520話 洞窟でゆっくり
「それって今もじゃないか? 5年ほど前に王都に行った時も、酒場で噂を聞いた気がする」
お父さんの言葉に、フィーシェさんが頷く。
「ひと月に2、3件の目撃情報が今もあるみたいだな」
つまり……まだ、王城に男の幽霊がいるって事?
それも一月に2、3件?
多くない?
彼の目的は、なんなんだろう。
もし王太子を王位に就かせたくなかったのだとしたら、目的は達成している。
でも、今も王城に姿を見せるという事は、他にも目的があるという事なのかな?
「いつもは考えないが、こう話してみると王家は陰気臭いな。呪いや化け物。今は継承問題で、兄弟で潰し合いか」
ジナルさんの言葉に、頷く。
まぁ、継承問題とかあるから綺麗ではないと思っていたけど、呪いは考えなかったな。
「あれ? 結構な時間になってるな。そろそろ寝床の準備をするか」
お父さんの言葉に周りを見ると、ソラたちと視線が合う。
あっ、ソラたちのご飯!
「ごめん。皆のポーションを出すの忘れてた! すぐ用意するね」
お父さんと手分けして、ソラたちのポーションをマジックバッグから取り出し並べていく。
ソルの前にはマジックアイテムを並べる。
皆が一斉に食べだしたので、洞窟内に奇妙な音が響く。
「しゅわ~、しゅわ~、しゅわ~」
「ぐしゃ、ぐしゃ、しゅわ~、しゅわ~」
この音。
洞窟内で急に響いてきたら、怖いだろうな。
それにしても、皆いい食べっぷり。
「ソラやソルたちが各町や村にいたら、ゴミ問題は一気に解決しそうだよな」
「アイビーも必要だけどな」
ジナルさんの言葉に、お父さんが真剣に返すのを聞いて苦笑が浮かぶ。
「この辺りに、マットを並べたらいいか? そっちから確認してくれ」
フィーシェさんが洞窟内でも平らな部分を指すと、ジナルさんが対角線上に立ち地面を見つめる。
「大丈夫みたいだ」
ジナルさんの許可が下りたので、寝る時に使うマットを並べていく。
2人はなるべく平らな部分を探してマットを敷く。
斜めで寝ると、体が休まらないらしい。
木の上で寝ていた私から言えば、地面の上で寝られるだけで嬉しいが。
「テントは要らないかな?」
「必要ないだろう」
ジナルさんがお父さんに訊くと、お父さんは近くで寝そべっているドーリャたちを見る。
そこにシエルもいる。
彼らがいる以上、他の魔物が襲ってくる可能性はほとんどない。
「だよな」
ジナルさんもお父さんの視線を追って、ドーリャたちを確認すると苦笑を浮かべた。
この環境で私たちを襲ってきたら、それはそれですごい。
勇気ではなく無謀の方で。
「洞窟内を少し調べてくるな」
お父さんの言葉にシエルがさっと、立ち上がる。
なぜか1匹のドーリャも立ち上がっている。
「シエルは分かるが、お前も一緒に行くのか?」
お父さんの言葉に、ドーリャはソワソワしだす。
その行動がなんとも可愛い。
「くくっ。一緒に行くか。シエルもよろしくな」
「にゃうん」
お父さんに頼られたシエルは、嬉しそうに尻尾を揺らした。
「行ってくるな」
「行ってらっしゃい。気を付けてね」
お父さんに手を振って見送る。
「シエルとドーリャが一緒だから、気を付ける必要はなさそうだけどな」
まぁ、そうだけど。
それでも、気を付けて欲しいと思う。
ジナルさんたちと、使った食器などを洗い寝床の周辺を綺麗に整える。
しばらくすると、お父さんが戻ってきた。
「お帰りなさい」
「ただいま。アイビー、向こうに温かい水が流れている川があったんだ。行ってきたらどうだ?」
「温かい水の川?」
「そうだ。体を洗いたいと言っていただろう?」
お父さんの言葉に、自分の体を見下ろす。
体は拭いているが、やはり沢山の水で洗うのとは違う。
だから、「体を洗ってすっきりしたいねぇ」と数日前にお父さんたちに言った。
あの時は、今何がしたいかという話になって色々言ったと思うが、それを覚えてくれていたみたいだ。
「行っても大丈夫かな?」
私の言葉に、シエルが傍に寄ってくる。
「一緒に行ってくれるの?」
「にゃうん」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
えっ、ソラやフレムたちも?
