543話 魔法陣と声
ソルのお陰で魔法陣が完全に消えた。
「あの魔法陣に見覚えは?」
お父さんの言葉に、ジナルさんとフィーシェさんが少し首を傾げる。
「まったく一緒ではないが、似たものを知っているな……」
「あれか」
ジナルさんの言葉にフィーシェさんが、魔法陣があった場所を見る。
何だろう?
少し、何かをする事に迷いがあるみたい。
「なんだ?」
お父さんの言葉に、フィーシェさんが私を見る。
「どうしたんですか?」
ちょっと不安になって、傍にいるサーペントさんの体にそっと触れる。
「もしかしたら、閉じ込めて魔力を奪う魔法陣かもしれない」
ジナルさんの言葉に、息を呑む。
魔力を奪うという事は、殺すという事だ。
なんで? 誰が?
「この岩の向こうに、何かが閉じ込められている可能性があるという事か?」
お父さんの言葉に、ジナルさんたちが迷いながら頷く。
「ただ、似ているが違う部分もあったから」
ジナルさんの言葉に、そうあって欲しいとおもう。
「……岩を壊すか。確かめないと」
「今、話した魔法陣なら壊す必要はない。触れただけで、岩が崩れるはずだ」
お父さんの言葉にジナルさんが首を横に振って、魔法陣が刻まれていた岩に手を触れる。
崩れて欲しくないと思ってしまう。
ガラガラガラッ……カラン。
目の前で崩れる岩とその向こうに広がる空間に、両手をぐっと握りしめる。
ジナルさんたちが、肩を落とすのが分かった。
「外れて欲しかったんだがな。アイビーは、ここで待った方がいいかもしれない」
ジナルさんの言葉に、少し迷ったが首を横に振る。
何が起こっているのか、知りたい。
もしかしたら、まだ生きているかもしれない。
ジナルさんたちの様子から、それがとても低い確率だとは分かっているけれど。
「分かった。ただし、俺たちが最初に確認するから」
フィーシェさんの言葉に頷く。
ジナルさんが先頭に立って、崖の中に入っていく。
空間は広く、サーペントさんでも余裕で入ることが出来た。
マジックアイテムの灯りを頼りに、ゆっくり奥に進む。
「あっ」
ジナルさんの足が止まる。
止める言葉が無いので、そのまま奥を見る。
「……」
空間の奥には、魔法陣の上で横たわる真っ白な魔物がいた。
シャーミに似ているが大きさは2倍ほどあり、腕は2本だった。
かなりやせ細っているため、骨が浮き出ている。
そして、既に息絶えていることが見て取れた。
「カミスか? だが毛色が……」
ジナルさんの戸惑った声が耳に届く。
カミス?
魔物の種類だろうか?
ジナルさんが1歩、魔物に近付くのが見えた。
次の瞬間、魔法陣から微かに光が放たれる。
『とどいて……ねが、を……かなえて』
警戒すると、声が聞こえた。
さっきよりはっきりと聞こえた声。
「声が……」
今度はお父さんたちにも聞こえたようだ。
お父さんが周りを見回す。
「お父さん、この魔物の声だと思う」
なぜか、そう感じた。
魔法陣の中にいる魔物は、既に息をしていないから不思議だけど。
でも、そう感じた。
『だれか……かれ、がい……かなえて』
「『誰か届いて、彼の願いを叶えて』か。この魔物は、ギルマスのテイムしていた魔物カミスかもしれない。前に見た時とは毛色が全く違うんだが……。でも、多分そうだと思う」
ジナルさんの言葉にフィーシェさんも頷く。
「この魔法陣は、先ほどの物とは全く違うな」
お父さんの言葉に、ジナルさんとフィーシェさんの気配が揺らいだ。
そんな事は初めてだったので、驚いて2人を見る。
「これは……この魔法陣は、きっとこの魔物が自分でやったんだ」
「えっ?」
ジナルさんの言葉に、亡くなっている魔物を見る。
その表情は、苦しかったのかかなり歪んでいる。
あまりの表情に、そっと視線を逸らしてしまう。
「自分の命を懸けて、声や願いを届ける魔法陣だ」
命を懸けて……。
ジナルさんとフィーシェさんが、苦しそうな表情を見せる。
この魔法陣と何かあったのかな?
「人質か。ギルマスにとって大切な仲間だったのなら、このカミスはギルマスにとって人質だ」
お父さんの言葉に、ぐっと胸が痛くなる。
シエルやソラが人質に取られたらと考えると、苦しい。
ギルマスさんは、きっとすごく不安だっただろう。
もしかして、会わせると言われて洞窟に行ったのかな?
