517話 伝説
「ちょっと気になったんだが」
ジナルさんの言葉に視線を向ける。
フィーシェさんが、食料が入っているマジックバッグからお菓子を取り出しているのが見える。
まだ、食べるんだ。
「なんだ?」
「あっ、ドルイドじゃなくてアイビーに」
「私ですか?」
何だろう?
「占い師の呼び方なんだが、アイビーは『占い師』と呼んでいるだろう? 普通は占い師の後に名前を呼ぶか、もしくはカシメ町の占い師という言い方をするんだが、なぜ『占い師』という呼び方なんだ?」
ん?
占い師の名前?
彼女は、ルーバさんという名前だったよね。
そう言えば、いつから占い師の後ろに名前をつけなくなったんだろう。
あれ?
村では普通に占い師ルーバと呼ばれていたのを、何度も耳にした。
私も最初はそう呼んでいたよね?
「なんでだろう?」
占い師に何か言われた気がする。
確か「名前は……」。
あれ?
何て言われたんだっけ?
色々必死な時期だったからなのか、どうも記憶があやふやだ。
「覚えてないです」
「そうなんだ。まぁ些細な事なんだけど、ちょっと気になってな」
村で会った時は、家族が占い師ルーバと呼んだから、私もそう呼んだはず。
森で会った時は……最初はちょっと警戒してたはず……あっそうだ。
森で初めて会った時、寝て起きたら隣に座っていたんだった。
あれには、すごく驚いた記憶がある。
で、名前は……あの時は占い師の名前を思い出さなかったような……うん、忘れてた気がする。
それで、占い師が隣にいる理由を教えてもらって、森で生きていけるように色々貰って……最後まで名前は思い出さなかったのかもしれないな。
でも、次に会った時は名前を呼んだ記憶がある。
でも確か占い師が……あれ?
何だっけ?
何かあったような気がするけど、思い出せない?
「たいした事じゃないから、気にする必要はないぞ。占い師とだけ呼ぶ者もいるから」
私がずっと考えていたからか、フィーシェさんがそう言ってくれる。
それに頷くと、フィーシェさんがマジックバッグから出したお菓子を差し出した。
1つ貰い、口に入れる。
「あまり食べ過ぎると夕飯が入らなくなるぞ」
お父さんの言葉に首を傾げる。
「今日はこのままこの洞窟に泊まる事になりそうだな」
あれ?
もう、そんな時間なのかな?
そう言えば、シエルが遊んでいた時間は、2時間ぐらいのはず。
この洞窟ではお昼を食べて……2時間ぐらい歩いたはずだから。
「そっか。そろそろ夕飯を考える時間だね」
「アイビー達といると、洞窟でもゆっくり過ごせるからいいよな」
ジナルさんが、お菓子を食べながら笑う。
「洞窟内では、いつもどんな風に過ごすんですか?」
私の言葉に、少し考えて苦笑を浮かべるジナルさん。
「とりあえず、どんな洞窟なのか調べて、少しでも体を休められる場所を探すな。魔物の有無も重要だ。魔物がいたら、離れて様子を見る。こちらに興味がありそうなら、すぐに洞窟から出る事もある。基本、洞窟の中では座らないし食事もしないかな。洞窟内で長期に過ごす場合は、最低5人以上で行動するのが基本だな。5人いれば、洞窟内でも順番に休めるから」
何だかとても大変そうだな。
「アイビーは、どうなんだ?」
「私ですか? えっと、シエルの案内で洞窟内に入って、とりあえず洞窟内を探索して魔石があったら採ったり、休憩をとったり、ご飯を食べたり……寝たりしてますね」
「……ドルイドと2人だよな?」
「ははっ。そうですね」
こんなに違うんだ。
前にちらっとは聞いたけど、シエルがいないと私は一瞬で魔物にやられるな。
「夕飯はどうする?」
夕飯か。
お菓子の食べ過ぎで、お腹空いてないな。
「お腹空いてないな」
ジナルさんの言葉に、全員が頷く。
まさか全員がお菓子の食べ過ぎだとは。
そう言えば、ジナルさんやフィーシェさんが、マジックバッグからどんどんお菓子を出してたっけ。
テーブルを見る。
残っているお菓子はあとわずかしかない。
気付かない間に、かなり食べていたみたい。
「果物ぐらいでいいな」
お父さんの言葉にジナルさんがマジックバッグから数個の果物を出す。
「ジナルさん、赤い実の果物を出してください」
「赤い実? チョーの事か?」
「はい」
「好きなのか?」
「はい。濃厚な甘さが忘れられなくて」
洞窟の近くにしか生えない、チョートという木になる実。
赤い実で、お父さんの拳ぐらいの大きさ。
味はまったりした濃厚な甘さ。
「そう言えば、この洞窟の傍のチョートには、熟した実が何個かあったな」
フィーシェさんの言葉に、洞窟の傍に有ったチョートの木を思い出す。
確かに6個の実が生っていた。
全て収穫させてもらったけど。
「珍しいですよね」
チョートという木は、実をつけても途中で落とすことが多く、熟した実をつけている事が少ない。
つけたとしても1個、多くても2個だ。
なのに、この洞窟の傍のチョートの木は熟した実を6個もつけていた。
かなり珍しい事だ。
「俺も貰うな。久しぶりに食べたくなった」
フィーシェさんがマジックバッグからもう1つチョーを出す。
「子供の頃に聞いたんだが、この実には伝説があったな」
チョーの皮をナイフで剥きながらフィーシェさんが話す。
「伝説ですか?」
お父さんを見ると首を傾げている。
「ドルイドも知らないんじゃないか? 既に無くなった村に伝わる伝説だ。俺の生まれた村の近くの村だったから知っているようなモノだから」
村だけに伝わる伝説。
ちょっと面白そう。
「遥か昔、権力者によって家族を奪われた男性が、ある魔法陣を描き上げそして世界を終わりに導いた」
魔法陣が出てくるんだ。
それはちょっと。
……ん?
チョーの実の伝説なんだよね?
何処にもチョーの実が出てこないんだけど。
「魔法陣を発動させるために男性は自分の全てを注ぎ込み、そして息絶えた。男性の家族とその仲間たちは世界の終わりに安堵と不安を感じ、チョーの実を滅びゆく大地に植え、祈りを捧げた」
フィーシェさんの言葉にジナルさんが不思議そうな表情を見せる。
「世界が終わった時の話なのか? だが今も世界はあるだろう?」
うん、あるよね。
「それに、世界が滅んだのならだれがその伝説を伝えたんだ?」
何だか随分とおかしな伝説だな。
フィーシェさんが肩を竦める。
「さぁ、俺も又聞きしただけだからな。俺の知っている伝説が、村に伝わった伝説通りなのかもわからない。ただチョーの実を久しぶりに見て思い出したんだ」
「それにしても魔法陣に関する伝説か」
お父さんの言葉にフィーシェさんがハッとした表情を見せる。
「そう言えば、そうだな」
気付いてなかったの?
あっ、ジナルさんに小馬鹿にしたような表情で見られている。
「昔からなんですね。権力者が横暴なのは」
権力者によって引き裂かれた家族か。
もし本当なら、男性は悔しかっただろうな。
だから魔法陣に手を出したのかな?
でも、だからって世界を滅ぼすのはやり過ぎでしょ。
伝えられながら、話が大きくなっていったのかもしれないな。
「世界の終わりか……そんな伝説がいくつか残っているよな」
ジナルさんの言葉に、お父さんとフィーシェさんが頷く。
そんなに世界の終わりの伝説があるの?
何だか、気持ちが悪いな。