535話 ギルマスはテイマー
「明日からなんだが、俺たちはちょっとこの村に噂を流す」
ジナルさんの言葉にフィーシェさんが頷く。
「どんな噂だ?」
「ギルマスが殺されたという噂だ。その証拠が、村のある場所に隠されているらしいと」
本当の事を、噂として流すんだ。
でも、それにどんな意味があるんだろう?
知っていた人たちが慌てるぐらいしか思いつかないな。
「ギルマスの補佐や関係者はかなり慌てるだろうな。でも、なぜそんな事をするんだ?」
お父さんの言葉にジナルさんが頷く。
「ギルマスの証が無いそうなんだ。一度執務室を調べたい。だから噂で混乱させて、ちょっと忍び込んでくるよ」
ギルマスの証なんてあるんだ。
……あれ?
今、忍び込むと言ったような……。
「えっ?」
お父さんも驚いているという事は、やっぱり忍び込むと言ったのか。
「証が無い?」
あれ?
気になるのはそっち?
もしかして重要な物なのかな?
「あぁ、ギルマスが亡くなってから、消えたらしい」
ギルマスさんが、隠したのかな?
でも、隠す理由が……もしかして自分が狙われている事に気付いていた?
それなら隠す理由にはなる。
「消えたのはおかしいだろう。あれはギルマスの執務室から絶対に出せないはずだ」
お父さんの言葉に首を傾げる。
執務室から出せない?
何らかの魔法が掛かっているのかな?
そうなると、ギルマスさん以外が隠すのは無理だね。
「そうなんだよな」
ジナルさんが首を傾げる。
私も気になるけど、それよりもギルマスの証って何なんだろう?
そっちの方が気になる……。
「あの、ギルマスの証とは何ですか?」
「ギルマスだけに引き継がれる判子があるんだよ。ギルマスとして認められて初めて使えるんだ。その判子が無いと、冒険者が安心する依頼を1つも出すことが出来ないんだ」
ジナルさんの説明で、ギルマスの証がすごく重要な物だと分かった。
でも、安心する依頼とは何だろう?
依頼に安心じゃないものなんてあるの?
「判子が押してある依頼は、冒険者ギルドを通したという証明なんだ。冒険者たちは、その判子が無い仕事を請け負うことはほとんど無い。その判子は、依頼者に何かあった場合でもお金を支払うという保証でもあるから」
なるほど支払いを絶対にしますと言う印みたいなものなのか。
冒険者ギルドが保証してくれる仕事だから、安心する依頼か。
「あれ? だったら今依頼はどうなっているんですか?」
依頼は無いのかな?
「依頼はある。料金の半分が前払い、依頼達成で残りを払う形になっているな」
支払うという保証が出せない以上、そうなるのか。
「依頼を出す方法ではあるが、良い方法ではない。これは冒険者ギルドに信頼が無い場合の支払い方法だからな」
ジナルさんの言葉に、頷く。
信頼があったら、支払いは後でもいいもんね。
「しかし、何処に行ったんだろうな」
フィーシェさんがジナルさんとお父さんを見る。
だが、2人も予想が出来ないのか首を横に振る。
「それがわかったら苦労しない」
ジナルさんの言葉にフィーシェさんが苦笑する。
「そうだけどさ。執務室から無くなったのが、本当に不思議だ」
執務室から出せないはずのギルマスの証。
でも、現実にない。
つまり執務室から出せたって事だよね。
どういう条件になれば、出すことが出来るんだろう。
……ギルマスさんが亡くなった後に消えた。
それって、ギルマスさんが不在の時だという事だよね。
「ギルマスの証は、どうして執務室から出せないんですか?」
まず、そこが不思議。
魔法だとしても、どうやって出せないようにしているんだろう?
