554話 どっちへ行くの?
「本当にこっちなのか?」
「にゃうん」
「だがここは、1年ほど前に崖崩れがあって通れなくなっているはずなんだ」
「にゃっ!」
お茶を飲みながら、ジナルさんとシエルのやり取りを眺める。
ジナルさんとシエルの間には、この周辺の地図がある。
木の魔物の森から6日目。
なぜか2人で分かれ道を前に、言い合いを始めた。
「まだやってるのか」
お父さんとフィーシェさんがちょっと呆れた表情で1人と1匹を眺める。
「本当に大丈夫なのか? 通れるようになったという話は聞いたことがない」
「にゃ゛」
あっ、シエルの声がちょっと変わった。
「とりあえず崖に様子を見に行って、無理なら引き返してきたらいいんじゃないですか?」
「それは、片道4日掛かるからなぁ」
私の言葉に肩を竦めるフィーシェさん。
引き返すと8日。
ちょっと考える日数だね。
「冒険者と意見交換出来たらよかったけど、ここに来るまでの道で会わなかったからな」
「会うわけないだろう。普通の冒険者が絶対に通らない場所を通ってきたんだから」
お父さんの言葉に、フィーシェさんが苦笑する。
「そうだな。俺もあんな獣道を突き進むとは思わなかった。でも、そのお蔭で本でしか見た事がない花が見れたんだよな。綺麗だったよな」
「確かに綺麗だったな」
森の奥の日陰に咲く、青いフルー。
暑くなる数日前のたった1日しか咲かないと言われているかなり珍しい花で、本当に綺麗だった。
ジナルさんとフィーシェさんは初めて見たようで、感動していたな。
「はぁ、分かった」
「にゃ~ん」
あっ、ジナルさんが折れた。
シエル、嬉しそうだな。
「ジナルの奴、随分とシエルと意思疎通ができるようになったな」
そう言えば。
「シエルが体で表現してくれるからな」
「はい」「いいえ」は首を振る事で教えてくれる。
あれだけでも、かなり分かりやすい。
「決まったのか?」
「あぁ、シエルの言うように崖に向かって行く事になった」
お父さんの言葉に、地図を仕舞いながらジナルさんが肩を竦めた。
ここから4日ほど先にある崖。
大きな崖で、有名な洞窟が2つほどあると言っていた。
1つは、冒険者にとって役立つマジックアイテムをドロップする魔物が出る洞窟。
もう1つは、時々高純度の魔石が採れる洞窟。
冒険者にとっては、どちらも行ってみたいと思わせる洞窟らしい。
「他の冒険者がいたら、すぐにソラたちはバッグに入ってくれ」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「ぎゃっ」
4匹の返事に頷くジナルさん。
何だか、馴染んでいるなぁ。
「よしっ、行くか。暗くなる前に、一番の難所を越えたい」
難所?
地図をさっき見たけど、そんな場所はあったかな?
