561話 予定通り
フィーシェさんの言った通り、ジナルさんとシエルが言い合いをした日から4日目に崖に着いた。
目の前の崖を見上げる。
サーペントさんに乗って登った崖も高かったけど、目の前の崖も高い。
「あっち」
フィーシェさんが指す右側を見ると、崖にぽっかりと穴が開いているのが分かる。
「あそこがマジックアイテムをドロップする魔物が出る洞窟だよ。まぁ、今の季節は魔物が出るだけだな」
季節でドロップするかしないか変化するとか、不思議だな。
「出る魔物は同じなんですか?」
「一緒だったな」
フィーシェさんの言い方に首を傾げる。
まるで見てきたような言い方だ。
「若い頃に、本当なのか確かめた事がある」
「そうなんですか?」
「そう。『自分たちの目で見たものしか信じない』という症状が出ていた時期だ」
ん?
症状って何?
「『若気の至り』と言う病名だな」
お父さんの言葉に、フィーシェさんが噴き出す。
ジナルさんはなぜか憮然とした表情をしている。
「あの病気が一番ひどかったのはジナルだな」
「うるさい」
フィーシェさんを睨みつけるジナルさんの様子に、つい笑ってしまう。
ジナルさんとフィーシェさんの態度から、若い頃には色々やってそうだな。
いつかゆっくり話を聞きたいな。
「言わないぞ」
「へへっ」
そんなに表情に出やすいかな?
パチンと軽く頬を叩く。
「さてと、シエル。ここからはどうしたらいいんだ?」
「にゃうん」
ジナルさんの言葉にシエルは1回鳴くと、迷いない足取りで魔物が出る洞窟とは反対の左側へと歩き出した。
「そっち? 何かあったか?」
ジナルさんが、首を傾げながらシエルの後を追う。
その後に続きながら、お父さんの肩から提げたカゴを見る。
そのカゴにはトロンがいるのだが、今日は朝からずっとソワソワしている。
「落ち着かないね」
「そうだな」
私の言葉に、お父さんの視線がトロンに向く。
崖に近付くにつれ、葉っぱの揺れがひどくなっている。
「トロン、落ち着いて」
「ぎゃっ」
ジナルさんとフィーシェさんが、トロンの声に振り返る。
「興奮状態だな」
フィーシェさんが、不思議そうにトロンを見つめる。
「どんどんひどくなっていて……」
トロンの葉っぱを撫でると少し落ち着くが、すぐにまた葉っぱが激しく動き出す。
「何かあるのかもしれないな。少し警戒を強めておくか。ただ、シエルたちは普通なんだよな」
フィーシェさんの言葉に、前を歩くシエルを見る。
いつも通り変わらない態度で、私たちを誘導してくれている。
ソラもフレムもソルも、何も変わらない。
いつもと違うのはトロンだけなのだ。
トロンの態度が変わる時ってどんな時だったかな?
木魔病の木を見つけた時は……いつの間にか地面に埋まって、そして出られなくなって暴れていたな。
見つける前の様子は、残念ながら覚えてないや。
あとは……ない。
トロンがこんな風になるのは初めてだ。
しばらく歩くと、前を歩くジナルさんの足が止まる。
シエルを見ると、崖に前足を掛けて何かを確かめている。
「あの周辺に何かあったか?」
ジナルさんの言葉にフィーシェさんが首を横に振る。
「魔石が取れる洞窟は、魔物の洞窟よりもっと向こうにあるから関係ないし。この辺りには特に気になる物はなかったはず。あっ、確か小さな洞窟があった」
フィーシェさんが崖を見回すので、同じように崖に視線を走らせる。
でも、今言った小さな洞窟への入り口は見当たらない。
「思い出した。恩恵のない、ただの洞窟だったな」
「そう。でも確かにあったはずだ。何もないと聞いていたのに、調べたから覚えてる」
「……そんな事もあったな」
少し不貞腐れたような返答をするジナルさんに、小さく笑ってしまう。
ボコッ。
「えっ?」
不穏な音に視線を向けると、崖に大きな穴が開いていた。
その前にはシエルがいる。
えっ?
