある気配が2つ確認できた。
ジナルさんもだけどフィーシェさんも、気配に敏感だよね。
やっぱり、経験の差だろうか?
「お帰りなさい。あれ? シエルは?」
しばらく待つと、2人の姿が確認できたが一緒に行っていたシエルの姿が無い。
それにお父さんもジナルさんもどこか表情が硬い。
「見回りに行っているよ」
お父さんの言葉に首を傾げる。
なんのために?
「問題があったな」
戻って来た2人の表情とシエルがいない事に、フィーシェさんが嫌そうに言う。
やっぱり、そういう事?
「何があったんだ?」
「冒険者の格好をした4人の死体を見つけた。死後硬直の状態から死後7、8時間だと思う。魔物の爪や牙の痕跡があったから、襲われたんだろう」
ここは森の奥だから、魔物に襲われる事はある。
それ自体は悲しいけれど、問題に感じる事は無い。
でも、問題を感じたという事は、何か見つけたのかな?
「何が問題なんだ?」
フィーシェさんが首を傾げると、ジナルさんはため息を吐いて手に持っていた物を差し出す。
「これを全員が持っていた」
ジナルさんの手の中には、魔除け。
魔除けは魔物を寄せ付けないマジックアイテムで、高額なものほど魔物には効く。
「かなり特別な魔除けに見えるな」
特別な魔除け?
ジナルさんの手の中の魔除けを注視する。
ただ、自分が持っている物も合わせて5個しか見た事がないため、目の前の魔除けの何が特別なのかが分からない。
かなり特別だと言っていたので、私の持っている魔除けと違う箇所があるはずなんだけど……。
「ここ。魔石が埋め込まれているだろう」
お父さんが指さすところに小さな石がはまっている。
小さかったので気付かなかったけど、確かに魔石だ。
「魔石のお陰で、ほとんどの魔物に効く魔除けになっているはずなんだ」
つまり、襲われるはずがないのに冒険者たちは襲われたという事?
「魔除けが効かない魔物がいるって事?」
お父さんを見ると肩を竦めた。
「森の最奥には魔除けが効かない魔物がいるが、この辺りでその魔物が出たなんて情報も噂もない」
お父さんの言葉にジナルさんが頷く。
「ここは森の奥ではあるが、最奥からはかなり離れているからな」
確かに、森の奥と言っても人が出入りできるくらいの奥だもんね。
シエルと森の最奥に行った事があるけど、こことは全く表情が違った。
「あと考えられるのは、暴走した魔物だな。魔除けが効きにくくなるらしいから」
フィーシェさんの言葉に、数日前の襲い掛かって来た魔物を思い出す。
冒険者たちが亡くなったのは昨日みたいだから、あれとは別に暴走している魔物がいるって事だよね。
気配も読みにくいし、魔除けも効かない魔物。
本当に厄介だ。
「それと、こっち側にもゴミが放置してあった」
また?
ジナルさんを見ると、苦笑された。
本当に何を考えてゴミを放置なんてしたんだろう。
オカンイ村の冒険者ギルドのギルマスは、これも放置するように言ったのかな?
「シエルが周辺を見回りしてくれている。何かあったら鳴くように言ってあるから」
ジナルさんが申し訳なさそうに、私を見る。
「分かりました。大丈夫です。シエルは強いので」
心配だけど、シエルは強いからね。
信用して待つしかない。
「ゴミの放置ねぇ。魔物に、この場所を守らせるつもりだったのか?」
フィーシェさんが嫌そうに言うが、それはあり得る事なんだろうか?
魔物に守らせるなんて……自分の首を絞める結果になりそうだけどな。
「それは、違うと思う。亡くなった4人は恐らくここの見張り役だ。死んだ場所は違法なゴミの捨て場。マジックバッグが落ちていた事や中にゴミが入っていた事から、ゴミをマジックバッグに入れている時に襲われたんだと思う」
「見張り役というのは間違いないのか? 4人がゴミを捨てに来た者たちだとは思わないのか?」
ジナルさんをじっと見るフィーシェさん。
確かに、フィーシェさんが言う状況もあり得るよね。
マジックバッグに入れているか出しているかなんて、見ただけでは判断できないだろうから。
「4人の格好が、軽装だったんだ。魔除けを持っているとはいえ、オカンイ村からここまで来る格好では無かった。それと服の汚れ方。森を歩くなら気を付けていても、土や葉っぱなどで汚れるものだ。それが、少なすぎた」
服装と汚れか。
ジナルさんの説明に、フィーシェさんも納得したみたい。
それにしても、変だよね。
麻薬を作っている組織を潰したいなら、ゴミを置くより冒険者ギルドに報告した方がいい。
でも、報告はせずにゴミを置いて魔物を暴走させた。
何のために?
「お父さん、ゴミの魔力で魔物が暴走するのは、絶対なの?」
「いや、絶対ではないな。半々ぐらいじゃないか?」
半々。
という事は、魔物を暴走させる気はなかった可能性もあるのかな?
いや、それなら森の奥にゴミを放置した理由が分からない。
「どうしたんだ?」
「ゴミを置いた人たちは何が目的なんだろうって思って」
麻薬を横取りするために魔物を暴走させた?
魔物が暴走していたら、ゴミを置いた人達だって森に入るのは危険だよね。
それとも、暴走した魔物を抑え込む確実な方法でもあるんだろうか?
もしあったとして……ジナルさんたちが知らないわけないか。
「アイビーが言うように、麻薬組織に痛手を負わせたいにしても、麻薬を横取りしたいにしても、ゴミを森に放置する意味が分からないな」
「そうでしょ? 麻薬組織を潰したいならどこかに報告したらいいし」
「あぁ、地元の冒険者ギルドや商業ギルドが信用できない場合は、他の村や町のギルドに報告したらいいからな」
「そうだよね。もしかして、連絡手段を絶たれているとか?」
「それは、あり得るな。はぁ、面倒くさい話になってきたな」
「うん」
本当に、なんでまたこんな事に巻き込まれているんだろう。
お父さんと視線が合うと、2人同時にため息を吐いた。




