548話 のんびり次の村へ
「整備された道を歩き続けるのって、久しぶり……いや、初めてかも」
私の言葉にお父さんが笑う。
「アイビーとの旅は、ほとんど森の中だな。中というか奥だな」
「ふふっ。確かにほとんど森の奥だね」
ジナルさんと合流するまでは、村道をゆっくりと歩くと決めた。
森の中に入ってしまうと、合流出来ないかもしれないからなんだけど。
歩きやすい。
森の中を歩くのも好き。
色々な風景を楽しめる。
特に森の奥は、そこにしかない花があったりする。
ただ、木の根っこや地面から飛び出している岩などでとても歩きにくい。
それが、オカンケ村を出てからずっと歩きやすい!
整備されていると言っても、ちょっと地面がならされているだけなのに、ここまで歩きやすいとは。
「ジナルも、そろそろ合流できるだろう」
フィーシェさんの言葉に、お父さんが頷く。
すべき事が終わったら、すぐに来ると言っていた。
傍でサーペントさんが頷いていたので、きっとサーペントさんに乗ってくるだろう。
「あれ? サーペントさんに乗って来るなら、森の中で合流してもよかったんじゃ」
私の言葉に、フィーシェさんが首を横に振る。
「オカンケ村とオカンイ村の間には大きな川があって、森の中を横断するのは難しいんだ」
大きな川?
そういえば、地図にかなり大きな川が載っていた。
あまりにも大きく描いてあったから、描き間違いかと思っていたんだけど、本当にあるんだ。
「あの地図の川は、描き間違いかと思ってました」
「そう思うほど、川幅が広いからな。オカンケ村からオカンイ村に行くには、村道か村道周辺の森を歩いていかないと、行けないんだ」
フィーシェさんの言葉に、もう一度地図を思い出す。
確か、村道とその周辺の所だけ川が途切れていた。
でも、あの大量の水はどこを流れているんだろう。
村道の下を通っているのかな?
「川の水がどこに行ったのか、不思議か?」
お父さんの言葉に頷く。
「川は大きな地下空洞に繋がっているらしいぞ。水の勢いが強いから、傍から様子を見るぐらいしか出来ず、空洞の中がどうなっているのかは今も分からないようだが」
そうなんだ。
水が流れる地下空洞かぁ。
ちょっと面白そうだけど、危険みたいだし近付かないほうがいいだろうな。
「あっ、忘れてたけど、オカンケ村の印の調査はどうだったんだ?」
フィーシェさんの言葉に首を傾げる。
印の調査って何だろう?
……あっ、2種類の花が咲く木と大きな岩の事かな?
オカンケ村に向かうのに、ジナルさんたちの記憶と地図が違ったから調べたんだよね。
「あれは村の有力者が、金を握らせて地図から削除させていたんだ」
お父さんがため息を吐く。
「削除?」
「あぁ。2ヶ所目の印の傍に、高額な薬草が生えてくる場所があるんだ。それを独占するために、金で消していたらしい。冒険者は迷わないように印に向かって歩くだろう? それを、させない為だったんだろうな。亡くなったギルマスにばれて、関わった者たちは処分されたと聞いたよ」
「そうだったのか」
フィーシェさんが、お父さんの話に呆れた表情を見せた。
「悪いな。面倒くさい事を調べさせて」
フィーシェさんの言葉にお父さんが笑う。
「村人に訊いたら、すぐに話してくれて面倒ではなかったから。それより調べた結果を言い忘れていた、悪い。地図については、冒険者ギルドの職員に分かりにくいと伝えておいたから。多分どちらかの印の木に紐が結ばれるだろう」
村道を挟んで似たような印がある場合、紐を結んだりして区別するのが普通らしい。
「そうか、ありがとう」
あれ?
なんの音だろう?
今何か……聞こえたような……。
「あっ、水の音だ!」
森の奥から水の流れる音が、響いてくる。
全然、川なんて見えない場所なのに。
それだけ大量の水が流れているって事なのかな?
「ぷっぷぷ~」
ん?
ソラのちょっと興奮した声に視線を向けると、ソワソワと森の奥を見ている。
これは注意をしておかないと、危ないかも。
「ソラ、今日は駄目だよ」
「ぷっ?」
私の言葉に不思議そうな声を出すソラ。
「この近くの川はとても大きいんだって。水の流れも速いだろうから、いつもみたいに遊べないの」
地図に描かれている川が正しい大きさなら、大変な事になってしまう。
「そうだぞ、ソラ。いつもみたいに遊んだら、きっと流されてしまう。シエルでも助け出せないだろうから、諦めような」
お父さんの言葉に、ソラがシエルを見る。
「こらっ、シエルに確認しないの」
「ぷ~」
不服そうに鳴くソラ。
でも今回ばかりは、諦めてもらおう。
「ソラは水が好きなのか?」
フィーシェさんの言葉に首を傾げる。
水なのかな?
