539話 普通は分かるよね
フィーシェさんの気配が無くなっていたので気になっていたが、やはりいない。
少し遠くまで気配を探るが、近くにはいないようだ。
「フィーシェだったら、仲間を呼びに行かせたから」
私の様子に気付いたジナルさんに、肩をポンと叩かれる。
不安そうにでも見えたのかもしれない。
「誰が来るんだ? 信用できるのか?」
お父さんの言葉にジナルさんが頷く。
「大丈夫だ。裏切った者もだいたい予想がついているから」
ほんの少し目を伏せたジナルさん。
やはり裏切り者が出るのは辛いのだろうな。
「あいつ、ただじゃおかない。クソボケが」
そうでもなかった。
隣からひしひし感じる気配に、一歩離れる。
門番さんたちも、ジナルさんの様子に体を引いている。
「おい。色々駄々洩れだ」
お父さんの言葉に、にこりと笑うジナルさん。
その笑みを見た門番さんたちは泣きそうだ。
でも、まだこの笑い方はましな方だ。
「どんな契約をしたんだ?」
ジナルさんの言葉に、門番さん全員が体をびくつかせる。
それを見て、ジナルさんが首を横に振る。
「話すことは出来ないか?」
6人の首が微かに頷く。
「分かった。お前たちは、このまま門に戻れ」
ジナルさんの言葉に、1人が何かを言おうとするが言葉が出てこない。
そして視線が彷徨い、私を見た。
その反応に首を傾げる。
「アイビーを人質に取れと命令されたか?」
お父さんの言葉に、頷く門番さんたち。
命令か。
きっと契約書で縛られているから、やるしかなかったんだろうな。
「どうするか……」
ジナルさんが眉間に皺を寄せる。
お父さんも険しい表情をしている。
バキバキバキッ。
「なんだ?」
お父さんが立ち上がって、剣を鞘から出す。
周りから響く木々の倒れる音。
そして周りに充満するサーペントさんの魔力。
バキバキバキッ。
「ひっ」
小さな悲鳴に門番さんたちを見ると、恐怖心から腰を抜かしている者がいた。
それに唖然としてしまう。
サーペントさんから感じる魔力は、それほど強くないし殺気も混ざっていない。
それなのに腰を抜かすなんて、ありえないんだけど。
この人たちは、本当に門番なんだろうか?
「サ、サーペント!?」
「なんで、こ、こんなところに……」
「ひっ」
門番さんたちは完全に混乱して、今にも走り出しそうだ。
これは駄目だ。
この混乱状態だと森の奥に行ってしまうかもしれない。
そうなったら、本当に魔物に襲われかねない。
「動くな!」
ジナルさんの怒鳴り声が響く。
バタバタしていた門番さんたちが、ぴたりと固まる。
すごい。
さすがジナルさんの殺気混じりの声だね。
私もびくりと震えてしまった。
影が出来たので上を見ると、サーペントさんがちらりとこちらを見る。
視線が合うが、何事も無かったようにそのまま森の奥へ行ってしまった。
地面を大きくこする音が、ずっと森に響いている。
「こちらには気付かなかったみたいだな」
ん?
「そうだな」
いや、ちらりとこっちに視線を向けたよ?
ばっちり、視線が合ったよ?
「ちょうどいい。サーペントが来てアイビーたちを見失ったと言え。サーペントが通った跡があるから本当の事だと思うだろう」
ジナルさんの言葉に、サーペントさんが通った場所を見る。
木々が倒れ、地面には通った跡がくっきりと残っていた。
それに違和感を覚える。
いつもはほとんど跡を残さないサーペントさんなのに……あっ、もしかして協力してくれたのかな?
門番さんたちが、このまま戻ってもおかしくないように。
でも、どうやって今の状況を知ったんだろう?
「はい。ありがとうございます」
門番の1人がジナルさんたちに頭を下げると、他の5人も慌てて頭を下げる。
そのどことなく初々しい様子に、気になっている事を訊いてしまう。
「あの、自警団員になって何年ですか?」
門番さんたちの様子から、どうも若い印象がぬぐえない。
門番になるにはそれなりの経験が必要だから、その印象はおかしいのだが。
「俺が8か月で、他は半年です」
「えっ」
8か月と半年?
その短さで門番?
