546話 作りまくる!
目の前に積み上げられている大量の食材に、ワクワクしてしまう。
いつもより作る量が多いから、頑張らないと!
「まずは~……ん?」
調理場を見回すと、ソラたちが楽しそうに鍋に入っているのが見えた。
いや、それは駄目だ。
「ソラ、それは料理を作るのに必要だから、駄目だよ」
「ぷっぷぷ~」
「てりゅ」
ソラとフレムが楽しそうに、鍋から隣のフライパンに移動する。
いや、駄目だって。
その様子を見ていたお父さんが、フライパンに蓋をする。
「えっ」
すぐに蓋を開けたが、ソラたちは不服そうだ。
「ぷ~」
「てりゅ~」
「あはははっ。邪魔をするからだろう?」
抗議の声をあげるソラとフレムに、つい笑ってしまう。
ソラたちは、いつもは入ることが出来ない調理場に来れて、ちょっと興奮しているようだ。
「それにしても休業になるなんてな」
お父さんの言葉に、ジナルさんから聞いた言葉を思い出す。
「今日から数日、宿は休業。誰もいなくなるから、ソラたちを調理場で遊ばせても大丈夫だぞ」と。
さすがに、お父さんも驚いていたっけ。
なんでも、これから数日かけて証拠固めと被害者たちの保護に集中するらしい。
「それにしても、本当に人がいないな」
今、宿には誰もいない。
この宿は被害に遭った人を保護する場所だが、今回はその人数が多いためこの宿は使わないらしい。
そのため、宿の店主から自由に使っていいと言われた。
「宿に人がいないと、ちょっと不思議な感覚になるね」
「そうだな」
下ごしらえの前に野菜を洗っているけど、本当に多いな。
「大丈夫か?」
お父さんが、鍋に水を入れながら少し不安そうに私を見る。
「大丈夫だよ。簡単に作れる物しか作らないから」
今、作っているのは店主さんたちの食事だ。
いつもなら、店主さんが料理を作るらしいが、今回はその時間が取れない。
なので、代金を払うから料理を作って欲しいとお願いされた。
「そうか」
「何人分、必要なんだっけ?」
「店主の下で動いているのは、10人だと言っていたから11人分でいいだろう。あっ、作業の合間に簡単に食べられる物があったら嬉しいそうだ」
作業の合間……おにぎりがいいかな?
お父さんの説明に、鍋に入れる米の量を増やす。
旅に持っていくのもあるし、あと3回か4回は炊かないと駄目だね。
「おにぎりと、丼物で考えてるんだけど、大丈夫かな?」
「大丈夫だろう。店主は、こめでも良いと言ってたし」
確かに店主さんは、「食べた事があるし問題ない」と言っていた。
ただ、その隣にいた冒険者の格好をした人が、驚いた顔をしていた。
あれは絶対に、食べた事が無いよね。
「この大量の水はどうするんだ?」
「野バトの出汁を取るから、ここにある野バトの骨を入れて火をつけて」
朝から煮込めば、夜にはいい出汁が取れるはず。
それを使って、疲れた体を温めるスープを作ろう。
「店主のあの表情は、面白かったな」
お父さんの言葉に、早朝に見せた店主さんの表情を思い出す。
野バトのスープは、薬屋で売っている体力回復スープが有名だ。
体力は回復するが、味がすごいと。
それを作ると思ったらしく、野バトのスープを作ると言った時の表情は……ぷっ。
「あそこまで拒否しなくてもいいのにね」
「いや、本当にすごい味だからな。一度……いや、やめておけ」
お父さんは、味を思い出したのか嫌そうな表情をした。
野バトのスープの味を思い出すと、皆が同じ表情になる。
それがちょっと面白い。
「さて、野菜をどんどん切っていこう」
包丁を持つと、大量に積みあがっている野菜に手を伸ばした。
「出来た~」
大量に作った料理を、旅で持っていく食事と店主さんたちの食事に分ける。
野バトのスープは野菜とお肉がごろごろ入っていて美味しそう。
おにぎりも、炊いた米に味をつけたから初めてでも食べやすいはず。
「そろそろ、帰ってくる時間か?」
お父さんが窓から外を見る。
「ソラたちは、何処だろう? あっ、皆は遊び疲れて寝ちゃってる」
調理場の出入り口に、宿中を駆け回っていた4匹が団子状態になって寝ていた。
スライムに変化したシエルまで、楽しそうだったな。
「トロンは静かだな」
トロンを見ると、興味深そうにテーブルに並べられている料理を眺めている。
悪戯をする事もないので心配はないが、何をしているんだろう?
