537話 問題発覚
宿に戻ると、悩んでいる表情をした店主さんがいた。
挨拶をすると、笑って上を指差した。
それに首を傾げると、お父さんが隣で頷いていた。
「アイビー、行こう。ジナルたちは帰ってきているみたいだ」
先ほどの店主さんは、ジナルさんの事を教えてくれていたのか。
部屋にいるから、指で上を差したのかな?
「店主さん、微妙な表情をしてたね」
ギルマスさんが殺されたという噂がちゃんと流れている事は、宿に来るまでに確認できた。
その噂で村全体がざわついていたから。
冒険者ギルドのボヤ騒ぎは少し気になるが、噂については成功したと言える。
それなのに、思いつめたような表情だった店主さん。
他に何かあったのかな?
部屋に戻りマジックバッグを置いて、そのままジナルさんたちの部屋へ向かう。
コンコン。
「ジナル、ドルイドだ」
お父さんの言葉と同時に部屋の扉が開く。
顔を出したのはフィーシェさんだった。
その表情が笑顔だったので、やはり作戦は成功したのだとほっとした。
部屋に入ると、ジナルさんがマジックアイテムで部屋の中の音を外に漏れないようにした。
「作戦は上手くいったみたいだな。村中が殺されたギルマスの噂で持ち切りだ」
お父さんの言葉に、ジナルさんが意地悪そうな笑みを見せた。
結果に満足しているのだろう。
「ところで、ボヤ騒ぎの真相は?」
お父さんの言葉に、フィーシェさんがため息を吐いた。
「あぁ、それか。それはジナルが……」
ボヤ騒ぎがジナルさんのせい?
「執務室以外に調べたい所が出来たから調べようとしたんだけど、人がいたからさ。煙で混乱させようとしたら、失敗して火が出ちゃったんだよな。あはははっ」
火が出ちゃったって……。
ジナルさんの表情を見ると、意図的という言葉が思い浮かぶ。
「胡散臭い」
お父さんの言葉にジナルさんが肩を竦める。
フィーシェさんは、そんなジナルさんを見て大きなため息を吐いた。
これは、意図的に火を出したという事でいいのかな?
「何かあったのか?」
ジナルさんたちの様子を見ていたお父さんが2人に聞くと、ジナルさんがニコリと笑う。
「あの馬鹿共、若い冒険者を使い捨てにしてやがった」
笑っていると思ったが、ジナルさんの目がものすごく冷たい。
これは本気で怒っている。
「今頃、原因がわからず混乱しているだろうな。噂で冒険者たちは協力してくれないだろうし。いや~、久しぶりにいい仕事をしたよ」
ジナルさんの言葉に、お父さんがフィーシェさんを見る。
私も説明が欲しくなり、フィーシェさんを見る。
「執務室の金庫に、数十枚の契約書を見つけたんだ。その契約内容は、冒険者ギルド側が有利な契約書で、相手は若い冒険者たちだった。契約書のせいで、拒否権なく無理な仕事を回されてたようだ。契約者数は34人。契約が切れているものがあって人数は7人。もしかしたら、その7人は既に亡くなっている可能性があって、今調べてもらっている」
調べて?
だから宿の店主さんが思いつめた表情だったのかな?
「そうか。契約していた冒険者には話が聞けたのか?」
お父さんの言葉にジナルさんが頷く。
「保護したうえで、ここの奴らが話を聞いた。若い冒険者はまだまだ知らないことが多いから、そこにつけ込まれて契約させられたらしい。契約したが最後、安い報酬でかなり無理な仕事をさせられたり、中には犯罪まがいな事もあったようだ」
話を聞いたお父さんが、ため息を吐く。
「相当悪どいな。契約内容は?」
「第三者に契約の事を話せないとか、仕事の依頼に拒否権が無いとか、契約違反した時は犯罪奴隷落ちとか。まぁ、よくここまでと言う内容だったな」
そんなにひどい契約だったんだ。
でも、その内容を読んで契約するかな?
