563話 えっ、切るの?
「まだ、匂うな。……扉はあれか」
ジナルさんがため息を吐きながら、見つけた扉を睨みつける。
お父さんたちも、ため息を吐いて肩を落とした。
それもそうだろう。
既にカリョの花畑の処理は3ヶ所目が終わったところだ。
そして、まだカリョの花畑はあるらしい。
「これだけのカリョが麻薬として出回ったら、どれだけ被害が出るか怖いな」
フィーシェさんが、土を掘り返してカリョの根を見て頷いた。
ちゃんと枯れているようだ。
「相当、大きな組織が関わっているよな」
「あぁ、そうなるな」
お父さんがうんざりした表情をすると、ジナルさんも嫌そうに頷いた。
「なぁ。この空間、さっきまでと少し違わないか?」
フィーシェさんが、洞窟の壁を見ながら首を傾げている。
「違う?」
フィーシェさんが洞窟の壁を指すと、ジナルさんがその場所を確かめた。
「これ……まさか、掘った跡か?」
「掘った? えっ。この洞窟、人の手で作られたって事か?」
ジナルさんの言葉に驚いたお父さんが、慌てて洞窟の壁によってフィーシェさんが見つけた跡を確認する。
「確かに、これ鶴嘴のあとだな……」
洞窟を見回す。
かなり広い空間だ。
これを人が作ったの?
「全部ではないみたいだ。こっちに鶴嘴の跡はない。元々の洞窟を広げたのかもな」
ジナルさんの言葉に、お父さんも確かめたのか頷いた。
それにしたって、人の手で洞窟を広げるのはかなりの重労働だ。
ジナルさんとお父さんの立っている場所から考えると、元の洞窟は今の半分ぐらい。
半分は人の手で作られたという事になる。
どれだけの人が、この洞窟に関わっているんだろう。
その人たちは、カリョの花が育てられると知っていたのかな?
「ぎゃっ!」
トロンの声に視線を向けると、根が上手く土から出ないのか暴れていた。
「ちょっと待って。今出すから」
トロンはカリョの花からかなりの栄養をもらったのか、新しい小さい葉っぱが3枚増えている。
ただ、身長と言っていいのかは不明だが、身長はほとんど伸びなかった。
伸びたのは根っこ。
そのため、元々土から出るのが大変だったのに、もっと大変な事になっている。
トロンに手を伸ばして、少しだけ太くなった幹に手を掛ける。
ぶちっ。
「えっ? 今の音……」
トロンを引っ張ろうとした瞬間聞こえた、不穏な音。
トロンを見ると、じっと根が埋まっている地面を凝視している。
やっぱり?
今の音って、根が切れた音?
「どうしたんだ?」
壁の状態を確かめ終わったのか、お父さんが傍に来た。
そして、泣きそうになっている私を見て肩にそっと手を置いた。
「トロンの根っこが、切れたみたいで……」
私の言葉を聞いたお父さんが、急いでトロンの様子を見る。
「トロン、痛みはあるか?」
どうしよう。
トロンが答えてくれない。
いまだに、地面に埋まっている根を見つめるトロン。
「トロン」
「ぎゃっ!ぎゃっ!ぎゃっ!」
声を掛けると、叫びだしたトロン。
痛いのかと慌てて、トロンの傍にしゃがみ込む。
「大丈夫?」
「ぎゃっ!ぎゃっ!ぎゃっ!」
興奮しているせいか、声が届かない。
どうしようかと、お父さんを見る。
「喜んでないか?」
じっとトロンの様子を見ていたお父さんが、私を見て不思議な事を言った。
「喜ぶ?」
トロンを見ると、確かに痛みに苦しんでいるというより、喜びで興奮しているように見える。
そうだ。
怪我をしたらすぐに反応するソラが、全く反応していない。
「ソラは?」
周辺に視線を走らせると、壁に平たくなってへばりついているフレムを見つけた。
えっ?