2匹を見ると、ワクワクした表情をしている。
「遊びに行くんじゃないよ? 水浴びをしに行くだけだからね」
「にゃうん」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「「「ごふっ」」」
増えた!
というか3匹のドーリャが、立ち上がっている!
「あぁあ。これは諦めた方がよさそうだな」
ジナルさんの言葉に、ため息が出る。
まぁ、ゆっくりお湯に浸かれなくても体は洗えるからいいか。
「あまりにも戻って来なかったら、呼びに行くよ。ソラたちも、あまり遊び過ぎないようにな!」
お父さんの言葉に、ソラたちが体を斜めにする。
不服らしい。
「こらっ!」
お父さんが凄むが、ソラたちは楽しそうに飛び跳ねた。
これは、覚悟して行こう。
体を洗うための準備をしてから、お父さんに川のある場所を大まかに訊く。
シエルが知っているだろうけど、頼り過ぎは駄目だからね。
「行ってきます」
「気を付けて……アイビーを疲れさせるなよ」
「にゃうん」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「「「ごふっ」」」
返事だけはいいんだけどな。
シエルが先頭になって洞窟内を進む。
明るめの灯を持って来ているし、周りからたえずソラやフレムの声が聞こえるため怖さはない。
おそらくここを一人で歩けと言われると、きついだろうな。
「こっちかな?」
「にゃうん」
2つに道が分かれているので、お父さんの言葉を思い出して右の道に行く。
しばらく歩くと、ピチャッという音が耳に届いた。
「この音って、水が先にあるのを知らないと恐怖を掻き立てるよね」
「ぷっぷぷ~」
ソラが私のすぐ傍まで寄ってきてくれる。
心配してくれているようだ。
「大丈夫だよ。皆がいるから平気」
私の言葉に、嬉しそうにジャンプするソラたち。
シエルもなぜかスライムになって飛び跳ねている。
いつ変化したんだろう。
最近は変化する速度が速すぎて、気付いたら終わっている。
「ドーリャ、無理しちゃ駄目だよ。たぶん、君たちはソラたちみたいに飛び跳ねられないから」
なぜか一生懸命、ソラたちの真似をしようとしているドーリャたちを止める。
「空気が温かくなってきたね」
夏とはいえ、洞窟内の空気はひんやりしていた。
それが少し変化したと思ったら、目の前に川が見えた。
「あった!」
思っていたより、大きな川だ。
川の傍によると、湯気があがっている。
そっと手を川の水に浸けると、じんわり温かさが伝わってきた。
「温かい。楽しみ」
「ぷっぷぷ~」
「にゃうん」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「「「ごふっ」」」
皆が興奮気味に答えるのに、心配な気持ちが膨れ上がる。
「皆、暴れちゃ駄目だよ。川だから流れちゃうから気を付けてね」
分かっているとばかりに、みんながひと鳴きする。
すごく心配だ。
まぁ、信じよう。
「入ろうか」
私の言葉に、一斉に川に飛び込む皆。
その様子を見ながら、服を脱ぐ。
大きな水音がしたので見ると、ドーリャが川の中にいた。
「ソラ、流されないようにね」
前にも流された経験があるソラに声を掛ける。
「ぷっぷぷ~」
今日は大丈夫かな。
服を脱ぐと髪と体を洗って、川の中に入る。
「気持ちいい」
ちょうどいい岩を見つけたので、座って手足を伸ばす。
「やっぱりいいね~」
「ぺふっ」
声に視線を向けると、顔だけ水面から出しているソルが流れてきた。
「流された……わけでは無いのか」
水の中ではソルの触手が激しく動いている。
どうやら流されたわけでは無く、泳いでこちらに遊びに来たようだ。
「触手って便利だね」
「ぺふっ」




