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553話 この場所はこのまま

今、目の前で起こった事に呆然としてしまう。

ここが木の魔物にとって最期の場所だという事にも驚いたが、まさかあんな亡くなり方をするなんて。

トロンを見ると、じっと森の奥を見つめている。


「大丈夫?」


どうして、こんな事しか聞けないんだろう。

仲間が死んだんだから、大丈夫なわけないのに。


「ぎゃっ」


私を見て鳴くトロンの葉っぱを、ゆっくりと撫でる。


「あの魔法陣……」


フィーシェさんの言葉に、パッと視線を向ける。

何か知っているのかな?

木の魔物を苦しませるような魔法陣じゃないよね?


「フィーシェ? 何か、分かったのか?」


「解放の魔法陣に使われている文字があった。あとは……」


お父さんが首を傾げているが、私はホッとする。

とりあえず、苦しめる内容ではないみたい。

でも、解放?

いったい何からの解放なんだろう?


「解呪だな。それと、今は使われていない文字もあったな」


ジナルさんの言葉にフィーシェさんが頷く。

解呪。

呪いを解くための魔法陣なんだ。

それって木の魔物が呪われているという事になるよね?


「呪いね。黒い木の魔物から呪いを感じたか?」


ジナルさんの言葉に、フィーシェさんもお父さんも首を横に振る。

つまり、呪われているわけではない。

それならなぜ解呪なんだろう?


「あの一瞬で、よくそれだけの事が分かったな」


お父さんが、ジナルさんとフィーシェさんを感心したように見る。


「特訓だよ」


「特訓ですか?」


ジナルさんの言葉に首を傾げる。

魔法陣を早く読み解く特訓?


「見たものを、一瞬で記憶する特訓。俺たちの仕事には必要だからさ」


仕事か。

ジナルさんとフィーシェさんの様子から、かなり大変な仕事みたいだもんね。


「なるほどな」


お父さんはある程度予想が出来てるみたい。

きっと、色々経験してきているからだろうな。


「にゃうん?」


シエルの力の入っていない鳴き声に視線を向ける。

ちょっと情けない表情で私を見ている。


「どうしたの?」


私の言葉に、シエルの視線が木の魔物に向く。

もしかして、あの木の魔物も終わりを迎えるのだろうか?


「あの木の魔物も逝ってしまうの?」


私の言葉に首を横に振るシエル。

違うのならなんだろう?

じっとシエルを見る。

情けないというか……申し訳ないと思っているような気がする。


「ここに来た事を後悔してるの?」


「にゃうん」


あぁ、そういう事か。

木の魔物の最期を見て、私が悲しんでいると思ったのか。


「シエル、ここに連れて来てくれてありがとう」


悲しいけど、何故か知れてよかったと思っている。

その気持ちがどこから来ているのか、ちょっと自分でも説明が出来ないのだけど。


「シエル。俺からもありがとう」


「にゃ?」


ジナルさんの言葉にシエルが首を傾げる。


「世界には、まだまだ知らないことが多いからな。知っていく事は重要なんだよ」


知る事か。

私はトロンについて、木の魔物だとは知っている。

紫のポーションがご飯になる事も。

でも、それ以上の事は知らない。

今、この場所がトロンが最期に来る場所なのかな?

トロンを見ると、私を見ている事に気付く。

葉っぱを撫でると、ふるふると揺れる姿が可愛い。

トロンは私よりきっと長生きだと思う。

そういえば、トロンはどれくらい生きるんだろう?

シエルは?


「私、何も知らないや」


大切な家族の事なのに。

本には、シエルの寿命についても、木の魔物の寿命についても書かれてなかった。

スライムは10年から20年だと書いてあったな。


「ぎゃっ?」


じっと見ていたからか、トロンが体を傾けている。


「トロンは長生きしてね」


「……ぎゃっ」


その間は何だろう?


「トロン?」


「ぎゃっ、ぎゃっ」


嬉しそうな鳴き声を上げて、プルプルと葉を揺らすトロン。

急に機嫌が良くなっているけど、何かあったっけ?

思い返すけど、私と話していただけだよね?

……分からない。


「そろそろ行こうか」


「あっ、はい」


ジナルさんの声に、急いで返事をする。

トロンを見ると、まだ葉を揺らしていた。

まぁ、悲しむよりいいかな。


「この場所を報告するのか?」


お父さんの言葉に、ジナルさんとフィーシェさんは少し考えた後、首を横に振った。


「俺がいる組織の上には話すが、あの人がこの事を他に話すとは思わない」


あの人?

