番外編 ジナルさんは傍観者2
‐ジナル視点‐
ジャスが、気を失った教会関係者の2人を縄で縛る。
「あっ、ジャス」
「なんだ?」
「悪いんだが、縄を一度解いてくれ。体を確認したい」
俺の言葉に首を傾げるジャス。
そういえば、ジャスは裏の仕事からも手を引いていた。
「少し前に、魔法陣を体に刻んだ司教たちがいたんだ。そいつらにも何かあるかもしれない」
俺の言葉に目を見開くジャス。
「魔法陣を体に? あり得るのか?」
実際に、自分の目で確かめないと本当だとは思えないだろうな。
あんな恐ろしい物を自分の体に刻み込もうだなんて。
ガルトスは情報を聞いていたようで驚くことは無かったが、不審気な表情で俺を見る。
「あぁ、本当だ」
ジャスが縄を解いて、2人の服をめくる。
ズボンをめくって足も確かめるが、魔法陣は無かった。
「無いな」
「あぁ、良かったよ」
ガルトスの言葉に頷いて、服を元に戻す。
「ジャス、頼む」
「なぁ、ジナル。ルルの遺品は見つかったのか?」
ジャスが、縄で2人を縛り直しながら訊いてくる。
「何も残っていなかったよ。私物も全て処分されていたし、遺体が残された場所にも。残っていたのは岩穴に残された物だけだ」
「そうか」
ギルマスが殺されたのは洞窟ではなく、森の奥だった。
しかも遺体は、その場に捨てられた。
骨は無理でも身に着けていた物が残っていないかと探したが、遺体があった痕跡さえなかった。
森に捨てられた遺体は、魔物が荒らしてしまう。
それを知っているから、補佐はギルマスの遺体を森に捨てたのだろう。
「そういえば、ギルマスを森に誘導した奴はどうしたんだ? 捕まった中にいないような気がするんだが」
ガルトスの言葉にジャスが首を横に振る。
そういえば、ガルトスの到着が思ったより遅かったから、まだ全容を話してなかったな。
「彼は、ルルを邪魔に思う奴らに妹を人質に取られていたんだ」
「そうだったのか? 保護は?」
ガルトスの言葉に、ジャスの手がギュッと握られるのが目に入った。
「妹は自分のせいで兄がルルを裏切ったと知って、亡くなったよ。元々、体が弱かったらしい。兄の方もルルにしてしまった事と妹の死に耐えきれずに自殺した。彼らの叔父が2人の残した手紙を読んで、俺にその手紙を託してくれたんだ」
その叔父という人物は、昔ジャスがある貴族から助けた人物だったらしい。
だから、2人の残した手紙を託してくれた。
もし違う人物に手紙が渡っていたらと思うと恐ろしいな。
「そうか。あぁ、だから『全員を生きたまま捕まえろ』に、命令が変わったのか」
ガルトスが納得したように頷く。
今回裏からの最初の指示は「真相解明と犯罪者の確保、生死は任せる」だった。だが真相が判明したら「絶対に誰1人殺さず、目の前に連れて来い」に変わった。
殺すなは、けっして優しさじゃない。
俺たちを動かしているあの人が、犯罪者に優しい訳がない。
生きたまま捕まえろの意味は「簡単に死んだら苦しみは一瞬だろ? そんなに簡単に解放するかよ」だ。
恐ろしいよな。
まぁ、俺もそれに賛成だけど。
「あの方からの指示じゃなかったら、俺がこの手で殺してる」
ジャスは悔しそうに森を睨む。
ギルマスとジャスは、何度も一緒に仕事をした仲間だったらしい。
今回オカンケ村に来たのも、ギルマスが死んだという連絡を受けて不審に思ったからだそうだ。
「ジャスが来てくれて良かったよ」
彼らの叔父は手紙をどうするか、かなり迷ったそうだ。
もし手紙を託した人物が補佐側だったら、自分たちの家族が死ぬ可能性もある。
村から家族を連れて出たら、それこそ殺されると思ったらしい。
最悪、見なかった事にしようかと悩んでいたそうだ。
そんな時に、ジャスに再会して彼に託すと決めた。
かなり勇気のいる事だっただろうな。
過去に助けられたとはいえ、ジャスがどんな人物なのか分からないのに。
それでもオカンケ村と関係ない人物というだけで、信用できると思ったそうだ。
「あれ? 誰かがこっちに来るな」
村に逃げ込もうとしているんだろうな。
無理だと思うぞ。
村に入ることが出来る、唯一の門を見る。
「門番に『今日は奥に引っ込んでいろ』と言ったが、正解だったな」
俺の言葉にジャスが苦笑する。
「そうだな。それを聞いた時は意味が分からなかったが、あれを見たらその判断は正しかったな」
俺たちの視線の先には、門の前に鎮座しているサーペント。
こちらに向かってくる気配に気付いたのか、体を持ち上げ口から舌を出した。
目は鋭く、森へ向いている。
「襲ってこないと分かっていても、怖いよな」
ガルトスの言葉にジャスが無言で頷く。
「可愛いんだそうだ」
2人の様子に笑いそうになりながら、アイビーの言葉を思い出す。
「つぶらな瞳で大きな口から、細い舌が出てくるんだよ。可愛いでしょ?」だったかな。
正直、さっぱりわからない。
どう見ても目は獰猛な印象を受けるし、口から見える細く赤い舌は恐怖を煽った。
「「はっ?」」
俺の言葉に、あり得ないという表情をする2人。
それに声をあげて笑ってしまう。
サーペントにちらりと見られるが、アイビーと一緒にいたせいかその事に恐怖は感じない。
最初の頃は、背中に冷や汗をかいていたのに。
あれ?
