533話 もしもの時は
話をするためにジナルさんたちの部屋に来たが、ちょっと後悔する。
しかもお風呂に入って温まったはずなのに、ジナルさんを見ると足から冷えていくような気がする。
錯覚だけど。
「ジナル、落ち着け」
「ははっ。やだな~、落ち着いているよ」
ジナルさんとフィーシェさんの会話を、温かいお茶を飲みながら眺める。
これは話しかけるのは危険だ。
うん、危ない。
「俺が話すよ」
フィーシェさんがジナルさんの様子に諦めたようにため息を吐くと、お父さんと私を見る。
「始めに、仕事の事だけど仕事の依頼者が犯罪者なので、依頼相手に問題ありとして処理することにしたから」
依頼者が犯罪者?
えっと、貴族の人だったよね。
証拠が出たって事かな?
「その犯罪とは?」
お父さんの言葉に、フィーシェさんが呆れた表情になる。
「殺人の隠蔽に手を貸したと判断した」
殺人の隠蔽……。
「その隠蔽に、両ギルドが関わっている事も確認が取れた」
フィーシェさんの説明にお父さんが首を横に振る。
「分かった」
この短時間でそこまで確認できたんだ。
すごいな。
と言うか、これって一番最悪な状況だよね。
フィーシェさんの言葉にジナルさんの怒りが深くなったのか、ぞくりと背中を何かが駆け抜ける。
これって殺気?
チラリとジナルさんを見て、すぐに視線を逸らす。
怖い、とても怖い。
「だから、ジナル抑えろ! 2人に素を見せすぎだろうが!」
「ん? あぁ、悪い。気が緩んだ」
そうなんだ。
素を見せてくれるのは嬉しいけど……嬉しいけど、心から喜べない。
「さすがにその殺気は抑えてくれると嬉しいかな。アイビーの顔色が悪い」
お父さんの言葉に、ジナルさんが慌てて私を見る。
自分がどんな顔色をしているのか分からないが、私を見た瞬間重い空気が消えた。
「悪い。大丈夫か」
「えっと、はい。大丈夫です」
一度深呼吸すると、気持ちが落ち着く。
「すごいですね。短時間でそこまで調べるなんて」
どうやって調べたんだろう。
すごく不思議。
「あ~、いや、そうじゃない」
私の言葉にジナルさんが、首を横に振る。
それに私が首を傾げる。
お父さんは特に何も思わなかったようで、反応していない。
もしかして、何か知っているのかな?
「ちゃんと説明しておくか。まずこの宿なんだが」
ジナルさんが、私の顔をまっすぐ見て説明を始める。
真剣な表情に、背筋を伸ばす。
「はい」
「この宿『あすろ』は避難場所として使われている場所なんだ」
避難場所?
「例えば、貴族から無理やり関係を迫ら……。今のは忘れろ。えっと、犯罪現場を目撃したために、命を狙われる事がある。そんな者たちを匿う場所だ。他にも珍しいスキルのために狙われた子供と両親を匿ったりする事もある」
ジナルさんの言葉に頷く。
最初の説明でも大丈夫なんだけどな。
「あすろと言う名前を、他の村や町で見た事は無いか?」
「あります」
お姉ちゃんと泊まった宿もその名前だったし、他の村でも見た記憶がある。
「今回短時間で調べられたのは、既にあすろが抱える者たちが調べていたからだ。俺たちは貰った情報が正しいかどうか調べるだけでよかった」
「そうだったんですね」
あすろは各地にあって、あすろが抱えている人たちがいる。
……かなり大きな組織なのかな?
「俺たちはあすろを一番後ろで管理している者に仕えている。王家の調査団なのも、色々調べやすいし情報をいち早く手に入れられるからだ」
「おいっ」
ジナルさんの言葉にフィーシェさんが少し焦る。
確かに、最後の情報は言う必要が無い。
お父さんも、それに気付いているのか少し警戒している。
「分かっているが、ドルイドもアイビーも鋭い。しっかりここで話しておいた方がいいだろう。それに、知らない間に色々な事に巻き込まれているし、何かあったらあすろに避難するという選択肢を増やしてもいいだろう」
ジナルさんの言葉に、お父さんと私は苦笑する。
確かに、色々な事に巻き込まれているけどさ。
でも、今回の事はジナルさんのせいだと思う。
ジトッとジナルさんを見ると、私の視線に気付いて少し視線を逸らされた。
「今回の事は俺のせいだな。簡単に済むと思ったんだ。貴族の名前を聞いて、あれは馬鹿だから。それにこの村は、一番最悪な組織とは繋がっていないから油断した」
貴族を馬鹿って言ってしまった。
それに一番最悪な組織?
「……教会ですか?」
私が知っている一番最悪な組織は教会だ。
特に魔法陣の事を聞いてから、危険度は増している。
「そう。そこだ」
教会と王家が争っているとは聞いた事あるけど、他にも教会と戦っている組織があるんだ。
噂でも聞いたことが無いな。
「でも、内緒な」
ジナルさんの言葉に、お父さんがため息を吐く。
お父さんを見ると、呆れた表情でジナルさんを見ていた。
その様子に首を傾げる。
今のジナルさんの言った事に、驚いた風ではない。
「お父さん気付いていたの?」
私の言葉に、ジナルさんとフィーシェさんがお父さんを見る。
「昔、ちらっと噂を耳にした。教会を追っている組織があると。ただ、その噂はすぐに消えた。あまりにもあっさり噂が消えたから、何らかの力が働いたと思ったんだ。数年後、裏の仕事が増え始めた時に気付いた。噂の組織が実在しているかもと。でも、関わるつもりが無かったから、避けたけどな」
「ドルイド。お前、どんな生活してきたんだ? 普通の裏の仕事では、俺たちに関わる事は無いはずだ」
お父さんの言葉にフィーシェさんが唖然としている。
普通の裏の仕事という言葉にも違和感を覚えるけど、普通じゃない裏の仕事って……。
お父さんを見ると、気まずそうに私を見た。
そしてすっと視線を逸らす。
「まぁ、その……色々とだな」
お父さんの返答に、ジナルさんとフィーシェさんが首を傾げる。
「昔の事だから、気にしてないよ」
これからは気を付けてくれるって言ったし。
私の言葉にホッとした表情をするお父さん。
それにジナルさんたちが、苦笑した。
「なるほど、アイビーに怒られたな」
ジナルさんの楽しそうな声にお父さんの眉間に皺が寄る。
「ジナルたちと会った時は、全く気付かなかった。ただ、掴んでくる情報とその早さに違和感を覚えたんだ。で、教会への警戒心を見て、組織の事を思い出したんだ。ただ、関わるつもりは無い」
お父さんの言葉にジナルさんたちが頷く。
「分かった。俺たちもこっちの事に関わらせるつもりは無い。だから安心してくれ」
その言葉にお父さんが微かに息を吐いた。
どうやら心配していたようだ。
「しかし、ドルイド。そうとうやばい仕事をこなしてきたな。それも1回や2回じゃないだろう」
ジナルさんの言葉に、お父さんが肩を竦める。
「過去の事は忘れた。綺麗さっぱり忘れた」
お父さんの言葉に、フィーシェさんが噴き出す。
これは、絶対に覚えているんだろうな。
「まぁこれからは、アイビーがいるんだから無茶はしないか」
「当然」
ジナルさんの言葉に、すぐに返すお父さん。
その返答にホッとする。
ただちょっと気になる。
昔の事は気にしないと言った。
だけど、普通じゃない裏の仕事っていったいどんな仕事なんだろう。