何をしたの?
「入り口発見!」
ジナルさんの嬉しそうな声に、シエルが嬉しそうに尻尾を揺らす。
「いや、今……」
「アイビー、小さな事は気にしない。気にしない」
小さい事なのかな?
間違いなく、シエルが穴を開けたよね?
ジナルさんを見ると肩を竦めている。
「シエルがこの洞窟が必要だと思ったから、穴を開けたんだろう。つまり、この洞窟は向こう側に繋がっているという事だな」
確かにシエルは、ジナルさんが崖崩れで通れないと言っても通れると言ってこの崖に来た。
だから、ジナルさんの言う通りなんだろうけど。
……まさか向こう側も今みたいに、穴を開けるのでは?
シエルが開けた穴を見ると、シエルとフィーシェさんが洞窟に入っていくところだった。
「それにしても、なんで塞がっていたんだろうな。崖が崩れたようには見えなかったが」
お父さんが、シエルが開けた穴に近付き首を傾げる。
確かに、崖が崩れたのなら痕跡があるはずなのに、見る限りどこにも無い。
「おい」
シエルに続いて洞窟に入っていったフィーシェさんが、硬い表情で戻って来た。
「何があった?」
「この洞窟、人が手を加えているみたいだ」
えっ?
「入ってくれ。見ればわかる」
ジナルさんたちと一緒に洞窟に入ると、すぐに広い空間に出る。
壁を見るが魔石の痕跡はなく、本当にただの洞窟のようだ。
あれ?
どうして、洞窟内なのに壁の様子が見えるんだろう?
「マジックアイテムの灯りだ」
フィーシェさんが空間の上を指すので見ると、マジックアイテムの灯りが等間隔に壁に埋め込まれているのが分かった。
「こんな空間に、マジックアイテムを使う価値があるのか?」
「この洞窟で何か作ったみたいだな」
お父さんが首を傾げると、ジナルさんが空間の奥を指す。
見ると、空間の一番最奥に扉が見えた。
「扉だな」
お父さんが剣に手を掛ける。
「ぎゃっ、ぎゃっ!」
洞窟の状態に皆が警戒していると、トロンが興奮状態で鳴きだした。
うわっ。
人がいたら大変!
「トロン、落ち着いて」
いきなりどうしたの?
トロンのカゴをお父さんから受け取ると、落ち着かせようと葉っぱを撫でる。
「ぎゃぎゃっ!」
駄目だ。
全然落ち着いてくれない。
少し焦っていると、風がふわりと流れてきた。
えっ?
「にゃうん!」
シエルが扉を前足で開けて、自慢げに鳴いている姿に呆然としてしまう。
お父さんたちも少し呆然とシエルの姿を見た後、苦笑して警戒を解いた。
「警戒する必要はないのか?」
「にゃうん」
「そうか。人の気配はしなかったが、洞窟内は分かりにくい場所もあるからな」
「ぎゃぎゃっ」
トロンがカゴをよじ登ろうとして、中でバタバタと暴れている。
「待って、トロン。何処かに行きたいの?」
「ぎゃっ!」
トロンの様子を見たジナルさんが、扉の方を指す。
「扉の向こうか?」
「ぎゃぎゃっ」
「それなら行こうか。どうせ、調べるんだし」
トロンの鳴き声を聞いて、フィーシェさんが扉に向かって歩き出す。
ふわっと風がまた流れた。
えっ、この香りどこかで……。
「なぁ、この香りってあれだよな?」
フィーシェさんが嫌そうな表情を見せる。
ジナルさんも、同じような表情だ。
甘めの香りだったけど、それほど嫌な香りでは無かった。
なのに、なぜそんな嫌そうな表情をするんだろう?
「ぎゃぎゃっ」
暴れるトロンを見る。
甘い香り……あっ!
「カリョの香りだ!」
前にカリョの花畑で、もっと濃い甘い香りを経験した。
あまりに濃くて気持ち悪かったよね。
あれ?
洞窟内なのに、どうしてカリョの香りがするの?




