545話 どっちだろう?
「落ち着いたか?」
お父さんから、水で濡らした布を渡される。
「うん」
泣いちゃった。
「はい、どうぞ」
フィーシェさんからは、水の入ったコップが。
「ありがとう」
久しぶりに泣いたからかな、目がすごく重い。
布を目にあてて、水を飲む。
かなり喉が渇いていたのか、一気に飲み干してしまった。
ん~、自分でもちょっと予想外だな。
お父さんだけじゃなく、ジナルさんたちもいるのに本気泣きするなんて。
自分で思っている以上に、ジナルさんたちに気を許しているみたい。
何だか不思議な感じがする。
「何かあったか?」
フィーシェさんの声に、目にあてていた布を取る。
ジナルさんが、この場所を調べて戻ってきたようだ。
ギルマスさんがここに来たのなら、何かを残している可能性があると言っていた。
「マジックバッグを見つけた」
ジナルさんたちが、見つけたマジックバッグの中を確認していく。
ポーションに、服が数枚。
あと、魔石に干し肉が出てくる。
「あっ。これは……」
ジナルさんが取り出した物を見る。
紙の束のようだ。
「オカンケ村の問題を調べられるだけ調べたようだな。横領と……違法な契約についても書いてあるな。あとは、違法な薬にも手を出しているみたいだ。それ以外は、脅しに恐喝に……はぁ」
ジナルさんが大きなため息を吐く。
まぁ、ジナルさんだけでは無く、一緒に確認していたフィーシェさんも呆れた表情をしている。
「ここまで腐っているとは、さすがだな」
お父さんの言葉に、全員で頷く。
ギルマスさんは、最悪な環境で頑張っていたんだな。
「ん? これって……」
フィーシェさんが調べていた書類を見て、眉間に深い皺を刻む。
何か重要な事でも書いてあったのだろうか?
無言で書類をジナルさんに渡すと、マジックバッグを再度調べだした。
ジナルさんも険しい表情で、受け取った書類に目を通している。
「さて、ここにずっといても仕方ない。村に……戻るのか?」
お父さんを見ると肩を竦めた。
きっとこれ以上は関わらないという事だろう。
ジナルさんたちを見ると、書類をマジックバッグに仕舞っている。
「村に戻るしかないよね」
旅に出るとしても、準備が必要だ。
まぁ、今回もいつでも出発出来るようにしてあるけど。
「明日には村を出るか?」
ジナルさんの言葉に、少し考える。
旅の途中で食べる料理を作りたい。
でも、明日出発となると、作れる時間はあと半日。
材料を用意して、作って……かなり限られた物しか作れないな。
「明後日にしよう。明日は、調理場を借りて料理を作りたい」
さすが、お父さん。
分かっている。
「分かった。帰ったら、調理場を借りられるように話をつけておく。旅に必要な買い出しは、紙に書いておいてくれ。あっ、料理に必要な材料も。今日中に買い出しに行っておくよ」
ジナルさんの言葉に、首を傾げる。
村の中を歩き回らないほうがいいのかな?
