542話 どこにいるの?
「お父さん、苦しそう」
「ん?」
お父さんの服の袖をぐっと握る。
声が少しだけはっきり聞こえた時に気付いたが、苦しそうだ。
早く見つけてあげないと。
でも、どうして私にだけ聞こえるんだろう?
「アイビー、落ち着いて」
「うん」
こういう時は、落ち着いて、
『だ……とど、てか……ね、い』
駄目だ。
さっきより苦しんでる気がする。
「アイビー」
ぐっと握りしめていた手が、大きな温かい手に包まれる。
下を向いていた視線をあげると、お父さんと視線があう。
「ゆっくり深呼吸して。大丈夫、アイビーならきっと見つけられる」
深呼吸、深呼吸。
「てりゅ」
フレムの声に視線を向けると、皆が心配そうに私を見ていた。
私の態度に不安を覚えたようだ。
落ち着かないと。
『だれ……かれ……い……えて』
大丈夫、きっと見つける。
「戻ってきたな」
お父さんの視線の先を見ると、森からこちらに向かって走ってくるジナルさんたち。
「森には誰もいないみたいだ」
ジナルさんの言葉に、お父さんが私を見る。
「声はまだ聞こえているのか?」
「うん。『だれ、とどい、てかれ、えて』って、聞こえる」
これでは、意味が分からないよね。
「『誰かに届いて、彼の……』こんな感じか?」
お父さんの言葉にジナルさんたちが頷く。
「そう聞き取れるな。だが彼とは誰だ? それに彼の……。もう少し手がかりが欲しいな」
フィーシェさんが首を横に振る。
もう少し声がはっきり聞こえたら、分かりそうなんだけど。
「もうちょっと、声がはっきり聞こえる場所が無いか探してみますね」
崖に沿って、ゆっくり移動する。
声がずっと聞こえているわけではないので、聞き逃さないようにしないと。
『だ……と……えて』
あれ?
声が遠くなった?
立ち止まって耳を澄ませる。
『……か……』
やっぱり、聞こえづらくなった。
という事は、さっきの場所が一番聞こえるのかな?
あまり離れていないんだけど……。
不思議に思いながら、元の場所に戻り耳を澄ます。
『れか……いて……がい……て』
うん、ここみたい。
「アイビー、どうした?」
私の行動を、黙って見守ってくれていたお父さんが心配そうに訊いてくる。
探すと言ったのに、元の場所に戻ったからだろう。
「この場所が一番、聞こえるみたい」
私の言葉に、お父さんたちが周りを見回す。
私も何か見落としがあるのかと、見回すが何もない。
どういう事だろう?
確かに、声が聞こえているのに。
「見える限りでは、何もないな」
「あぁ」
ジナルさんとフィーシェさんの視線が、崖を向く。
「そうなると、残りはこの崖の中だな」
ジナルさんが、手を伸ばし岩を叩く。
「そうだな。だが、どうやって調べる? 闇雲に調べてたら時間が掛かり過ぎるだろ?」
目の前の崖は、大きいもんね。
「そんなに広範囲には、ならないだろう。少し離れたら、声は聞こえづらくなったんだから、調べるのはこの辺りだけでいいはずだ」
お父さんの言葉に頷く。
そう、ほんの少しこの場所から離れただけで聞こえづらくなった。
「確かにその通りだな」
ジナルさんが頷いて、マジックバッグを地面に置く。
それに首を傾げる。
「崖の中を調べるマジックアイテムがある。確か、これに入っているはずなんだ……どれだっけ?」
ジナルさんが色々なマジックアイテムを出して首を傾げている。
「整理しろと言ってもしないから、必要な時に出てこないんだろうが。……それにしても何をしているんだ? どんなマジックアイテムだったのか思い出せれば、すぐに出てくるだろ?」
あっ、リンク機能が付いたマジックバッグなんだ。
あの機能は便利だよね。
欲しい物を頭に浮かべると自然と手の中に入ってくるんだから。
まぁ、マジックバッグに入れてないと駄目だけどね。
「……どんなマジックアイテムだったか思い出せるか?」
ジナルさんの言葉にフィーシェさんも首を傾げる。
欲しい物を、しっかり覚えていないとリンク機能も活かされないみたい。
「四角い箱だったことは思い出せるんだが」
ジナルさんの言葉に、彼の周りを見る。
確かに四角い箱がいっぱいある。
あれのどれかが、求めているマジックアイテムと言うわけか。
「えっ? 丸い板みたいな奴だろ?」
……丸い板?