「アイビー、ここから先は、足元に気を付けて」
フィーシェさんの言葉に首を傾げる。
シエルが通る道は人が通らないので、道自体が凸凹しているし、根っこや石が飛び出している。
なので、その注意は今更なんだけど……。
「分かりました」
でも、改めて注意するという事は、何かあるんだろうな。
休憩に出していたコップやお菓子を片付けてバッグを肩から提げる。
シエルを先頭に歩き出すと、しばらくしてフィーシェさんの言葉の意味が分かった。
「すごい道ですね」
地面に這うように広がっている木の根。
それが重なり合っているため、足の置き場がない。
「根をよけるのは無理だから、なるべく太めの根を踏んで進んだ方がいい」
お父さんの言葉に頷いて、慎重に足を乗せる場所を探す。
少し離れた場所に、足を乗せやすそうな太い根を見つけたので、移動する。
「うわっ」
体重を掛けた瞬間、足元の根が下に沈む。
思ってもみなかった事態に慌てていると、ぐっと腕を引っ張られた。
「大丈夫か?」
お父さんの腕に支えられると、体に入っていた力が抜ける。
怖かった。
あの体重を乗せた瞬間に地面が消えるような感覚は、本当に怖かった。
「ありがとう」
気持ちを落ち着けるために、1回深呼吸をする。
「ぷっぷ~」
ソラの声に視線を向けると、ぴょんぴょんと楽しそうに根から根へと飛び跳ねている。
羨ましい。
「アイビー、ジナルの踏んだところを踏めば大丈夫だ。俺は、後ろにいるから安心しろ」
ジナルさんを見ると、少し先で待ってくれているのが見えた。
お父さんの腕から手を離し、ジナルさんが踏んだ場所を確認して足を乗せる。
「行けそうか?」
「うん。大丈夫そう」
お父さんの言葉に返事をしながら、ジナルさんの足元を見る。
ジナルさんが剣で根を少し押して確認している。
「前に来た時より、歩きにくいな」
「去年、この辺りは雨が多かったから、下の方にある根が腐ったんだろう」
フィーシェさんの言葉に、ジナルさんが剣をある方角に指す。
そちらを見ると、巨大な木が根元から倒れていた。
「根が腐って栄養が足りなかったんだな。この木は、根が腐ってしまうとすぐに枯れてしまう」
雨が降って根が腐る?
本で読んだような……。
足元に気を付けながら、少し周辺に生えている木々を見る。
名前は忘れてしまったけれど、葉っぱを見て本に描かれていた絵を思い出す。
そうだ。
乾燥に強くて、湿気に弱い木だ。
雨が降り続けると、それだけで木が弱ると書いてあったな。
「そんなに雨が多かったか?」
お父さんが首を傾げる。
「例年より1割ぐらい多かったらしい。この木にとっては最悪な条件だな」
ジナルさんの返事にお父さんが頷く。
1割で、最悪なんだ。
本当に雨に弱いんだな。
「アイビー、あと半分ぐらいだから、頑張れ」
あと半分か。
頑張ろう。
「疲れた~」
フィーシェさんの言葉を聞きながら、近くの岩に腰掛ける。
何とか、根が密集している場所から脱出が出来たが、体がギシギシいっている。
普段以上に、体に力が入っていたからだろうな。
「足を痛めなかったか? 悪いな。思ったより足場が悪くなってたから」
ジナルさんの言葉に、首を横に振る。
「大丈夫です。ジナルさんの後ろは安心して歩けたので」
最初の恐怖が残っていたので、体に力が入ってしまったけど、ジナルさんの選んだ場所は安定していたので、最後は安心して歩くことが出来た。
「それは良かった。この先に、少し開けた場所があるが、歩けるか?」
「歩けます」
ジナルさんの言葉を聞いて、立ち上がる。
今日はきっとそこまで行きたいんだろう。
ちょっと足は疲れているけど、まだ大丈夫。
十分、歩ける。
シエルとジナルさんが先頭に立ち、歩き出す。
この道は、冒険者も使用するので周りの気配に気を配るが、それらしい気配は1つもない。
それに首を傾げる。
今は、暑くなる少し前。
洞窟を探索するのに、いい季節だと思うけど……いないね。
「アイビー、どうした?」
周りをキョロキョロしていた私を不思議そうに見るお父さん。
「いえ、冒険者の気配がないから」
「冒険者?」
あれ?
洞窟があるから冒険者がいると思ったけど、違うのかな?
「この時期は、魔石狙いだな」
魔石狙い?
マジックアイテムの方ではないんだ。
「マジックアイテムをドロップする魔物は、秋にしかいないからな」
「そうなの?」
私の言葉に頷くお父さん。
今は初夏で魔物が出ないから、冒険者がいないのか。
「それに、これから向かう崖は少し森の奥にある。上位冒険者か、かなり実力をつけた中位冒険者ぐらいしか来れないだろうな」
上位冒険者か実力をつけた中位冒険者?
あっ。
確かに、崖に近付くにつれ強い魔力を持った魔物の気配を感じる。
でも、シエルの気配を感じたのかな。
みんな逃げていくけどね。




