556話 力の差
「アイビーは隠れていろ」
ジナルさんの言葉に頷いて周りを見回す。
「アイビー、少し先に大きな岩がある。あの後ろに。シエルも一緒に行ってくれ」
「にゃうん」
お父さんの指す方を見ると、確かに大きな岩を見つけた。
「気を付けてね」
「大丈夫だろう。気配をまったく隠せてないからな。……馬鹿なのか?」
フィーシェさんが肩を竦めるのを見て、苦笑する。
確かに、遠いために気配が薄いが、こちらに向かってくる人たちは気配をまったく隠せていない。
いや、そもそも隠そうとしていないような?
「誰もいないと思っているんじゃないか?」
お父さんの言葉に、ジナルさんが首を傾げる。
「こんな森の奥であれだけの気配を出していたら、魔物にだって襲われるだろう」
「でも、襲われてないな。相当良い魔物除けを使っているという事か?」
魔物除けか。
森の奥の魔物にも効果があるという事は、かなり高いよね。
「にゃうん」
「ん? あっ、そうだね。行こうか」
お父さんたちに声を掛けて、岩の後ろに移動する。
「静かに待ってようね」
「にゃうん」
何が起こるか分からないから、ちょっとドキドキするな。
お父さんもジナルさんたちも強いから大丈夫だと思うけど、心配。
「あれ?」
もしかして、オカンイ村に着く前に何かに巻き込まれようとしているのかな?
「旅をゆっくり楽しみたいのに……」
これは誰に文句を言ったらいいんだろう?
「簡単に解決してくれたらいいのに」
しばらく岩陰からお父さんたちを見ていると、6名の冒険者の格好をした人たちが現れた。
お父さんたちを窺うと、ちょっと呆れた表情だ。
うん、私も同じ気持ち。
だって、姿を見せた6人が、お父さんたちを見て本気で驚いた表情をしているから。
確かに、お父さんたちの気配は読みにくい。
だけど、森の奥に来られる冒険者なら気付くはず、なんだけどね。
「なんでこんなところにいるんだ!」
あぁ、なんでそんな事を言っちゃうかな。
冒険者の格好をしているのだから、森の奥にいてもおかしくないのに。
あなたたちだって、誰かに会った時のために冒険者の格好をしているんだよね?
あの人たち、大丈夫かな?
「冒険者だけど、何か? 下位冒険者の方々?」
ははっ。
ジナルさんってば、完全に6人を小馬鹿にしている。
「下位だと?」
ジナルさんの言葉に反応した男性を見る。
周りにいる5人とはちょっと雰囲気が違う。
5人はどこか下卑た雰囲気があるけど、この男性は何というか……何か……。
「俺たちを馬鹿にしているのか? 俺を誰だと思っている!」
あっ、この人だけ人を見下している雰囲気があるんだ。
それより、冒険者の格好をして身分を隠しているのに、そんな事を言っちゃってよかったの?
「ぷっ」
ん?
ジナルさんを見ると、視線を逸らして肩を震わせている。
あれは、笑うのを耐えているんだろう。
よく見れば、お父さんもフィーシェさんもちょっと視線を逸らしている。
「お前――」
「身分を隠すために、冒険者の格好をしているんじゃないのか?」
あっ、お父さんが言ってしまった。
言われた男性を見ると、自分の服を見て焦っている。
まさか忘れてたの?
「ところで、ゴミを捨てに来たのか?」
「なんで、そ――」
「フガン! しゃべるな!」
「「「……」」」
まさか、本名じゃないよね?
「なぜお前ごときに、命令されないといけないんだ!」
うわ~、それは無い。
「「「……」」」
お父さんたちが、完全に白けている。
相手にもしたくないらしい。
「でも、良かった」
怪我もなく解決しそうだね。
でも、なかなかの馬鹿……愚かさだね。
「どうしてゴミをここに?」
「なぜ、お前が知っている。誰から聞いた!」
愚かのもっとひどいのってなんて言うんだろう?
