552話 最後の場所
「大丈夫なのか?」
フィーシェさんの不安そうな声に、お父さんが肩を竦める。
「大丈夫だろう。シエルが、アイビーを危険な目に遭わせることは無い」
「そうかもしれないが……。ここって、入ったら呪われるって言われている場所なんだぞ」
フィーシェさんの言う通り、地図上で黒い線で囲まれていた場所を歩いている。
確かに、木々で太陽の光が遮られているので薄暗い。
しかもこの場所の木々は、緑の色が濃いため暗さに拍車を掛けている。
なにより、さっきから「ビュウ」と言うか「ビョウ」と言うか、ちょっと不気味に聞こえる音が絶えずしている。
呪いの森だと呼ばれている事に、納得だ。
「呪いは分からないけど、なんか出そうだよね」
わくわくしながらお父さんに言うと、苦笑された。
ジナルさんとフィーシェさんは、私の反応に驚いているようだ。
「怖くないのか? 呪われるかもよ」
ジナルさんの言葉に首を横に振る。
「シエルが、そんな場所を案内することは無いですよ」
これは絶対に自信を持って言える。
もし、この場所を案内したのがシエルじゃなかったら、速攻で逃げているだろうけど。
「すごい信頼関係だな。俺が案内したら?」
「逃げるな」
ジナルさんの言葉にお父さんが速攻で返す。
私もちょっと迷ってしまった。
「ドルイド、お前な。それにアイビー、迷ったよな?」
しっかりばれている。
仕方ない、笑っておこう。
「それにしても、本当に不気味なところだよな。黒い木なんて初めて見た」
フィーシェさんの視線を追うと、少し離れた場所に幹から葉っぱまで黒い木があった。
本当に真っ黒な木だ。
「すごいな。黒い木なんて、聞いたことがないぞ」
ジナルさんが、黒い木の方へ歩を進める。
「にゃうん」
「ん? 近付かないほうがいいか?」
「にゃうん」
シエルの返答を聞いて、ジナルさんが足を止める。
「危険なのか?」
ジナルさんの言葉に、首を横に振るシエル。
危なくはないんだ。
「なぁ。その木、動いてないか?」
お父さんの言葉に、ジナルさんがすぐに黒い木から離れる。
「……確かに、動いているような……」
フィーシェさんが、黒い木から伸びている1本の枝を指す。
見ると、風とはあきらかに違う動きをしていた。
「もしかして、木の魔物か?」
ジナルさんの言葉に、お父さんが首を横に振る。
「真っ黒だぞ?」
確かに真っ黒だ。
木に擬態する魔物なのに、この色では擬態は無理だろう。
でも、色以外は木の魔物だよね。
「ぎゃっ」
トロンが、お父さんが提げているカゴの中から鳴く。
見ると、黒い木の方を向いている。
それに、声に悲しみが滲んでいるような気がした。
「トロン、悲しいの?」
「ぎゃっ」
トロンの様子に、お父さんたちは首を傾げている。
何が悲しいんだろう?
「トロン、この黒い木は木の魔物なのか?」
「ぎゃっ」
ジナルさんの言葉に、答えるトロン。
やっぱり木の魔物なんだ。
トロンの返事に、お父さんたちが黒い木の魔物を見る。
この薄暗い森の中でも、目につく真っ黒な木。
擬態は無理そうだから、私を襲った木の魔物とは種類が違うのだろうか?
しばらく黒い木の魔物を観察してみたが、枝を微かに揺らしているだけだった。
「こんなに近くにいるのに、襲ってこないな」
お父さんの言葉に、ジナルさんたちが不思議そうに黒い木の魔物を見つめる。
木の魔物は、人の気配を近くで感じると襲い掛かる事で有名だ。
それが目の前の黒い木の魔物は、襲い掛かるそぶりも見せない。
何処か不思議な存在だなぁ。
「そろそろ移動しようか。ずっと見てても仕方ないからな」
ジナルさんの言葉に、シエルが歩き出す。
気になるけど、シエルは近付かないほうがいいと言ったし、見ているだけって言うのもおかしいもんね。
「あれ? あそこにも黒い木の魔物がいる」
しばらく歩くと、木々の間に黒い木が見えた。
木々の間で少し見えにくいが、真っ黒だからやはり目に付く。
「本当だな。……あれも黒い木の魔物じゃないか?」
フィーシェさんが、私が見つけた黒い木の魔物とは違う方向を指す。
指した方を見ると、2体の黒い木の魔物がいた。
「この森に生息している種類なのかな?」
私の言葉に、ジナルさんが首を傾げる。
「木の魔物に種類があるとは聞いたことないが」
という事は、前に会った木の魔物と、あの黒い木の魔物は一緒?