「はっ? 丸い板?」
フィーシェさんの言葉を不思議そうに繰り返すジナルさん。
2人して思い出した形が違うようだ。
とりあえず、箱の中身を確認していこうかな。
お父さんも同じ意見なのか、ジナルさんの周りにある四角い箱に手を伸ばしていた。
「とりあえず、調べよう」
「そうだな。丸い板だと言われると、四角じゃなかった気がしてきたが」
「俺もだ」
ジナルさんとフィーシェさんの会話に笑いながら、私も手伝おうと崖から一歩離れる。
ふわりと風が吹くと青い光が体を包み込んだ。
「えっ?」
驚きで足を止めると、ぐっと体が後ろに引っ張られた。
「にゃうん!」
「ぷ~!」
「アイビー!」
お父さんたちの焦った表情と、こちらに向かって走ってくる姿が見えた。
シエルも私に向かって走ってきている。
さすがに速いな。
ドン。
「ゴホッゴホッ。なに?」
体が硬い何かにぶつかった衝撃で、肺が苦しい。
「ゴホッゴホッ。ゴホッゴホッ」
ぶつかった崖を見ようと後ろを見ると、背に大きな傷を負ったサーペントさんが横たわっていた。
「えっ?」
何が起こったのか分からない。
手伝おうと思って足を動かすと、後ろから急に引っ張られて。
それで……サーペントさんの傷は私をかばったから?
「アイビー、大丈夫か?」
お父さんの言葉に、唖然としたまま何とか頷く。
私は背中が痛いぐらいだから、大丈夫。
でも、サーペントさんが……。
「ぷっぷぷ~」
ソラの声が聞こえたと思ったら、サーペントさんがソラに包み込まれた。
そうだ、ソラがいてくれたんだった。
「よかった」
ホッとしたのか、体から力が抜けてしまう。
「おっと、ゆっくり座ろう」
お父さんが倒れそうな私に気付くと、支えながら座らせてくれた。
ソラに治療されているサーペントさんを見る。
泡で傷の状態は分からないが、きっと大丈夫だろう。
何があったんだろう?
誰がサーペントさんに傷を?
それに、私は何に引っ張られたの?
「罠?」
罠?
ジナルさんを見ると、険しい表情で崖を睨みつけている。
私も崖を見るが、特に何もない。
「何があったの?」
「崖に魔法陣が浮かび上がっていたんだよ」
フィーシェさんの魔法陣という言葉に、息を飲む。
お父さんが、落ち着かせるように背中をぽんぽんと叩いてくれる。
「なんで、魔法陣が……」
罠って誰の?
でも、ここに連れてきてくれたのはサーペントさんで。
サーペントさんは私をかばって怪我を負ってしまって……。
サーペントさんも知らなかった?
「ぺふっ、ぺふっ、ぺふっ」
「ソル、どうした?」
ソルの声とジナルさんの不思議そうな声に、視線を向ける。
ちょうどソラがサーペントさんから離れたので、サーペントさんの様子を窺う。
傷は無くなり、起き上がった姿はいつも通りに見えた。
良かった。
「ソラ、ありがとう」
ソラにお礼を言うと、嬉しそうにぷるぷると揺れる。
本当に良かった。
視線を感じて見上げると、サーペントさんが不安そうに私を見ていた。
そっと手を伸ばすと顔を下にさげてくれたので、鼻のあたりをゆっくりと撫でる。
「助けてくれてありがとう」
「うわっ」
ジナルさんの声に視線を向けると、崖に浮かび上がる青い光を発する魔法陣。
サーペントさんが私とお父さんを守るように前に来る。
「ぺ~ふっ」
ソルの体が、魔法陣を覆うように広がっていく。
「そう言えば、ソルは魔法陣を無効化出来たな」
そう言えば、そうだった。
色々あり過ぎて、すっかり忘れてた。
見る見る魔法陣はソルに包み込まれ、いつの間にか魔法陣から青い光は消えていた。