アイビーに感化されてる?
「ちょっ、こっちを見てるぞ」
ジャスの言葉に、笑いを納めてサーペントに手を振る。
それに応える様に、サーペントの体が左右に小さく揺れる。
「ジナル。お前凄いな」
ん?
ガルトスを見ると、俺とサーペントを交互に見ている。
「何がだ?」
「なんで、あのサーペントにそんな態度がとれるんだよ」
何でって……アイビーがそういう対応をしていたからだな。
サーペントと視線が合うと、嬉しそうに手を振っていた。
それに、サーペントの鼻の辺りを撫でたり軽く叩いたり、体に抱き付いたり、乗って遊んだり。
そういえば、サーペントの歯が気になると口の中に頭を突っ込んでいた事もあったな。
だから特に違和感は……。
恐怖を煽る舌?
可愛いとは全く感じないが、今は怖くないな。
「ふっ」
アイビーと一緒にいて、俺は少し変わったみたいだな。
「なんだ?」
「さぁ?」
ガルトスとジャスが俺を見て、少し不気味そうな表情を見せる。
失礼な奴らだ。
ガサガサッ。
近くで木々が大きく揺れると1人の男性が飛び出してくる。
気配で人が来る事は分かったが、どうやら補佐の右腕だった男のようだ。
「なっ、こん」
俺たちを見て、恐怖に顔を歪める男。
ガサガサッ。
「あっ、助けてくれ!」
背後から木々の揺れる音がすると、男が俺たちへ走って来るが途中でこけた。
「助ける? 勝手に逃げたお前たちを?」
ジャスの言葉に、後ろを気にしながら首を横に振る男。
名前は何だったかな。
たしか、ボルだったかな?
いや、ボナン? ホル?
「あいつらに襲われているんだ!」
木々の揺れがゆっくりと近付いて来る。
凄いな、さっきまで勢いよく木々が揺れていたのに、今はゆっくりだ。
確かに、その方が恐怖を煽るよな。
「あいつらって?」
俺が首を傾げると、ぎろりと睨んでくる。
「見たら分かるだろうが! 早く助けろよ!」
逆ギレは、よくないよ。
「逃げた方が悪いんだろう? 自分たちが悪いのに、俺たちのせいにされてもな」
ジャスが大きくため息を吐きながら、首を横に振る。
ガサッ、ガサッ。
「ひっ、なんでもいい! 早く村の中に! 食われる!」
「いや、食べないと思うぞ」
食うんだったら既に食われてるって。
捕まっても、なぜか拘束が緩んで逃げられるだろう?
冷静になれば、おかしな事に気付くだろうけど。
まぁ、サーペントに追いかけ回されてたら冷静になれないか。
ガサッ。
すっと顔を出すサーペント。
「うわ~」
男は叫び声をあげると、ガタガタ震える体を動かして何とか逃げようと地面に這いつくばる。
「見苦しいな」
ジャスの言葉に、木々の間から顔を出したサーペントが頷く。
その反応に、ジャスとガルトスが驚いた表情で俺を見る。
「いや、俺を見られてもな。見たまんま、ちゃんと意思の疎通は出来るから」
サーペントが静かに、地面に這いつくばっている男の上に顔を移動させると、その背に向かって下げた。
「ぎゃ~っ」
「ぷっ、くくくっ」
男のあまりに情けない叫び声に笑ってしまう。
「ククククッ」
ん?
不思議な音に周りを見ると、サーペントの方から聞こえる。
見ると目を細めて鼻先で震える男を突いている。
「楽しんでるな」
「そうだな」
ジャスの言葉に、苦笑する。
今回の作戦は、サーペントたちも楽しめたようだ。
「そろそろ時間だな」
奴らが逃げ出して、30分ぐらいだろう。
彼らをもう一度捕まえて、贈り物をあげないとな。
マジックバッグから、大量の奴隷の輪を取り出す。
通常は、判決が出るまで奴隷の輪の使用は禁止されている。
だが、例外がある。
例えば逃亡をしたとか。
「残念だよ。逃亡をしちゃったから、これを着けないとな」
これは逃亡者用の特殊な奴隷の輪だから、自害が出来なくなる。
しかも、逃げる事も話すことも出来ないから、静かに移送が出来る優れもの。
完璧だな。
近付いてきた、2匹のサーペントたちの鼻先を撫でる。
つるつるして、触り心地がいいんだよな。
でもアイビー、鼻の穴が可愛いとはやっぱり思えないんだよな。