529話 ギルマス候補
少し前の事を思い出してみる。
……間違いない。
商業ギルドから「依頼人が二度と依頼できないように証拠品を運んで欲しい」という事だった。
なのに、冒険者ギルド?
「冒険者ギルドが、絡んでくる可能性があるのか?」
「今回の仕事を聞いてから、ずっと何か違和感があったんだ。ずっと考えていて、思い出したんだよ。今から行く、オカンケ村の冒険者ギルドのギルマスが不在だったと」
ギルマスがいないの?
「不在?」
あれ?
お父さんが不思議そうな表情をしている。
知らなかったのかな?
「そう。隠されているが、洞窟の崩落に巻き込まれて亡くなってるんだ。で、後釜がまだ決まっていない。少し前の噂では、後継者争いでごたごたしていると聞いた。それでもしかしたら、今回の事にギルマス候補が関わっているんじゃないかと考えたんだ。最悪、冒険者ギルドの中に協力者がいるかもしれない」
ギルマス候補が。
でもマジックアイテムが壊されたと騒ぐ事が、どうしてギルマス候補の役に立つんだろう?
お金?
「証拠の無い完全な憶測だが、貴族にいちゃもんをつけられて困っている冒険者に、ギルマス候補が恩を売っているのではないかと」
「恩ですか?」
「そう。貴族に目を付けられた冒険者は、他から嫌厭される。巻き込まれたくないからな。もし、その問題が表面化する前に解決出来たら、それをしてくれた者に恩を感じないか?」
ジナルさんの言う通り、冒険者は貴族には弱い。
それは上位冒険者でも同じだった。
同じ冒険者仲間だとしても、貴族に目を付けられたら距離を置くだろう。
誰だって、巻き込まれたくはない。
そんな時に手を差し出してくれたら、しかも問題も解決してくれたとしたら。
「すごく恩を感じると思います」
冷静に考えればどこかに違和感はあるのだろうけど、追い詰められている状態だと気付けないだろう。
「助けられたと思った冒険者が、助けた者をギルマスにと支持する。冒険者からの支持は重要視されるからな、ギルマスに1歩近付くというわけだ」
なるほど。
でも正直に言って、今ジナルさんから聞いた方法は……、
「しみったれたやり口だな」
お父さんの言葉に頷く。
私も、それを思った。
どうにも小物感が伝わってくるというか……。
そんな人がギルマスになったら、色々大変だろうな。
「ははっ。だよな」
「だが今回の依頼は商業ギルドからだろう? 冒険者ギルドが口を出してくる事は少ないと思うが」
お父さんの言う通り。
冒険者ギルドも商業ギルドも協力はするけど、口を挟まれるのは嫌がるもんね。
最悪の場合、両ギルド職員を巻き込んだ大げんかになる事もあると聞いた。
「だから、最初は気付かなかったんだ。でも、手を組んだんじゃないかと。商業ギルドのギルマスは2年前に入れ替わっている。手腕はそこそこの問題あり」
ジナルさんの言葉にお父さんが呆れた表情を見せる。
そこそこの問題ありの人がトップに就くことがあるんだ。
「オカンケ村は人員不足ですか?」
フィーシェさんが、肩を竦める。
「人員不足ではなく、ちょっと金に弱い人間が多いんだよ。オカンケ村は昔からだな」
つまり商業ギルドのトップには、お金で就いたという事か。
でも、問題ありの人をその地位に就けて大丈夫なのかな?
何かあった時の事を考えると、不安しかない。
「オカンケ村に住む人たちが、可哀想ですね」
私の言葉に、ジナルさんが頷く。
「あぁ。金に弱い奴がトップに就くと、害を被るのは村民だからな」
すっと鋭い視線になるジナルさん。
それにちょっと背筋が伸びる。
何かあったのだろうか?