見た目が全く違うけど?
「知られてないだけじゃないか?」
「それもあるが……」
お父さんの言葉に、ジナルさんが首を傾げる。
どうも納得できないようだ。
トロンを窺うと、黒い木の魔物をじっと見つめている。
が、その目は先ほどと一緒で悲しげだ。
何がそんなに悲しいのか。
黒い木の魔物を見る。
分かりたいけど、あの黒い木の魔物がどんな魔物なのかも分からない。
トロンは知っているんだよね。
「トロン。トロンとあの黒い木の魔物は同じ種類なの?」
分からなかったら、訊くしかない。
「ぎゃっ」
同じ種類なんだ。
でも色が違う。
「黒くなるのは成長するから?」
私の言葉に葉っぱを揺らすトロン。
鳴かないので、成長して黒くなるわけじゃない。
「病気にかかっているの?」
その質問にも、葉っぱを揺らすだけで鳴かないトロン。
これも違う。
「もしかして」
フィーシェさんが何か思いついたのか、パッとトロンに視線を向ける。
「寿命か?」
寿命?
「ぎゃっ」
正解なんだ。
つまり、ここから見える黒い木の魔物は、皆寿命を迎えているって事?
「ここは、木の魔物が最期を迎える場所なのか」
「ぎゃっ」
お父さんの言葉に、かすれた鳴き声で答えるトロン。
「よく見ると、3体だけじゃないな。いったい、どれだけいるんだ?」
ジナルさんの声に周りに視線を走らせると、木々の間から黒い枝だけが見えている魔物もいた。
「8体か? いや9体だな」
えっ?
ジナルさんの言葉に驚いて、もう一度周りに視線を向ける。
そんなに?
私が見つけたのは5体なのに。
何処だろう?
見つけられない……ほんとに9体もいるの?
「すごい数だな」
お父さんが首を傾げている。
もしかして、私と一緒で探せてないのかな?
「あっ、9体目はあれか」
そうだよね。
お父さんだもん、見つけるよね。
それにしても魔物は寿命を迎えるのが難しいと言われているのに、9体も寿命を迎えるのか。
そう言えば、大丈夫なのかな?
寿命を迎えた魔物の魔力を食べて、魔物が暴走した事があるよね?
「お父さん」
「どうした?」
「寿命を迎えた魔物の魔力は危険でしょ? 大丈夫なの?」
お父さんは、笑って私の頭を撫でる。
「大丈夫だ。オール町で起こった原因の魔力は、リュウのものだ。木の魔物とは魔力量が全然違うから。木の魔物ぐらいなら、魔物を暴走させる事もないだろう」
そうなんだ。
それならいいんだけど。
バキン、ピシッピシッ。
森に割れるような音が響く。
「なに?」
周りを見回す間も、ピシッピシッと音が森に響く。
「あれだっ!」
ジナルさんが指した方向を見ると、黒い木の魔物の体に大きなヒビが入っていた。
今も、音と共に大小さまざまな傷が黒い木の魔物に付いていく。
「なんで、あんな……」
呆然と傷ついていく黒い木の魔物を見る。
バシッ。
幹から上に向かって大きく割けたのを最後に音が止む。
「死んだのか?」
ジナルさんの言葉に、誰も答えずただじっと黒い木の魔物を見つめる。
「あっ、倒れちゃう!」
黒い木の魔物の体が大きく傾き出すと、森の中に木々のこすれる音が響く。
ぐらりと傾く黒い木の魔物。
そのまま倒れると思った次の瞬間。
魔法陣が現れると、一瞬で黒い木の魔物が灰となって森に消えた。
「えっ? どうして魔法陣が?」
フィーシェさんの戸惑った声が聞こえた。




