531話 カタカナ!
「アイビーの感覚が怖い」
階段を上がっている最中に、ジナルさんから言われた言葉に首を傾げる。
「どういう意味ですか?」
「あの店主の変わりようを見て、興味を持たなかったか?」
相変わらず、鋭いな。
「面白い人なのかなと思って、話してみたいとも思いました。へへっ」
私の言葉に、ジナルさんが呆れた表情をした。
「悪い奴ではないが、どう見たって胡散臭い奴だろ? それを面白いって……」
ジナルさんの言葉にお父さんがため息を吐く。
「そんな奴をアイビーに紹介するな」
「でも、お父さん。店主さんの雰囲気って師匠さんに似てたよね?」
私の言葉にお父さんが嫌そうな表情をする。
「そんな表情をしなくても」
「いや、師匠って。……確かに、人を小馬鹿にしてそうな雰囲気は似てるか」
小馬鹿か。
さっき、冒険者たちが凄んでいたけど完全に相手にしてなかったよね。
あの時は、冒険者のあまりの態度に気付かなかったけど。
思い出すと、わざと煽っていた節がある。
煽って揶揄って楽しんでいたような……。
「アイビーの、これまでの交友関係にすごい興味があるな」
フィーシェさんの言葉に、これまで出会ってきた人たちを思い出す。
「皆いい人たちですよ。私の言葉に耳を傾けてくれるぐらい心が広くて」
子供の言う事をちゃんと聞いて応えてくれる人たちばかりで、信じていいって思わせてくれた。
今、思っても本当にいい出会いを……あれ?
「あっ! お父さん、ふぁっくす忘れてる!」
「あっ」
皆にふぁっくすを送ってそのまま放置しちゃった。
心配掛けてるかもしれない。
この村で……問題がありそうなこの村で?
「次の村に行ったら、送るか」
お父さんも、この村に不安があるんだろうな。
「うん。次は忘れないように送ろうね」
「そう言えば、ふぁっくすで魔法陣について訊いていたな」
ジナルさんの言葉に頷く。
ジナルさんたちには、ふぁっくすの相手を話した事があったな。
「はい」
「確かラトメ村のオグト隊長とヴェリヴェラ副隊長、炎の剣と雷王……他にも……あの時は、他の事に気を取られていたが、改めて考えるとすごい者たちばかりだな。見事に一癖も二癖もある者たちばっかじゃないか」
ジナルさんの言葉に首を傾げる。
「癖だったら、ジナルさんが一番だと思うけどな」
思い出して比較してみるが、性格に難があるのは一番はジナルさんだと思う。
特に、素を見せないところが他の人とはレベルが違いすぎる。
「え~、アイビー? それってどういう……」
「うん、一番掴みどころ無くて。性格が捻くれているというか……いや、これも作ったものかもしれないから当てにならないか。ん~……やっぱり一番癖が強いのはジナルさんですね。でも、それがジナルさんの優しさですよね」
相手に負担を与えないように、見事に隠しきってしまうからね。
ただそれをされてしまうと、ちゃんとお礼が言えなくなってしまうので、私としては気になるけど。
「……アイビー……」
んっ?
ジナルさんの、いつもとは違う声に下を向いていた視線を前に向ける。
なぜか、なんとも言えない表情をしているジナルさんと、苦笑をしているお父さんとフィーシェさんが私を見ていた。
あっ、余計な事を言っちゃったのかな?
でも、間違った事は言っていないと思う。
いや、もう少し言葉を選んだほうが良かったかも。
「えっと、ジナルさん?」
私がジナルさんの名前を呼ぶと、彼の手がすっと私の頭にのびクシャっと髪を撫ぜた。
彼に視線を向けると、なぜか顔を逸らしていた。
「ん?」
「部屋はあそこだ」
頭から手を放したジナルさんが、すっと廊下の奥にある部屋を指す。
そして、とっとと歩き出してしまう。
怒っているわけではないだろうけど、何だろう?
