541話 ここ? ここじゃないの?
私の言葉に3人が笑いだす。
「アイビーの言う通り、さすがに門で団長の姿を見た時は唖然としたからな」
フィーシェさんの表情で、団長さんを馬鹿にしているのがわかる。
でもそうなるのも当然だろう。
とりあえず、事が公になるまでは動かないのが当然だ。
それが待ってましたとばかりに、待ち構えているんだから。
「間違った行動を窘める者がいないと、行動はどんどん大胆になるからな」
ジナルさんの言葉にフィーシェさんが頷く。
「意見を言えない者ばかりを揃えると、こうなる。まぁ、小者が陥る状態だよ」
小者か。
確かに、そんな感じだな。
それにしても、そんなトップしかいないなんて村の人たちは大変だろうな。
「奴らが威張れるのもあと少しだ。あいつなら、既に隣の村を出発しているだろう」
あいつと言うのは、オカンケ村に来ているジナルさんの裏の仲間だよね。
あれ?
表だったかな……仲間でいいや。
「早いな」
お父さんの言葉に、ジナルさんが笑う。
「至急、村が危ないと伝えたからな。きっと、急ぎで来ているはずだ」
会っていなくてもすごく信頼しているんだな。
不思議な感じ。
つん。
「おっ」
背中が押されたので、視線を向けるとサーペントさんが私を見つめていた。
そう言えば、案内をお願いしていたね。
「ごめんね。案内をお願いできる?」
私の言葉に頷くと、すっと頭を下げてくる。
これは背中に乗ってくれという合図だけど、案内してくれる場所は遠いのかな?
「これから行く場所は、ここから遠いの?」
さげたままの首が横に振られる。
遠くないのか。
「歩いて付いて行くからいいよ。一緒に行こう」
私の言葉にジナルさんが、「えっ!」という表情を見せる。
あれ?
サーペントさんに乗りたかったのかな?
でも、ここは村に近いから危険だ。
村の人に、目撃されるかもしれない。
「あっ、ここはオカンケ村の近くだったな」
「ジナル……」
ジナルさんの様子に、笑みが浮かぶ。
サーペントさんに乗りたかったようで、目に見えて落ち込んでしまった。
その様子を見たフィーシェさんはため息を吐いているが。
先頭をサーペントさん、その後ろにソラたちと私が続き、最後をお父さんとフィーシェさんたちが歩く。
しばらくすると、崖に向かって歩いている事に気付いた。
どうやら案内したい場所は、大きな崖みたいだ。
「デカいな」
「そうだな」
ジナルさんの言葉に、頷きながらフィーシェさんが地図を見ながら場所を確認している。
「洞窟はあるかな?」
「あるだろう」
私の言葉に、お父さんと一緒に洞窟の出入口を探す。
大きな崖なので、何個かあると思ったが見当たらない。
「無いな」
「無い? こんなに大きな崖なのにか?」
フィーシェさんが地図から視線をあげて、崖を見回す。
「確かに、無いな。出来る兆候もないな」
洞窟に続く出入口が出来る時には、兆候があるんだ。
どんな感じなんだろう。
ちょっと見てみたいな。
「あっちみたいだぞ」
ジナルさんの言葉にサーペントさんを見ると、崖に沿って移動していた。
どこまで行くんだろう?
崖を見上げ、洞窟の出入口を探しながら歩く。
それにしても、本当にこの崖はでかい。
かなり歩いたのに、崖の最後はまだ見えてこない。
そして洞窟への出入口も無い。
「崖には、洞窟が出来るものだと思い込んでいました」
サーペントさんが洞窟のある崖に、案内してくれていただけか。
「いや、普通は大なり小なり洞窟はあるんだが。こんなに大きな崖なのに無いというのは……」
ジナルさんの声に、少し戸惑った雰囲気がある。
かなり珍しいのか。
そう言えば、サーペントさんがほぼ直角に登った崖にも、洞窟への出入口はあったよね。
「ここか?」
お父さんが、サーペントさんの止まったあたりを見回す。
崖に沿って移動していたので、洞窟へ行くのだと思っていたがそうではないらしい。
どんなに崖を眺めても、出入口になる穴は見当たらない。
反対の森を見るも、特に変哲の無い森で案内された理由はいまいちわからない。
お父さんたちも不思議に思っているようで、視線が合うと首を横に振っていた。
「えっと、ここは?」
ジナルさんの言葉に、サーペントさんが首を傾げる。
えっ?