違うかもしれない。
ただの思い過ごしだと思いたい。
でも……。
「くそっ」
ジナルさんが地面を蹴る。
「この魔法陣を消そう」
「駄目だ!」
お父さんの言葉にジナルさんが叫ぶ。
その大きな声に、びくりと体が震える。
「この魔法陣は、本当に駄目だ。下手に手を出すと、死んでいるのに苦しむんだ」
「「えっ?」」
ジナルさんが、小さく息を吐く。
「悪い、急に大きな声で」
「いえ、大丈夫です」
「この魔法陣はカミスの全てと繋がっているんだ。魔法陣が発動するたびに、体中が痛んだはずだ」
ジナルさんが、横たわっているカミスを哀しげな表情で見つめる。
だからあんなに表情が歪んでいるのか。
「死んでいるのに苦しむとは?」
「……」
お父さんの言葉にジナルさんの視線がカミスから、こちらに向く。
「魔法陣を消そうとすると、死んでいるのに叫びながら暴れるんだ。魔法陣が消えるまでずっと。死んでいるのに苦しむんだ」
ジナルさんの言葉に、お父さんも私も黙り込む。
そんな事があるなんて、思いもしなかった。
「本当に苦しいのかは正直分からない。でも、あの声は忘れられない」
「ジナル、でもこのままというのも……」
フィーシェさんが、ため息を吐く。
「何かあるのか?」
「カミスの全てを食らうと、魔法陣は消える。でも、そうなるまでにかなり時間が掛かるんだ。その間、声はずっと周りに影響を与え続ける。魔物の中には、声の影響を受けて暴れまわることもあるんだ。それに、きっとまだ苦しんでいるはずだ……」
声か。
今も、一定間隔で声がこの空間に響いている。
それが外の魔物にも伝わって、おかしくさせてしまう。
「あの、サーペントさんがここに私たちを連れてきたのは、声が聞こえたからでしょうか?」
私の言葉に、ジナルさんたちが頷く。
「その可能性が高いだろうな。でも、ちゃんとした場所は、岩に刻まれていた魔法陣が邪魔をして把握できなかったんじゃないかな?」
あの魔法陣のせいか。
誰が、あんなものを使ったんだろう。
「ソラたちが、この村のギルマスがテイマーだと知っていたのも、声の影響か?」
お父さんの言葉に、今度はジナルさんが首を傾げる。
フィーシェさんも、ジナルさんと同じ反応だ。
「それは分からない。聞こえた声には、そんな情報無かったからな。でも、テイムされた魔物同士で、何か通じるものがあるのかもしれないな」
『ギャガ、ガハッ』
不意に聞こえた苦しそうな声に、カミスを見る。
白い毛に覆われた体が震えて、表情の歪みが増している。
なんで?
「やはり……」
ジナルさんが、苦しそうな表情をする。
もしかして、さっき言っていた「きっとまだ苦しんでいるはず」とはこれの事?
魔法陣を、消す時だけじゃないんだ。
「……本当に、苦しそうだな」
お父さんの言葉に、反応も出来ずただカミスを見つめる。
何かできる事は無いのかな?
こんな……。
「てりゅ~」
「てりゅ~」
ん?
フレム?
声が聞こえた方を向くと、足元まで来ていたフレム。
そしてぴょんと飛び跳ねると、肩から提げているマジックバッグへと飛び乗る。
「てりゅてりゅてりゅ~」
何かを伝えようとしているのか、じっと私を見つめてくる。
何だろう?
マジックバッグを見る。
何か……、
「魔石!」
緑色と黒色が混ざった魔石。
お父さんが言っていた。
「必要な魔石を絶妙な時に生み出す」って。
それにフレムのこの反応。
マジックバッグから、フレムが復活させた魔石を取り出す。
それを見たフレムが満足そうにしている。
「それは?」
ジナルさんが、私が持つ魔石を見て首を傾げる。
「フレムが復活させた魔石です」
私の言葉に、ジナルさんとフィーシェさんがフレムを見る。
その視線を受けて、体をのけ反らせているように見えるフレム。
「これを、どうしたら?」
役に立つのかもしれないが、どうしたらいいんだろう?
フレムを見ると、期待した視線が合う。
……とりあえず、魔石と魔法陣を触れ合わせてみよう。
魔法陣に向かって魔石を転がす。
魔石が魔法陣に触れた瞬間、ばちッという音が空間に響いた。
「えっ!」
誰かに腕を引かれ、胸に抱きこまれ耳を塞がれる。
もしかして、失敗したの……?