「気にしなくていいぞ。行こう」
フィーシェさんの言葉に頷いて、部屋へ向かう。
「店主と話した後、少し探りに行ってくるから。ドルイドたちはゆっくり休憩しておいてくれ」
ジナルさんが部屋の鍵を開けながら、お父さんへ視線を向ける。
「手伝わなくていいか?」
お父さんも噂を拾ってくるの上手いもんね。
必要なものと、不必要なものをかぎ分けるのが上手いんだよね。
お父さん曰く、経験で判るようになるらしい。
「いや、今日は宿から出ないほうがいい。マリャと親子の噂が、あれからどうなっているか調べるから」
お姉ちゃんを保護したのが親子だったと言う噂か。
確かに、あれから何か変化があったのか気になる。
「分かった。頼む」
お父さんと割り当てられた部屋に入る。
思ったより広くて快適そう。
「1階に風呂があるみたいだ。時間は朝の10時から12時までが掃除で使用不可だけど、その時間以外ならいつでも浸かれるみたいだ。声が漏れないように、マジックアイテムを起動させておくな」
「ありがとう。お風呂があるんだね。後でゆっくりお風呂に入りに行こう」
「そうだな。旅の疲れを癒すか」
最後はサーペントさんたちに乗っての移動だったから、全く疲れてないけどね。
そう言えば、この宿についてお父さんに訊いてもいいのかな?
ジナルさんたちが説明すると言っていたけど……。
後でジナルさんに訊こう。
何か、意味があるのかもしれないしね。
ひと通り部屋を見て、問題ないとお父さんが判断したのでソラたちが入ったバッグを開ける。
お父さんはトロンの入っているカゴの蓋を開けている。
「ぷっぷぷ~」
「てりゅ~?」
「にゃうん」
「……ぺふっ」
バッグから飛び出してきたソラたちは、さっそく部屋の中の探索を始めた。
「アイビー、部屋の鍵は締めたか?」
「あっ、忘れてた」
許可なしで、部屋に入ってくる者はいないだろうけど、もしもという事がある。
「すごいな、夕飯に希望の料理を作ってくれるみたいだぞ。昼までに希望を出せば当日、無理な場合は翌日だって」
お父さんが、1枚の紙を見ながら楽しそうに言う。
その紙を横から覗きこむ。
そこには、料理名とその料理の簡単な説明が書いてあった。
ボルシチ、ストロガノフ? シチー?
……ボルシチってどこかで聞いたことがあるような?
それに、ストロガノフって何だろう、惜しいような気分になる。
「初めて見る料理名だな。ちょっと気になるな。頼んでみるか?」
「うん」
あっ、料理名が全てカタカナだ。
……あれ?
料理名を見る。
全て前世で使っていた、カタカナで書かれている。
……どういう事?
「待った、ふぁっくす!」
「ふぁっくす? アイビー?」
そうだ、なんであの時に疑問に思わなかったんだろう。
ふぁっくすを見た時に、カタカナだと思ったのに!
おかしいよ。
この世界にはちゃんとオードグズの文字がある。
なのに、どうしてふぁっくすの文字がひらがななの?
それにこの料理名。
文字はカタカナだ。
今まで呼び名が前世と同じ物をいっぱい見てきた。
でも文字まで。
あれ?
そう言えば、屋台でもひらがなを見た気がする。
あまりにも普通に混ざりこんでいたから、気にも留めなかった。
「えっと、アイビー? ふぁっくすがどうしたんだ?」
「お父さん、頭が大混乱」
「おぉ。どうした?」
お父さんの戸惑った表情を見て、ちょっと冷静になる。
「ふぁっくすと言う文字は、オードグズの文字ですか?」
「文字? あぁ、あのちょっと変わった文字か。オードグズの新しい文字だな。そう言えば、最近はこっちのちょっと角ばった文字も増え始めたな」
「ふぁっくすの文字と、この料理名に使われている文字、私の前世で使っていた文字なんです」
「えっ。それならアイビーの他にも、確実に前世持ちがいるという事だな」
そうなる。
しかも、ひらがなは前からで、最近になってカタカナが増え始めた。
それって、前世持ちは1人じゃないという事なのかな?