「契約した時は、違う契約内容が記されているんだよ」
フィーシェさんが1枚の紙をお父さんに渡す。
「これ……契約書に細工がされているのか。若い冒険者たちは、契約書の見分け方がわからないだろうからな」
お父さんの言葉にジナルさんたちが頷く。
「最低な人たちですね」
話を聞いていて、ムカムカする。
ジナルさんが失敗して火を出してしまったのが、理解出来る気がする。
私の言葉に、お父さんが私の頭を撫でた。
コンコン。
「ジナル、フィーシェ。調査が終わった。下に来てくれ」
店主さんの言葉に、ジナルさんたちがマジックアイテムの稼働を止める。
「分かった。すぐに行く」
扉の前から気配が消えると、ジナルさんが私たちを見る。
「捨て場では、何もなかったか?」
「あぁ、問題はないがサーペントが来た」
お父さんの言葉にジナルさんが反応する。
「なぜ? まさかサーペントたちが連れて行きたい場所に行ったのか?」
不服そうな表情のジナルさんにお父さんが苦笑する。
「行ってない。だが、連れて行きたいみたいだったから、明日ジナルたちを連れてくると約束したんだが……忙しそうだな」
「大丈夫だ。この村の事は、店主たちに任せるから」
ジナルさんの言葉にフィーシェさんが少し不安そうな表情をする。
それに首を傾げる。
「大丈夫かな?」
「大丈夫だ。気付くのが少し遅かったが、発覚してからの動きは問題ない。この状態で手を出しすぎるのは、ここの奴らに失礼になる。人手は足りているんだし」
失礼って何だろう?
ジナルさんたちが手を出しすぎると、ここの人たちの評価が下がったりするのかな?
「まぁ、そうだな」
フィーシェさんが納得したようだ。
私が不思議そうにしているのに気づいたジナルさんが、苦笑する。
「この宿や店主たちの役割は、被害者の保護と問題が起きた時に被害を最小限に抑える事なんだ」
重要だね。
「被害者の保護は契約書を持ってきたから出来たし、証言も取った。噂を流し終えて冒険者たちも誘導できたから、これ以上の被害は出ないはずだ。この状態で俺たちがまだ手を出すと、ここの仲間たちに問題がありと思われる可能性がある。例えば裏切り者がいるとかな。だから引き際をちゃんと見極めないといけない」
引き際か。
私だと、つい心配で手を出しすぎちゃいそうだな。
「すごく大変そうですね」
ジナルさんが私の言葉に嬉しそうに笑うと、お父さんを見た。
「明日は、問題ない」
「分かった。明日、一緒に行こうか」
「よかった。となると、店主の話を聞いて、やることがあるならとっとと終わらせないとな」
お父さんの言葉にジナルさんが嬉しそうに笑う。
フィーシェさんも微かに笑みを見せた。
「俺たちは部屋に戻るよ。明日、今日の結果を教えてくれ」
「分かった」
ジナルさんたちが1階に下りるのを見送ると、自分たちの部屋に戻る。
「想像以上に、悪い奴が多かったな」
「そうだね。ちょっと驚いた」
バッグからソラたちを出し、お茶の準備をする。
マジックバッグからは、少し甘めのお菓子を出して机に並べる。
今もまだちょっとムカムカしているので、気持ちを落ち着けるためにも甘いものが欲しい。
「若い冒険者たちは、皆で育てるというのが両ギルドの教えだ」
皆で育てる?
お茶をコップに入れて、目の前の椅子に座ったお父さんに出す。
自分のコップにもお茶を入れると、一口飲む。
お茶の温かさに、少しだけ落ち着けた気がした。
「未来を担う必要な存在だからな。より多くの知識や技術を伝授して1人でも多くの者を生かす。それが上位冒険者、中位冒険者の役割でもある」
そうだよね。
若い冒険者たちがいなくなったら、次にこの村や町を守る人がいなくなるんだから。
「だから、この村の冒険者ギルドのやっていることは、特に悪質だ。おそらく、関係者全員が罪に問われる事になるだろう」
「関係者全員?」
話を聞いていて思ったけど、冒険者ギルドの上の人たちは隠すためなら何でもやりそう。
脅しとか、まぁ色々と。
その被害にあった人たちも、冒険者ギルドに勤めていれば関係者。
その人たちも、罪に問われるのかな?
「全員と言っても、事情がある場合は別だから大丈夫だ」
お父さんには、私の気持ちが分かったようだ。
「冒険者ギルドや商業ギルドには、何かあった場合すぐ連絡が取れるようにマジックアイテムがある。まずそのマジックアイテムが、誰でも使える状態なのかが調べられるだろうな。もし、使えなかったら助けも呼べないから」
そっか。
「他にも聞き取り調査などもあるから、大丈夫だ」
お父さんの言葉に頷く。
それなら、被害者はちゃんと守られるね。