「トロン、どうしたの?」
「ぎゃ」
……まだまだ、意思の疎通は難しい。
「お腹が空いているの?」
「ぎゃ?」
違うのか。
料理を見ていたから、お腹が空いているのかと思った。
「さてと、部屋に戻るか」
「うん」
寝ているソラたちをバッグに入れて、料理の入っているマジックバッグも持つ。
ジナルさんたちの希望の料理も作ったりしたので、色々作る事になったけど楽しかった。
「疲れてないか? トロン、カゴに入ってくれ」
「ぎゃ」
トロンがカゴに入ると、お父さんが調理場を見回している。
火の始末だけは、しっかりとお願いされているからね。
「大丈夫だな」
「うん。疲れてはないよ。楽しかった」
「そうか。それならよかった」
調理場を出て部屋に戻ると、ソラたちをバッグから出してポーションを並べる。
「ぷ~!」
「てりゅ~」
「ぺふっ」
相変わらず、食欲旺盛だ。
まぁ、調理場から出て宿中を飛び跳ね回っていたから、お腹もすくよね。
「あっ、反応した」
お父さんが、店主さんから預かっていたマジックアイテムを見る。
そのマジックアイテムは、店主さんが持っているマジックアイテムと対になっている物で、近付くと色が白から緑にどんどん変わっていく。
「帰って来たね」
「みたいだな。夕飯にするか」
「うん」
部屋を出ると鍵を閉めて、1階に降りると宿の扉の鍵を開ける。
「お疲れ様です」
お父さんの言葉に、店主さんが笑みを見せる。
「ありがとう。いい匂いだな」
「本当だ。アイビー、悪いな。疲れてないか?」
店主さんの後ろからジナルさんたちが、宿に入ってくる。
「大丈夫ですよ。沢山作れたので楽しかったです」
私の言葉に、店主さんが頭を撫でてくる。
「俺の孫もこれぐらい可愛かったら」
店主さんの言葉に首を傾げる。
お孫さん?
「無理でしょ。2人とも小さい頃から店主の真似をして剣を振り回していたんだから。今じゃ、周りも恐れる冒険者だ」
周りも恐れる?
それはかなり強い冒険者になったという事だよね。
それも2人も、凄いな。
ジナルさんの言葉に、店主さんがため息を吐く。
「タキュリスは、自分より強い男じゃないと結婚しないと言っているんだ」
「それは……上位冒険者でも数人しかいないんじゃないか?」
そんなに強いの?
「そうなんだよ。もう1人のアマキスは、駆け出しの冒険者を言いくるめて結婚するし」
言いくるめて?
「あ~、彼女か。『私は守ってあげたくなる人が好きだ』と公言してたな……結婚したのか?」
ジナルさんが、驚いた表情で店主さんを見る。
「あぁ、した。2つ下の、まだ冒険者になって1年の少年が、孫の毒牙に」
毒牙って……どんなお孫さんたちなんだろう。
すごく気になる。
ジナルさんが、苦笑して店主さんの肩をポンと叩いた。
フィーシェさんは、店主さんたちの話に隠れて笑っている。
「夕飯は出来ているぞ」
お父さんの言葉に、店主さんの表情がぱっと明るくなる。
「朝から何も食ってないから、楽しみだ」
そう言うと、いそいそと調理場に向かう店主さん。
「あれだけ動いたのに、元気だよな」
ジナルさんが、調理場に向かった店主さんの後ろ姿にため息を吐く。
「俺は疲れたよ」
フィーシェさんの言葉にジナルさんも頷く。
「あの、他の人たちはどうしたんですか?」
店主さんとジナルさんとフィーシェさんの姿しかない事に、首を傾げる。
他の人たちは、帰って来ないのだろうか?
「用事が終わり次第、帰ってくるだろう。彼らの対応は、店主に任せておけばいいから」
フィーシェさんの言葉に頷く。
店主さんが対応した方が、慣れているだろうからいいよね。
「分かりました。2人は、すぐ食べられそうですか?」
「食べる。店主じゃないが、朝しか食っていないんだ。さすがに腹が減った」
私の言葉に、ジナルさんがお腹を押さえる。
「野バトのスープと、肉沢山の丼物です。持っていくから、食堂で待っててください」
「自分で出来るから、気にしなくていいぞ。予定より多く作ったから疲れただろう?」
ジナルさんの言葉に、首を横に振る。
「大丈夫です。あとは盛るだけなので」
 