やはり印象は間違っていなかったようだ。
「そうなんですね。答えてくれてありがとうございます」
お父さんとジナルさんは、ものすごく渋い表情をしていた。
門番さんたちが戻って行く姿を見送ると、お父さんが大きなため息を吐く。
「サーペントはいい働きをしてくれたな」
「そうだな」
ジナルさんの言葉にお父さんが同意する。
私も何度も頷いてしまう。
本当にいい時に来てくれたと思う。
「あっ、シエルがこっちに来ます」
森の奥からシエルの気配が近付いて来る。
しばらくすると目の前に現れた。
「にゃうん」
「シエル、お帰り」
「にゃ~うん!」
何だろう?
シエルがどことなく得意げなんだけど……ん?
「もしかして、サーペントに協力をお願いしたのはシエルか?」
「にゃ!」
お父さんの言葉が正解なのか、尻尾が楽しそうにパタパタと動く。
「ありがとう、シエル。サーペントさんにもお礼を言わないとね」
「にゃうん」
本当に絶妙だった。
話をある程度訊くことが出来た後だったからね。
そう言えば、フィーシェさんが誰かを連れてくるんだった。
お父さんと私は、このままここにいていいのかな?
「ジナルさん、フィーシェさんは誰を連れてくるんですか?」
ジナルさんの仲間みたいなので、大丈夫なのだろうけど気になる。
「宿の店主の娘だよ。彼女は問題なくこちら側だ」
宿の娘さんか。
宿では見かけなかったな。
村の方からフィーシェさんの気配を感じた。
そして見知らぬ気配。
ジナルさんが言うように、店主さんの娘さんかな?
「それより、卑怯なまねをしてきたな」
お父さんの言葉に、ジナルさんが嫌そうな表情を見せた。
卑怯なまねとは何だろう?
人質に私を使おうとした事?
そう言えば、私の傍にはお父さんがいる。
今日はジナルさんもフィーシェさんもいる。
それなのにどうして狙われたんだろう。
お父さんを見る。
剣を持っているし、体つきからある程度戦える事は分かる。
ジナルさんとフィーシェさんは、上位冒険者だ。
この3人が揃っている日に狙うかな?
私だったら、絶対に別の日にする。
「本当に私を攫うつもりだったんでしょうか?」
どう考えても、今日攫うのは無理だと思う。
逆に、やられるのが目に見えている。
「俺たちに6人を殺させるつもりだったんだろう」
お父さんの言葉に、驚く。
殺させるつもり?
「こちらを不利な立場に立たせるための、生贄だな」
ジナルさんの言葉にお父さんが頷く。
不利な立場……お父さんたちを人殺しにしたかったという事?
自警団と両ギルドは既に手を組んで悪事を働いている。
この3つの組織が殺した原因を別の事にすり替えれば、お父さんたちを人殺しに仕立てる事が出来る。
もしくは人殺しになりたくなければという交渉の材料とか……。
最悪。
「門番さんたちを助ける事は出来ないの?」
お父さんを見ると、ポンと頭を撫でられる。
「ジナル、大丈夫だよな?」
お父さんの言葉に、ジナルさんが迷いなく頷く。
「本当に馬鹿な奴らだよ。手の内を見せてくれたお陰で、何処まで腐っているのかだいたい分かった。あとは証拠を掴むだけだ。その証拠がどこにあるかも、予測がついたしな」
間違った事を正そうとしているのに、悪い事をしそうに見えるのは笑い方のせいだよね。
さっきとは違い、本気でキレている笑みを見せるジナルさん。
お父さんは止める気はないようだ。
「ん? 来たな。アイビーたちは姿を隠してもいいがどうする?」
どうしよう。
ジナルさんたちが信用している人のようだし。
でも、少し不安だな。
「隠れるよ。これ以上関わるつもりは無いから」
お父さんの言葉にジナルさんが頷く。
「分かった。あとで合流しよう。何処に行けばいい?」
「捨て場に」
「分かった。あとでな」
ジナルさんが村へ行くのを見送ると、捨て場に向かって歩き出す。
「お父さん」
「ん?」
「あの6人ぐらいだったら、殺さないように倒せるよね?」
私の言葉に苦笑を漏らすお父さん。
「あぁ、出来るな」
間違いなくジナルさんたちも出来るだろう。
自警団員になってまだ1年未満の6人と上位冒険者では実力差があり過ぎる。
余裕で殺さずに倒せるだろう。
そんな事は、普通に考えたら分かりそうなのに。
……この作戦を考えた人は、馬鹿なのかな?
いつもありがとうございます。
明日は更新をお休みいたします。