「冒険者ギルドを作る時に、初めに作られるのがギルマスの執務室なんだ。部屋全体に魔法が掛けられる。その1つがギルマスの証が出せないようにする魔法だ。ギルマスは1日に1回部屋に魔力を流して、ギルマスの執務室を維持する役目がある。細かい事はギルマスだけに伝わっているな」
お父さんの言葉に頷く。
でも、少し考えて首を傾げる。
「魔力を流さないと、どうなるんですか?」
「王都の冒険者ギルドに、異常を知らせる仕組みになっているんだ。ギルマスが魔力を流せないのは異常が発生した時だからな。ギルマスが急死した場合は他の者が魔力を流すんだが、ギルマス以外が魔力を流しても、王都の冒険者ギルドに知らせが行くようになっている」
なるほど。
魔力の供給を止めて、執務室から出すという方法は取れないか。
……でも、ギルマスの証に掛かっている魔法を止めない限り、執務室から出すことは出来ない。
何らかの方法で、ギルマスの証にだけ魔力を流さないとしたら?
出来るかな?
「ギルマスの証にだけ魔力を流さない方法とかありますか?」
私の質問にジナルさんが驚いた表情をする。
「確かにあるが、それが出来るのは1人だけだ。ギルマスの証は毎日使用するからな」
そう、1人だけ。
亡くなったギルマスさんだけ。
やっぱり、ギルマスさんが隠したと考えた方がしっくりくる。
「ギルマスさんは、自分が狙われている事に気付いていたんじゃないでしょうか? それに周りも当てにならない事を知っていた」
ギルマスさんの周りは、お金でどうにでもなる人たちばかりに見える。
そんな中で自分の命が狙われているとしたら……。
「それはあるかもしれない。だが、ギルマスだけで対処が無理な場合は、王都の冒険者ギルドに応援を依頼できる」
フィーシェさんの言葉にジナルさんが頷く。
「もしその手段が取れない状況だったら?」
お父さんの言葉にジナルさんたちが考え込む。
ギルマスは応援を依頼したいけど、出来ない状況。
ギルマスさんはどんな状況に追い込まれていたのだろう?
そうだ、テイマーだったんだ。
「ギルマスさんのテイムした魔物はどこですか?」
「えっ? テイムした主人が死んだら契約がなくなる。だから、どこかへ行ったんじゃないのか?」
そうだろうか?
「テイマーとして有名だったのは、魔物との仲が良かったからではないのですか?」
「どうだろう? ただ、討伐には必ず一緒に行動をして、まるでギルマスと息がぴったり……そうだな。今思えば、仲が良かったよ。いつも一緒で、楽しそうに話をしていたのを見た事がある」
フィーシェさんの言葉にジナルさんが頷く。
「仲が良かったのなら、ギルマスが殺されたらきっと怒ると思います」
「にゃうん!」
シエルの声に、全員が視線を向ける。
そこには尻尾をピンと立てたシエルがいた。
「怒っていると伝えたいの?」
「にゃうん」
やはりソラたちは、この村のギルマスさんの事を知っているようだ。
どうやって知ったんだろう?
「人質に取られたんじゃないか?」
お父さんの言葉に首を傾げる。
人質?
魔物が?
「そう言えば、ギルマスになるのを承諾したのは、テイムした魔物が高齢になったからだと聞いた事があるな。別の魔物をテイムしたらと言われたが、『俺の仲間はこいつだけだ』と言ったとか。その時はテイマーと魔物の関係が重要だとは思わなかったから、不思議に思ったんだった」
ジナルさんが私を見る。
それを不思議に思って見つめかえす。
「今なら、テイマーと魔物との関係がどれほど重要か理解出来る。ギルマスは本物のテイマーだったんだろう」
ジナルさんの言葉にフィーシェさんが頷く。
「何があったのか知りたいが、ここで話していても限界があるな。とりあえず、ギルマスの証が本当に執務室に無いか確かめてくる。噂は予定通り流していいな?」
ジナルさんの言葉にフィーシェさんが頷く。
「店主にも言ってあるから、既に動いているはずだ」
もう動いているのか。
早いな。
「俺たちは、捨て場で必要なものを確保してくるよ。そろそろ皆のポーションとか切れるし」
お父さんの言葉に、マジックバッグに残っているポーションなどを思い出す。
確かに補充が必要な量になっている。
「分かった。奴らが動くとしたら午後からだから、捨て場には午前中に行った方がいいだろう」
ジナルさんの言葉にお父さんが私を見るので頷く。
いつこの村を出発することになるか分からないから、いつでも問題ないように準備しとかないと。
それにしても、どんどん問題が複雑になっていく。
 




