516話 古代の化け物
「すごい! 硬いな!」
躊躇していたのに……。
ドーリャの頭を撫でまくるジナルさん。
ドーリャに頭を差し出された時は、ちょっと困っていたのに一度触ると気に入ったらしい。
何度も何度も頭を撫でて、硬い感触を楽しんでいる。
「あまり触ると怒りますよ」
「そうなのか?」
私の言葉に手を止めるジナルさん。
ドーリャの様子を見ると、ジナルさんから離れたそうにしている。
「えっ……引かれてる?」
その様子にちょっと衝撃を受けているジナルさん。
引いているというより、嫌がっていると思う。
「あいつは限度を知らない」
フィーシェさんの前にも1匹のドーリャ。
こちらは適度な触り方なのか、懐いているようだ。
巨大モグラがフィーシェさんにもたれ掛かっている。
……可愛い。
「フィーシェは懐かれたな」
お父さんの言葉に嬉しそうなフィーシェさん。
シエルとの距離感も上手くとって、いい関係を築いていたっけ。
魔物との距離の取り方が上手いのかな?
「そうだ。訊いていいのかな?」
フィーシェさんが私とお父さんを見る。
「なんだ?」
「なんでカシメ町に行くんだ?」
「あぁ、それは……」
お父さんが少し黙る。
「私の事を助けてくれた占い師が、王都の隣の町に行って欲しいと言っていたんです。だから行ってみようと思って」
私の言葉に首を傾げるフィーシェさん。
やっぱりちょっと不思議だよね。
前は考えもしなかったけど、今思うと不思議な願いなんだよね。
何かして欲しいと言われたわけじゃない、ただ行って欲しいとだけ。
しかも、行かなくていいとも言っていた。
「王都の隣の町なら他にもカシム町やカシス町もあるだろう? どうしてカシメ町なんだ?」
「カシメ町には光の森があると、お父さんに話を聞いて行ってみたくなったんです」
「ん? 王都の隣というだけでどこの町という指定は無かったのか?」
ジナルさんの言葉に頷くと、ジナルさんもフィーシェさんも不思議そうに私を見る。
やっぱり不思議に思うよね。
なんで今まで、そう思わなかったんだろう?
ん~?
「それにしても、光の森か」
あれ?
フィーシェさんの言い方は、あまりいい感情を持っていないような言い方だ。
光の森に何かあるんだろうか?
「あそこは……不思議な所だからな」
ジナルさんもフィーシェさんと同じような雰囲気だな。
お父さんを見ると、少し険しい表情でフィーシェさんとジナルさんを見ている。
「何かあるのか? もしかして教会に関連しているのか?」
お父さんの質問に、2人は首を横に振る。
「いや。光の森の中にある教会は、外の教会とは無関係だ。何度も調べられているが、教会関係者ですら、光の森の教会には辿り着けていないからな。何度も挑戦しているみたいだが」
教会なのに、教会関係者が入れない。
いったい誰が建てたんだろう。
それに、いったいどんな方法で森へ入れないようにしているのだろう?
「あの、教会に辿り着けないのは魔法陣でですか?」
もし魔法陣なら、近づくべきでは無いかもしれないな。
この旅で、魔法陣がどれだけ危険なモノか知ったから、私からは近づきたくない。
「不明なんだよ。教会も王家も調べたみたいだが、何もでないそうだ」
何もでない。
「王家の記録にも何か載っていないのか? どうせ調べたんだろう?」
お父さんの言葉にジナルさんが、にこっと笑って肩を竦める。
調べたんだ。
すごいな。
「残念ながら、調べたが何も出なかった。ある人がもう少し詳しく調べたんだが、王家の始まりの記録には、既に『光の森に教会がある』から始まっているそうだ。誰が何の目的で建てたのか、一切不明だ」
王家の始まりの記録に既に教会として載っている?
それってこの国ができる前には、既に教会があったという事?
……この国ってどうやって作られたんだっけ?
「光の森の教会には、化け物がいる」
「えっ?」
「何?」
ジナルさんの言葉に、私もお父さんも首を傾げる。
今、不思議な言葉を聞いたような気がする。
「化け物だ」
ジナルさんの声が再度耳に届く。
「化け物? 魔物の事か?」
お父さんの言葉に、視線をお父さんに向けるジナルさん。
「違う。怖がらせるつもりは無いんだが、俺たちの仲間が調べて集めた情報の中に『光の森の教会には、太古の化け物が住みついている。そこに招かれる者は特別。招かれてはいけない、逃げろ』と書かれてある文書を見つけたんだ」
「太古の化け物」に、「逃げろ」か、行かないほうがいいのかな?
「俺は『選ばれた人が1度だけ入る事が出来て、夢をかなえてくれる』と聞いたが」
お父さんの言葉にジナルさんが頷く。
「どの文献にも、それに似たような内容の事がかかれていてよ。逃げろと書かれているのは、文献では無いんだ。だが書いた人物を調べると、教会に入った可能性があると分かったんだ」
実際に教会に入った人の言葉。
それは、その人の経験が書かれているはずだから……教会には本当に太古の化け物がいるって事?
お父さんも無下には出来ない情報と判断したのか、何かを考えこんでいる。
「……なさいね」
ん?
あれ?
周りをきょろきょろと見る。
今、声が聞こえた気がしたんだけど。
気のせい?
……懐かしい声だったような気がする。
誰だっけ?
「どうした、アイビー」
声に視線を向けると、お父さんが不思議そうに私を見ていた。
ジナルさんもフィーシェさんも、私の行動に首を傾げている。
その3人の態度に、あの声が私だけに聞こえたのだと気付く。
私の気のせい?
……でも、あの声をどこかで……ずっと前に……。
「アイビー、どうした?」
お父さんの心配そうな声にはっとする。
「大丈夫。今ちょっと……」
声が聞こえたなんて、心配掛けるよね。
実際には何もなかったみたいだし。
「ちょっと思い出した事があって」
あっ、聞こえたんじゃなくて思い出したのかな?
「思い出した?」
「うん。でも中途半端な思い出し方で意味が分からなかったから、ちょっと考えこんじゃっただけ。大丈夫」
「そうか。気になる事があるなら言ってくれ」
「ありがとう」
あの声は……ん~、思い出せない。
そう言えば「なさいね」だったよね。
どういう意味だろう?
「……なさいね?」
「ん? 何がごめんなさいなんだ? アイビー?」
フィーシェさんの言葉に、下を向いていた顔を彼に向ける。
急に顔を上げたのに驚いたのか、フィーシェさんの体が少し後ろにのけ反った。
「どうした?」
「いえ、すみません」
あの言葉は「ごめんなさい」だったのかもしれない。
でも、いったい誰に謝られたんだろう。
なんで思い出せないの?
大切な……大切?
あっ、「ごめんなさいね。これぐらいしか出来なくて」
占い師の言葉だ。
そうだ、思い出した。
マジックバッグの中身を確認した時に、そう言われたんだった。
占い師の事を思い出したから、言葉が蘇ったのかもしれない。
「アイビー?」
お父さんを見ると、眉間に皺が寄っている。
かなり挙動不審な態度をとってしまったかもしれない。
「ごめん。占い師の事を思い出したから、色々思い出しちゃって」
「あぁ、なんだ。そうだったのか」
お父さんのホッとした表情に笑みが浮かぶ。
良かった、思い出せて。
ずっと気になるところだった。