その反応に、ちょっと戸惑う。
サーペントさんが連れて来たのに、なぜか不思議そうにしている。
「ぷっぷぷ~」
ソラの声に視線を向けると、崖をじっと見つめている。
「どうしたの?」
少し様子が違う気がして、ソラの傍によって視線の先を追う。
特に周りと違いが無い岩だ。
手を伸ばして触れてみるが、岩の冷たい感触が伝わってくる。
間違いなく見た目も触り心地も岩だ。
「ぷぷ~」
「にゃうん」
シエルが私が触れた部分の匂いを嗅ぐ。
そして前足の爪で岩を少し削る。
「シエル、爪を痛めるよ」
岩が硬いのか、ほんの少ししか削れていない。
でも、この場所に何かあるようだ。
もう少し広範囲を触って見る。
……何もない。
すっと影が出来たので、見上げるとサーペントさんが覗き込んできた。
「ここ?」
私の言葉に、サーペントさんやソラが首を傾げる。
え~、違うの?
何だろう、皆の反応がよく分からなくなる。
「いつもと違って釈然としないな」
お父さんの言葉に頷く。
ジナルさんたちが、ソラたちが反応を示した場所を触った。
「何も無いよな?」
ジナルさんの言葉にフィーシェさんも頷いている。
皆が何もないと思う場所。
でも、ソラやシエルの反応を考えると、この場所のように感じる。
なのに、ここなのかと確かめると、首を傾げる。
……さっぱり、意味が分からない。
「どうする?」
お父さんの言葉にジナルさんたちが、考え込む。
サーペントさんが案内した場所はここだ。
確かめると不思議な反応が返ってくるが、ここなのだ。
でも、何もない。
『……』
ん?
何か声が聞こえたような?
周りを見回すが、先ほどから何も変わっていない。
気のせいだろうか?
『……、……』
やはり何か聞こえる。
でも、何だろう?
「どうした?」
お父さんが、あちこち見る私を不思議そうに見つめる。
「何か聞こえたような気がして」
私の言葉にジナルさんたちも私を見る。
そして不思議そうに周りを見た。
その反応に少し違和感を覚える。
「もしかして、聞こえてないの? さっき――」
『だれ……』
今のは小さい声だったけど聞きとれた。
誰かがこの近くにいるみたいだ。
「アイビー?」
「『だれ』って聞こえた。誰かが近くにいるみたい」
もう一度、岩に触れるが先ほどから変わりがない。
となると、森の方だろうか?
『だ……とど……』
とど?
何かを伝えようとしているのかな?
「だれ、とど?」
「それが聞こえた言葉か?」
お父さんの言葉に頷く。
「森を少し調べてくる。ここで待っててくれ」
ジナルさんとフィーシェさんが、森の中に入っていく。
ここはかなり森の奥だ。
かなり強い魔力を感じる。
きっと相当強い魔物だと思う。
2人が強い事は知っているが、少し不安になる。
「大丈夫かな? 近くにかなり強い魔物がいると思うんだけど……」
姿は見えないが、強い魔力を持つ魔物がこちらを窺っているのが気配で分かる。
「2人はかなり強いから大丈夫だろう」
「にゃうん」
シエルの声が聞こえたと思ったら、森へ入っていく後ろ姿が見えた。
「あっ、ついていってくれたのかな?」
「そうみたいだな。シエルが行ってくれたのなら安心だな」
「うん」
確かに安心だ。
感じていた強い魔力が、すごい勢いで遠ざかっていくのを感じる。
あれ?
「ジナルさんたちのもとへ行ったのではなく、魔物を追い掛け回してる?」
すごい勢いで離れて行く魔力の後ろに、微かに薄い魔力を感じる。
これはシエルの魔力だ。
魔物が一定以上離れると、他の魔物に向かって走っていくのを感じる。
「……そうみたいだな。森の生き物たちが慌てているみたいだ」
お父さんが苦笑を浮かべる。
その時、森の木々が大きく揺れた。
そしてあちこちから聞こえる鳴き声。
『だれ……とどい……』
あっ、また聞こえた。
だれ、とどい……誰かに届いてかな?
誰かを呼んでいるの?