ジナルさんの上司にあたる人かな?

そう言えば、ジナルさんとフィーシェさんは上司という言葉を使わないな。


「それなら安心だな。ここの事を知れば、調査だなんだと荒らされてしまうだろうからな」


お父さんの言葉にジナルさんたちが頷く。


「ここは、入ったら呪われる場所だ。これからもずっと。それにこの場所は、冒険者でも来ない森の奥だからな」


シエルが一鳴きすると、ゆっくりと歩き出す。


「いっぱい、いますね」


次々と見つかる、真っ黒になった木の魔物。

私たちが傍を通ると、微かに枝が揺れている。


「何か聞こえないか?」


フィーシェさんの言葉に、立ち止まり耳を澄ます。

森の中は小動物もいないのか、ほとんど音が無くとても静かだ。

だからなのか、とても小さな音が耳に届いた。


ズズッ、ズズッ。


かなり距離があるが、確かに何かを引きずっているような音が聞こえた。


「まだ随分と距離があるな」


お父さんの言葉に、頷いて気配を探る。

しばらく探るが、気配が掴めない。

それに首を傾げる。


「こっちに近付いているみたいだな」


フィーシェさんが言うように、音は確実に近付いている。

それなのに、気配が掴めない。


「魔力も感じないな」


ジナルさんが、剣に手を伸ばす。


「待て、あれだ」


お父さんが指す方向に視線を向けると、真っ黒な木がゆっくり移動しているのが見えた。


ズズッ、ズズッ。


「木の魔物か、彼らは魔力も気配も消すのが上手かったな」


そうだった。

擬態している時は、本当に分からなくなるんだった。


「気に入る場所を探しているのかもな。邪魔しては駄目だから、移動しよう」


フィーシェさんの言葉に、木の魔物が行く方向を確認しながら移動する。

少し歩き、後ろを振り返る。


「あれ?」


木の魔物の体の向きが、こっちになってる。

追ってきているのかな?

不思議に思いながら、少し早歩きでその場を離れる。

もう一度、後ろを振り返る。


「追ってきたわけではないみたいだな」


お父さんの言葉に頷く。

それからほぼ1時間。

薄暗い森から、ようやく抜ける事が出来た。

小さく息を吐くと、体に入っていた余分な力が抜けたのが分かった。

思ったより緊張していたみたいだ。

ジナルさんたちを見ると、彼らも緊張していたのかホッとした表情をしている。

歩く速度をゆっくりに変えて、オカンイ村に向かって歩きだす。


「眩しいな」


ジナルさんが、眩しそうに手を顔の上で翳す。


「夏の日差しだからな。そろそろ一気に気温が上がる時期だから、旅はきつくなるな」


フィーシェさんの言葉に、嫌そうな表情を見せるジナルさん。


「そういえば、ソラたちが異様に静かじゃないか?」


ジナルさんの言葉に、お父さんがシエルを見る。

その背中には、ソラとフレムとソル。

皆、熟睡中だ。


「随分と疲れているな」


ジナルさんの言葉にお父さんが苦笑する。


「昨日と今日の朝、ずっと水辺で遊んでいたからな」


確かに、私たちが釣りをしている間、ずっと楽しそうに遊んでいた。

あれだけ動き回れば疲れもするよね。

ジナルさんは肩を竦めて、シエルの上で寝ているソラをチョンと指で突く。


「……ちょっと安心し過ぎじゃないか? 起きないぞ」


ジナルさんが、もう一度ソラを突く。


「完全に熟睡している時は、起きないですよ」


私の言葉を聞いて、フレムとソルも2回ずつ突くジナルさん。


「魔物だよな?」


「そうですよ?」


ジナルさんの質問に首を傾げる。

何を当たり前の事を訊いてくるんだろう?

視界の隅に、お父さんが笑っているのが見える。


「無防備すぎるだろ?」


そうだけど……。


「シエルの上にいるから」


その場所以上に安全な場所はないと思う。


「にゃうん」


シエルも守る気満々だしね。

シエルの反応にジナルさんたちが頷く。


「確かに、安全だな」


やっぱり、そう思うよね。


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― 新着の感想 ―
[一言] 不思議な場所だな・・・
[一言] 禁断症状が出始めていました。いつも更新ありがとうございます!
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