そのおかしな姿を、ただただ見つめる。
見ていると、フレムの隣に同じような姿のソラが壁を登って来た。
どうやら、新しい遊びを見つけたようだ。
そして、ソラが一切トロンを気にしていない。
つまり問題ないという事なんだろう。
にしても、その姿は……。
「ぎゃ~ん」
「えっ。今の鳴き声って、トロン?」
あまりにいつもと違う鳴き方に驚いてトロンを見ると、枝で根を持ち引っこ抜いていた。
出てきた根は、今までの3分の1。
かなり短くなってしまっている。
トロンはじっと、短くなった根と元の長さの根を見比べているようだ。
あれ?
今、枝で自分の根を引っこ抜いた?
トロンの枝を見る。
今は、長い方の根を枝で持ち上げている。
これまでは、上下に動くぐらいだったのに。
あっ、違う。
動かしている枝に葉っぱが付いてない。
新しい枝?
……成長?
「ぎゃっ」
トロンが長い方の根を持ってお父さんを見上げる。
その様子にお父さんが首を傾げる。
「何かして欲しいのか?」
「ぎゃっ!」
嬉しそうに、根を持ち上げるトロン。
根?
しかも長い方。
「まさか、短く切って欲しいのか?」
お父さんの言葉に興奮するトロン。
本気?
トロンを見ると、短い方を指して長い方の根を差し出す。
「まぁ、切れても問題は無いみたいだが……切るのか?」
「ぎゃっ」
お父さんをじっと見るトロン。
それにため息を吐くと、小刀を出すお父さん。
「どうしたんだ?」
洞窟の中を見回っていたジナルさんとフィーシェさんが、小刀を持つお父さんを不思議そうに見る。
「トロンが根を切って欲しいらしくて」
「切る?」
ジナルさんが首を傾げるので頷く。
「ぎゃ? ぎゃ?」
お父さんを見て体が傾くトロン。
その様子は、催促しているようにしか見えない。
お父さんも、そう感じたのだろう。
もう一度ため息を吐くと、短くなった方の根と同じ長さの所で切った。
全員の視線が集まり、トロンを見つめる。
何かあったらと少し不安に感じたが、切った瞬間も今も何もない。
トロンもじっと短くなった根を見つめて、動かない。
「トロン?」
「ぎゃっ! ぎゃっ!」
名前を呼ぶと、パッとこっちを向いて興奮しだしたトロン。
しばらく鳴くと、ゆっくり根を動かして立ち上がった。
短くなったせいか、いつもより安定している。
「ぎゃっ! ぎゃっ!」
それが嬉しかったのか、また興奮しだした。
かなり嬉しいのか、歩いたり、その場でちょっと跳んだりしている。
ほとんど跳べてはいなかったけど。
「長い根が動きづらそうだったもんな」
「そうだな」
ジナルさんとお父さんがトロンを見て、嬉しそうに笑う。
確かに、長い根っこのせいでカゴには絡まるし、動きは鈍いし、いつも大変そうだったもんね。
時々、カゴに絡まった根に苛立っていたのも知っている。
でもまさか、切るとは思わなかったな。
「トロン、よかったね。痛みや違和感は無い?」
トロンが私を見て嬉しそうに目を細める。
この反応なら無いかな。
「ぎゃっ、ぎゃ~」
「鳴き方の種類が、増えたみたいだな」
トロンがトコトコと歩き出したのを見ながら、お父さんが笑みを見せる。
後ろ姿可愛いもんね。
「うん。増えたね」
「あれ? 枝が増えてないか? そう言えば、さっき枝で根を持ち上げていたような……」
「うん。いろいろ出来るようになったみたい」
新しく出た枝はかなり動くみたいで、今もパタパタと嬉しそうに動かしている。
「ぷっぷ~」
「てっりゅりゅ~」
トロンの姿が見えたのか、壁を横に移動してきたソラとフレム。
「えっ、何だあれ」
ソラとフレムの今の姿を初めて見たのか、フィーシェさんが呆然としている。
そうなるよね。
だって、平たくなって壁にへばりついているから。
「新しい遊びみたいです」
私の返答に複雑そうな表情をするフィーシェさん。
ジナルさんは、2匹の姿に笑っている。
「あの2匹は色々考えつくな」
ジナルさんの言葉に苦笑する。
今回は残念な姿になってしまったけど、確かに色々考えつくよね。




