521話 またまた登場?
「シエル、さすがにここは無理だよ?」
「にゃうん?」
ドーリャたちと別れてから6日目。
シエルの案内で森を進んできたが、ある場所で足を止める事になった。
目の前には、高くそびえるほぼ直角の崖。
シエルはその崖を見上げている。
まさかこれをよじ登れと?
想像してみるが、無理だ。
どう頑張っても、途中で力尽きると思う。
「シエル、もしかして迷子か?」
お父さんの言葉に、シエルが不服そうに尻尾を地面に叩きつける。
砂埃が風に乗って周りを舞う。
「ごほっ。悪い。でも、さすがにこの崖を登るのは無理だから」
「にゃっ!」
シエルはお父さんの言葉に不服そうに鳴くと、もう一度崖を見上げる。
さっきから崖上を見ているけれど、何かあるのかな?
「上に何かあるんじゃないか?」
ジナルさんも気付いたのか、崖の上をじっと見つめる。
「ん?」
ジナルさんの雰囲気が一瞬で緊迫した物に変わると、お父さんとフィーシェさんが剣に手を掛けた。
3人の様子にちょっと緊張するが、確認のため崖の上を見ると何かが動いていることが分かった。
しばらくすると、ぬっと崖から何かが飛び出してくる。
あれ?
あの形って、それにこの魔力は……。
「あっ!」
崖から、その何かが体を大きく乗り出した。
「なっ!」
それを見た瞬間、ジナルさんとフィーシェさんが剣を鞘から出した。
が、お父さんと私の緊張はすっと消える。
「サーペントさん!」
「「えっ?」」
私の言葉にジナルさんとフィーシェさんが驚いた声を出したが、私はそれに気付くことなく手を振る。
崖の上のサーペントさんは、私の手の動きに合わせて体を左右に揺らしてくれた。
あれっ、増えた。
「1匹じゃなかったんだ。何匹だろう?」
下から見た数だと大きいサーペントさんが4匹かな?
ちょっと小ぶりのサーペントさんが3匹?
「また、会ったな」
お父さんの言葉に、嬉しくなって笑顔を返す。
「……はぁ」
隣から大きなため息が聞こえたので見ると、ジナルさんが剣を鞘に戻していた。
剣を抜いていたジナルさんに驚きの視線を向けると、ジナルさんが苦笑した。
「サーペントたちだと気付けなかった」
どうやら、影からはサーペントさんたちと判断できなかったみたいだ。
確かに、影だけで判断するのは難しかったかもしれないな。
私は、知っているような影の形とどこかで感じた事がある魔力から、崖上にいるのがサーペントさんたちだと判断した。
「えっと、前に感じた事がある魔力だったので、気付いたんですよ」
「魔力か……あぁ、もしかして俺たちを乗せてくれたサーペントたちか?」
魔力を感じたのかジナルさんが、嬉しそうに崖上に手を振った。
それに反応したのか、崖上のサーペントさんたちの揺れ方がちょっと大きくなる。
フィーシェさんも嬉しそうに手を振り返している。
「どうやって、あそこに行けばいいでしょうね」
崖を登るのは無理なので、迂回してサーペントさんたちのもとへ行く事になるだろう。
「おい、下りてくるみたいだぞ」
お父さんの言葉に慌てて上を見る。
サーペントさんたちは、目の前の崖から身を乗り出している。
「まさか、この崖を下りてくるつもりなのかな? 大丈夫なのかな?」
あの巨体が落ちてきたら、無事ではいられない。
「彼らが大丈夫と判断したんだから、大丈夫だろうけど……」
お父さんの言葉に頷くが、不安で動悸が激しくなる。
崖から体をぐっと乗り出したサーペントさんたちは、不安定に左右に揺れているように見える。
その姿に不安が煽られる。
じっと見つめていると、ついにサーペントさんの体が完全に崖上から離れた。
怖くなって、ギュッと目をつぶる。
「すごい、まっすぐ下りてくるんだな」
ジナルさんの声が聞こえたので、そっと目を開ける。
「あっ」
崖をこちらに向かって、一直線に下りてくるサーペントさんたちの姿が目に入った。
小さかったその姿が、どんどん大きくなっていく。
「ぶつからないよな?」
フィーシェさんが、下りてくるサーペントさんたちを見ながら不安を口にする。
確かにすごい速度で、崖を下りてきている。
近付くその姿に数歩体が後ろに下がると、目の前のサーペントさんたちが次々と木々に向かって飛んだ。
「すごっ!」
ジナルさんの言葉を耳に、森に視線を向けるとガサガサ、ガサガサと木々のこすれる音が聞こえた。
しばらくすると木々の間から姿を見せたサーペントさんたち。
それにホッと安堵して、サーペントさんたちに駆け寄る。
「怪我は?大丈夫?」
私の言葉に首を傾げる7匹のサーペントさん。
意味が分からないのだろうか?