いや、湖の時は川ほど興奮してなかったような気がする。
川と湖の違いは……。
「流れる水が、好きなんじゃないか?」
あっ、なるほど。
「ぷっぷぷ~」
お父さんの言葉に賛同するソラ。
確かに、川の流れに転がって楽しそうだったな。
「流れに身を任せるのも楽しいよな」
「ぷっぷぷ~」
フィーシェさんは、楽しそうに笑うとソラを抱き上げる。
「でも、この近くの川は危険だぞ。水の量がすごいんだ。身を任せて流れると、あっという間に知らない場所に流されて、アイビーと会えなくなるかもしれないぞ」
「……ぷっ」
あれ?
ソラの様子が……。
「あっ、流されても大丈夫な川を探そうな」
「ぷっぷぷ~」
ソラが嬉しそうに、フィーシェさんの腕の中で揺れる。
「その約束はどうなんだ?」
お父さんの言葉に、フィーシェさんが肩を竦める。
「いや、思ったよりソラが落ち込んでしまったから」
確かに、私に会えなくなると聞いた時のソラには、ちょっと驚いた。
何だろう「ガーン」みたいな?
「まぁ、確かに驚く反応だったよな」
お父さんが、フィーシェさんの腕の中にいるソラを撫でる。
「喜怒哀楽が他のスライムとは段違いだが、それでも今の変化はすごかったな」
フィーシェさんの言葉に、お父さんが苦笑する。
「確かにすごい意思表示をするよな」
「最初に見た時は、本当に驚いたんだ。スライムとは別の魔物かと思ったぐらいだ」
フィーシェさんの言葉に、首を傾げる。
「スライムに似た魔物がいるんですか?」
私の言葉にフィーシェさんが首を横に振る。
「いや、いないよ。だから新種が現れたのかと思ったんだ」
あっ、新種。
サーペントさんに乗っても新種と噂されたな。
「そうだ。今回のサーペントさんの移動も噂になるのかな?」
私の言葉に、フィーシェさんが視線を逸らす。
なに、今の反応。
「たぶんサーペントについての噂は流れるだろうな。ただ、移動とは別の噂だと思う」
移動とは別の噂?
……別?
何も思い当たる事が無いんだけど。
「気にしなくていいよ。噂なんて」
お父さんに、ポンと頭を撫でられる。
そう言うなら、気にする必要はないのかな。
聞かせたくない話なのかもしれないし。
「分かった」
「ドルイドの勘が恐ろしい」
ん?
今、フィーシェさんは何を言ったんだろう?
のかん?
「何か言いました?」
私の言葉に首を横に振るフィーシェさん。
「にゃうん」
シエルの声に視線を向けると、歩いてきた方を振り返っている。
何か気になる事でもあるのかな?
「どうしたの?」
立ち止まりシエルの頭を撫でながら、森の奥の気配を探る。
「魔物?」
「そうみたいだな。こっちに来ているようだ」
フィーシェさんが剣を鞘から抜いて、構える。
お父さんを見ると、既に森の奥に向かって構えていた。
「アイビー、木の後ろに隠れてろ」
「うん」
ソラたちに声を掛けて、近くの大木に隠れる。
でも、なんだか魔物から感じる気配がおかしい。
なんていうか……怯えてる?
「様子がおかしいな。怯えてるのか? 森の奥で何か……この気配って、サーペントか?」
フィーシェさんの言葉に、気配を探る範囲を広める。
魔物のもっと遠くに、確かにサーペントさんたちの気配を感じた。
「サーペントさんたちみたいです」
ジナルさんかな?
「来るぞ」
お父さんの言葉に視線を向けると、魔物がすごい勢いでお父さんたちに向かってきていた。
が、脇目も振らずに横を通り過ぎていく。
「サーペントの気配に混乱しているみたいだな」
フィーシェさんが剣を鞘に仕舞う。
「この混乱なら、襲ってくることは無いな。走っているのを邪魔しなければ、怪我もしないだろう。それにしても、すごい混乱だな」
お父さんも剣を仕舞い、魔物が走ってくる方を見る。
確かに、サーペントさんたちだけでこんなに混乱するかな?