……思いつかないや。
「はぁ。怒鳴らなくても聞こえてるから。冒険者でもない奴らが、ここに来る理由はない。あるとしたら、明らかに冒険者が出したゴミとは異なるゴミが理由だろう。これはただの予想だ。正解だったみたいだな」
ジナルさんの言葉に、6人が焦り出す。
今更だけどね。
「邪魔しやがって。おい、あいつらを何とかしろ!」
何とかって。
これだけ実力差を見せつけられてるのに、やるの?
あっ、やるんだ。
5人が、お父さんたちに剣を向けた。
お父さんたちを見ると、剣に手も掛けていない。
必要ないと考えたらしい。
まぁ、そうだろうな。
5人に視線を向けて首を傾げる。
何だろう。
何か違和感があるな。
お父さんたちを見たら、自分たちとの実力差はすぐに気付くはず。
なのに、なんでやる気になっているんだろう?
ん~?
「何か変だね」
「にゃうん」
5人の様子をじっと見る。
苛立っているのが表情から分かる。
あれ?
体が震えてる?
苛立っているからかな?
「おらぁ~」
5人の中の1人がフィーシェさんに向かって行くと、残りの4人も一斉にお父さんたちに襲いかかった。
「こんなに焦らない喧嘩を見るのは初めてだね」
「にゃうん」
バキッ。
ドガッ。
ゴン。
一瞬で5人が地面に倒れる。
残った男性を見ると、目を見開いている。
「なっ、とっとと起きて仕事しろ! 金を払わねぇぞ」
起きてって、意識を失っているのに無理でしょう。
何だろう。
男性を見ていると、どんどん可哀そうになって来た。
「うるせぇ」
ドゴッ
ジナルさんが、嫌そうな表情で男性に蹴りを入れた。
本気の蹴りに見えなかったが、男性が見事に吹っ飛ぶ。
まさか、敵を前にして無防備に突っ立っているとは思わなかった。
フィーシェさんが縄で6人を縛りあげていくのを、岩から出て見る。
すごい手際がいい。
なんと言うか、手馴れている。
「えっと、大丈夫って訊くのも……」
この中途半端な感じはどう言えばいいんだろう。
お父さんたちも苦笑している。
「まぁ、何事も無くて良かったよ」
お父さんの言葉に、ジナルさんたちが頷く。
確かに。
「こいつらどうする?」
「放置」
フィーシェさんの言葉にジナルさんが力強く返す。
きっと関わりたくないんだろうな。
「さすがにそれは無理だろう」
「だよな~」
お父さんの言葉に項垂れるジナルさん。
本当に関わりたくないらしい。
まぁ、表情から皆同じことを思っているのが分かるけど。
正直な話、私も関わりたくない。
「それにしても、この5人。おかしかったな」
「あぁ、俺たちとは明らかに実力差があったのに」
お父さんの言葉にジナルさんが眉間に皺を寄せる。
「あれ? また誰か来るな。今度は気配が薄い」
フィーシェさんの言葉に気配を探ると、微かに気配が動いているのが分かる。
ただ気配が薄いせいか、読みにくい。
「これは冒険者だな。中位冒険者以上か」
「みたいだな」
お父さんの言葉に、ジナルさんが剣に手を掛ける。
「アイビー、もう一度岩の後ろに」
お父さんの言葉に頷くと、シエルと一緒に岩の後ろに隠れる。
近付いてくる気配はかなり薄く、敵だったらちょっと厄介かもしれない。
「気付いたみたい」
こちらに向かってくる気配は3人分。
あと少しで姿が見えるかなと期待したが、その前に立ち止まってしまった。
きっとジナルさんたちの気配に気付いたんだろう。
「どうするんだろうね」
「にゃ?」
お互いに、相手の出方を窺っているのが分かる。
しばらくするとジナルさんの気配がふわりと揺れた。
それに焦ったのか、隠れている3人の気配が動いた。
「そこにいるんだろ、出てこい。協力して欲しい事がある」
ジナルさんの言葉に戸惑った気配が伝わってくるが、少しすると3つの気配がこちらに近付くのが分かった。