「彼らにはあれが普通なのかもな」
お父さんの言葉に、下りてきた時のサーペントさんたちを思い出す。
不安そうでもなく普通だった。
「そっか。見てるこっちはすごくドキドキしたけどね」
「そうだな。ジナル、フィーシェ?」
お父さんの言葉に2人を見ると、地面に座り込んでいた。
「どうしたんですか?」
私の質問に、楽しそうに笑うジナルさん。
それに首を傾げる。
「いや、崖の前に来て登るのかと唖然としたり、魔物に緊張したり、サーペントたちだったからホッとしたら、落ちてくるような速さに恐怖を感じたり。くくっ。あはははっ」
確かに、この短時間ですごい色々あったな。
「久々に、こんなにオロオロしたな」
フィーシェさんの言葉にジナルさんが頷く。
オロオロ?
サーペントさんたちに集中していたから、2人の様子を見ていなかった!
オロオロする2人なんて絶対に貴重なのに!
「アイビーさん、なんでそこで悔しそうにしているのかな?」
ジナルさんの丁寧な言葉に、慌てて首を横に振る。
「いえいえ、何も……ふふっ」
私の返答に、ニコリと音がしそうな笑顔を見せるジナルさん。
オロオロする姿ぐらい見せてくれてもいいのに。
私は、常々見せているんだし。
「はぁ、しかし本当にアイビーたちといると退屈しないな」
フィーシェさんの言葉にお父さんが苦笑する。
「昔の俺を見ているようだ」
お父さんの言葉に首を傾げる。
オロオロしたお父さんなんて見た事はないけどな。
いつの事だろう?
「てりゅ~」
「おっ、フレムも同じ意見か? まぁ、あの時はフレムに随分とお世話になったからな」
「てりゅ、てりゅ~」
お父さんとフレムの会話に、眉根が寄る。
本当にいつの話なんだろう?
全然知らない。
ふっと影が差したので見上げると、サーペントさんの顔があった。
手を伸ばして鼻のあたりを撫でると、気持ちがいいのかすっと目が細まる。
サーペントさんたちはこの辺りが気持ちいいのか、撫でるとうっとりした表情をする。
私とサーペントさんの様子をじっと見る、ジナルさんとフィーシェさん。
「前に思ったが、本当によく懐いているよな」
ジナルさんが立ち上がって傍に来ると、サーペントさんも体を伸ばして顔を近付けた。
ジナルさんが手を伸ばし、鼻のあたりを撫でる。
それを見ていた他のサーペントさんたちが、ジナルさんとフィーシェさんにわらわらと寄って行く。
「待て! 順番だ!」
ジナルさんとフィーシェさんが、サーペントさんにもみくちゃにされていく。
「珍しいな、あんな事をするなんて」
本当に、珍しい。
皆いい子で、順番に来てくれるのに。
どうしたんだろう?
「もしかして、剣を抜いたからかな?」
私の言葉に、サーペントさんたちが少し反応する。
それに私とお父さんは気付いたが、遊ばれているジナルさんたちは気付かない。
「ぷっ。まぁ、しばらくしたら落ち着くだろう」
「ふふっ。そうだね。シエル、ありがとう」
サーペントさんたちが近くにいる事を教えてくれたシエルにお礼を言うと、嬉しそうに尻尾を揺らした。
それにしても、よく会うな。
もしかしたらサーペントさんたちも、王都へ向かっているのかもしれないな。
前回、更新の曜日を間違えました。
ごめんなさい。