すごく、怒っている。
ジナルさんを見ていると、小さく深呼吸したのが見えた。
「先にオカンケ村に行って、急いで調べてくる。だから、サーペントたちと待っていて欲しい」
一瞬で変わる雰囲気に、少し前の緊張感が無くなりホッとする。
「分かりました。待ちます」
あっ、でも急ぐ必要があったら駄目だよね。
「サーペントさん、急いで行く必要はあるの?」
私の言葉に首を横に振るサーペントさん。
「よかった。少し待っててね」
サーペントさんの答えに嬉しそうに笑うジナルさん。
フィーシェさんも何気に嬉しそうなので、急ぎじゃなくて良かった。
「これからすぐに村に行くのか?」
「あぁ、早い方がいいだろう。噂はすぐに拾えるだろうが、両ギルドの上の情報は時間が掛かるかもしれない」
お父さんの言葉にジナルさんが、乗ってきたサーペントさんの鼻を撫でる。
嬉しそうに鼻を押し付けるサーペントさん。
今度は力加減が上手く出来たみたいで、ジナルさんが飛ばされる事は無かった。
それが嬉しかったのか、サーペントさんの尻尾がバシンと地面を叩く。
その瞬間、ぐらりと揺れる地面。
「うわっ」
「おっと」
「きゃっ」
ジナルさんとフィーシェさんの慌てた声と私の声が森に響く。
次の瞬間、体が傾いたので目をギュッとつぶると、何かに包まれたのが分かった。
目を開けると、お父さんに抱えられている事に気付く。
そして、そのお父さんをサーペントさんが体を使って支えていた。
すごい、あのたった一瞬で?
お父さんとサーペントさんに、つい拍手を送ってしまう。
「ありがとう。お父さん、サーペントさんも」
私の言葉に、お父さんが私を見てほっとした表情を見せた。
サーペントさんはそっと私に顔を近付け、少し上下に揺れた。
「サーペント、ありがとう。転がらずに済んだよ」
お父さんがお礼を言って、近付いたサーペントさんの鼻を撫でると嬉しそうにする。
「いてっ」
声が聞こえた方を見ると、ジナルさんとフィーシェさんが尻餅をついていた。
「すごい力だな。地面が揺れたぞ」
フィーシェさんが、立ち上がりながらサーペントさんの尻尾に視線を向ける。
地面を揺らしたサーペントさんは、どこか気まずい雰囲気を出している。
それを笑ってジナルさんが撫でる。
「気にするな。大丈夫だから」
その言葉に、そっとジナルさんのお腹辺りに顔を持っていくサーペントさん。
その行動が反省をしているようで、可愛い。
「よしっ。いつまでもここにいても進まないからな。行くか」
フィーシェさんが荷物から地図を出して見る。
「あっちか?」
フィーシェさんが指した方向を見たサーペントさんたちが一斉に首を横に振る。
それを見たフィーシェさんが首を傾げて反対方向を指す。
それに頷くサーペントさんたち。
よかった。
迷子にはならなくて済みそう。
「おかしいな?」
「どうした?」
フィーシェさんが地図の上下を変えて首を傾げているのを、ジナルさんが横から地図を覗きこむ。
「この岩と木の位置から、左だと思ったんだが」
「そうだな。待った。ここにも岩と木が描かれてないか?」
2人で地図を見ながら、今いる場所を確認しているがどうも様子がおかしい。
「何かあったのか?」
「さっき見た印が、村道の左右両方に描かれているんだ。1ヶ所のはずなんだが」
つまり同じような印が2つあるという事?
ジナルさんの説明に、首を傾げる。
「その地図が間違っていることは無いか? もしくは、新しく印ができたのかもしれない」
お父さんの言葉に、フィーシェさんが首を横に振る。
「どちらにしても、この地図は危ないな。新しくなったというからせっかく買ったのに」
地図だけを頼りに旅をする人は居ないけど、大切な命綱の1つだからね。
「ジナルたちが、村の中を調べている間に調べようか? アイビー、いいか?」
「いいよ」
旅をする冒険者たちに役立つ事だしね。
「悪い。助かるよ」




