547話 寝る子は育つ?
「お世話になりました」
宿「あすろ」の店主に軽く頭を下げる。
「いや、世話になったのはこっちだから。うまかったよ。ありがとう」
昨日作った夕飯をかなり気に入ってくれたようで、今日は朝から店主さんに丼の作り方を教えていた。
でもまさか、20人前を店主さんと宿に泊まっていた仲間の人たち9人で完食されるとは思わなかった。
「帰って来てない奴は、運が悪かったな~」と、残す気が全くない会話を聞いて、とりあえず追加で20人前を作ったけど、昨日食べられなかった人は食べられただろうか?
「気に入ってもらえて、私も嬉しいので」
店主さんが、私の頭を優しく撫でる。
「この村じゃ、落ち着けなかっただろう。今度来た時は、ましな村になってるから。遊びに来てくれ」
ジナルさんの話では、全員を捕まえるだけの証拠は確保できたらしい。
そして、明後日に来る、ジナルさんの仲間に捕まえてもらうと聞いた。
「はい。また来ます」
今度はゆっくり話が出来るかな?
「今度は孫たちを紹介するよ」
お孫さん?
すごい冒険者になった人たちの事だよね。
興味があったから、それはちょっと楽しみかも。
「アイビーに、余計な事を言わないように言っておいてくれよ」
ジナルさんが、店主さんの肩をポンと叩く。
「余計な事なんて言わないだろう。必要な事だけだ」
店主さんの言葉に、ジナルさんがため息を吐く。
「男を上手に手の平で転がす方法の、どこが必要な事なんだ?」
「なんだそれは?」
不思議そうにジナルさんを見る店主さん。
「アマキスが女性冒険者に、必要な事だと力説してたぞ」
「あいつは、まだやってるのか……」
ジナルさんの言葉に、店主さんが大きなため息を吐く。
「昔からなのか?」
「あぁ、馬鹿な男に騙されないようにという事らしい」
「なるほど。だが、あの2人が友人だと分かれば、それだけで女性たちは守られるだろう。なんせ、2人の恐ろしさは有名だからな」
恐ろしさ?
「『やられたら、泣いて縋るまでやり返す』『やられると分かったら、徹底的に潰す』『卑怯な奴は、地獄に落とす』が信条だからな。実際に実行してきたし」
何というか。
敵に回したら、すごく厄介な存在になりそうな人たちだね。
「アイビー。店主の孫のタキュリスとアマキスが、冒険者ギルドのギルマスと自警団の団長になる予定だから」
「えっ! そうなんですか?」
ジナルさんの言葉に驚いて店主さんを見ると、ちょっと恥ずかしそうに笑っていた。
「よかったですね」
すごい人達みたいだし、これでこの村も安泰だ。
「どうしたんだ?」
出発前に荷物の確認をしていたお父さんが、首を傾げながら私の隣に立つ。
「店主さんのお孫さんたちが、冒険者ギルドのギルマスと自警団の団長になるんだって」
私の言葉に少し驚いた表情をしたお父さんだが、すぐに納得したように頷いた。
もしかしたら、お父さんはお孫さんたちを知っているのかな?
「この事を知ったら、冒険者ギルドの職員は半数ぐらいが震えあがるんだろうな」
ん?
お父さんの言葉に首を傾げる。
震えあがる?
「自警団員たちもだろうな。今回、ぎりぎり罪に問われなかった奴らからしたら、次はもっとうまくやろうと考えていたはずだ」
ジナルさんの言葉に、ため息が出る。
諦めたらいいのに。
「だが、次に団長になるのはタキュリスかアマキスだ。どちらが上に来ても、恐ろしいだろうな」
ジナルさんが楽しそうな表情を見せる。
そんなに恐れられているんだ。
でも、大丈夫なのかな?