調味料とか自分の目で見たいけど……。
面倒ごとを仕掛けてくる人たちがいるから、やめた方がいいか。
うん、まっすぐ宿に戻ろう。
「アイビー、何か見たい物でもあったのか?」
フィーシェさんの言葉に首を横に振る。
別に絶対に見たいわけではない。
「そうか。なら戻って……誰か来るな」
ジナルさんの言葉に首を傾げる。
気配を探るが、捉えられない。
……あっ、いた。
かなり気配が薄いから、気付けなかった。
「上位冒険者だな」
フィーシェさんの言葉に、お父さんが剣を握ったのが分かった。
上位冒険者が敵だったら、厄介だ。
「ここだと、もしもの時に逃げ出せないし。……逃げる必要はないな。サーペントがいたんだった」
全員の視線が、出入口を見ているサーペントさんに向く。
そう言えば、静かだから気にしてなかったけど、ずっと一緒にいたね。
「敵じゃない可能性も考えて、最初に俺たちが接触してみるから。ここにいてくれ」
ジナルさんが、フィーシェさんと外へ向かう。
「気を付けてくださいね」
私の言葉に、2人が嬉しそうに笑うと行ってしまった。
「大丈夫かな?」
「殺気が感じられないから、すぐに襲ってくることは無いだろう」
お父さんの言葉に頷くと、外が見える場所まで移動する。
サーペントさんも気になるのか、外を窺っている。
「見えるか?」
出入口から外を見るが、残念ながらジナルさんたちの姿は確認できない。
でも、魔力の揺れや殺気は感じないので、戦ってはいないようだ。
「面倒な村に、来てしまったな」
お父さんの言葉に、つい笑ってしまう。
「どうした?」
「どこに行っても、問題にぶつかるなって思って」
普通に旅をして、これだけの問題にぶつかる事は無い。
もう、認めるしかないよね。
「何かに導かれてるよね」
「……そうなんだろうな」
お父さんが諦めた表情でため息を吐く。
「王都に向かわず、戻るか?」
お父さんの言葉に少し考える。
確かに、そういう選択もあるのだろう。
占い師も、絶対に王都の隣の町に行けとは言っていない。
「今思えば、占い師の言い方も不思議だよね。どこと言わず、行かなくてもいいとも言っていたし」
王都の隣の町とは聞いたが、隣の町は1つではなかった。
行って欲しいとは言ったけど、目的は聞いていない。
しかも、行かなくてもいいとも言っていた。
「……なんで、今まで疑問に思わなかったんだろう?」
「占い師の言葉か?」
お父さんの言葉に頷く。
あやふやなお願いだよね。
「行って欲しいんだよね?」
場所も目的もはっきりと言わずに、行って欲しい?
あれ?
行って欲しくないのかな?
……あれ?
本当にどっちなんだろう?
「アイビー?」
「なんでもない。気になるから、王都の隣町には行きたいかな」
王都には行く必要が無いから、行かないけど。
「そうか。だが、命が危険だと思ったら、引き返すからな」
お父さんの言葉に頷く。
それは、もちろん。
「戻って来たな。……フィーシェだけか?」
「そうみたい」
岩穴から出ると、すぐにフィーシェさんの姿が確認できた。
声を掛けようとするが、彼の苛立ったような表情に上げようとした手が止まる。
「何か、あったみたいだな」
「うん」
訊きたいけど、大丈夫かな?
「訊いても大丈夫か?」
お父さんの言葉に、少し考えるフィーシェさん。
「簡単にだが」
「それで構わない」
「さっきの気配は、俺たちと面識のある上位冒険者だった。信用の出来る奴だから、何があったのか簡単に説明をしたら、奴からも話を聞くことが出来た。アイビーが言ったように、ルーツイをここに閉じ込めたのは守るためだった。そしてギルマスがルーツイの傍を離れたのは、村の者を使った補佐に騙されたからだ。気付いていた可能性が高いが」
「そうか。わかった」
フィーシェさんの言葉に、ゆっくり頷くお父さん。
「ジナルは、上位冒険者の奴と一緒に村に戻った。これからの事に、準備が必要になったから」
これからの事?
何かするつもりなのかな?
「俺たちが村に戻っても、問題ないか?」
「もちろん。それと、予定通り明後日には出発する」
フィーシェさんの言葉に、お父さんが頷く。
ジナルさんが何をするのかは分からないけど、無理だけはしないで欲しいな。
「ジナルさんが怪我をするような事……」
これは言ったら駄目かもしれない。
彼らは信念があって動いているのだから。
「アイビー、大丈夫だよ」
フィーシェさんを見ると、先ほどとは違い落ち着いた表情をしている。
大丈夫と言うなら、それを信じよう。
「はい」