自分たち側に引きずり込もうと、色々してきそう。
「アイビー。タキュリスとアマキスは買収される事は絶対に無いし、何か仕掛けられてもそれを上手く利用できる者たちだから大丈夫だ」
お父さんの言葉に、ジナルさんと店主さんが頷く。
それほど信頼がある人たちなんだ。
「会えるのが楽しみです」
私の言葉に、店主さんが嬉しそうに「伝えておく」と言ってくれた。
「そろそろ、行こうか」
お父さんの言葉に、荷物を抱えて店主さんに手を振る。
門まで行くと、フィーシェさんが待ってくれていた。
「用事は終わりましたか?」
私の言葉に、にやりと人の悪い笑みを見せるフィーシェさん。
何をしてきたのかは、訊かないほうがよさそう。
「ドルイド、アイビー。3日後には合流できるから」
ジナルさんの言葉に、お父さんが「分かった」と言うと門から森へ出る。
「気を付けてくださいね。待ってます」
朝、ジナルさんが一緒に出発出来ない事を聞いた。
予定外の物が見つかったために、仲間に直接会う必要が出来たらしい。
「あぁ。やばい事はしないから大丈夫だ」
手を振って門から出る。
そのすぐ後にフィーシェさんが来た。
「合流するまで、のんびり行くか」
お父さんの言葉に頷くと、次のオカンイ村に出発する。
「次の村ではゆっくりしたいな~」
フィーシェさんの言葉に、苦笑する。
「フィーシェさんは、さっきまで忙しかったですもんね」
「最後の最後まで、走り回ったよ。本当はオカンケ村でゆっくりするはずが……」
フィーシェさんが後ろを見るのにつられて、後ろを振り返る。
ゆっくり歩いているが、既にオカンケ村の門は見えなかった。
「そろそろ出しても、大丈夫ですよね?」
周りの気配を探りながら、ソラたちが入っているバッグの蓋を開ける。
「大丈夫だろう。周辺には誰もいないみたいだし」
蓋を開けると、シエルを先頭に次々と飛び出してくる。
「今日から次の村に行くからね。よろしくね」
「にゃうん」
「ぷっぷぷ~」
「ぺふっ」
「てっりゅりゅ~」
「ぎゃっ」
トロンの声に、お父さんが肩から提げているカゴを見る。
今日は朝から起きているようだ。
「珍しいな、最近はこの時間寝ているのに」
お父さんの言葉に、トロンが葉っぱをプルプルと動かし欠伸をした。
起きたが、眠いようだ。
フレムもよく寝たけど、トロンもよく寝るよね。
「寝る子は育つ」
何となく、頭に浮かんだ言葉を口にする。
どういう意味だろう。
寝る子?
……寝たら大きくなれるって事かな?
「アイビーも、その言葉を知ってるんだ」
フィーシェさんの言葉に首を傾げる。
私も?
「誰が、『寝る子は育つ』と言ったんですか?」
「ん? 俺の本当に仕えている人だな」
それは、裏のお仕事の一番上の人の事かな?
「寝る子は育つ」は、たぶん前世の私が知っている言い回しだと思う。
それを知っているという事は、フィーシェさんの仕えている人は私と同じという事?
「亡くなった祖母から聞いたと言っていたよ。他にも『逃げると勝てる』とか」
あれ?
なんでだろう。
何も感じない。
前世の私には、馴染みのない言葉だったのかな?
「あと『短気は損だ』だったかな」
短気は損だ?
こっちは馴染みがあるみたいだけど、惜しいと感じているから少し間違っているのかも。
えっと……短気は損気。
こっちの方がしっくりくるような……。
「どういう意味だ?」
「えっ? 確か『短気を起こすと、損をする』だったかな」
お父さんがフィーシェさんの返答に頷く。
「確かにそうだな」
お祖母さんは、私と同じ存在なのかもしれない。
既に亡くなっているのが、残念だな。
お祖母さんも私のように、何かに導かれたんだろうか?
「アイビー、どうした?」
ぼーっとしていたのか、お父さんに声を掛けられてビクリとしてしまう。
「大丈夫」
心配そうに見てくるお父さんに、苦笑が漏れる。
本当に心配性なんだから。
「ちょっと、気になる言い方だったから」
「気になるというか、面白い言い方だよな」
私の言葉に、フィーシェさんが楽しそうに笑う。
「俺が一番気に入っているのは『目には目を、歯には歯を。殴られたら蹴飛ばせ』だけどな」
んっ?
さっきからちょっとずつ違う気が……。
「いいな、それ」
あっ、お父さんが気に入ってしまった。




