番外編 暗殺者の望み
―エガ視点―
「昔の教会は知らないが、今の教会は命の契約は決して行わない。昔は簡単に子供を誘拐することができたから暗殺者の替えもすぐに作れたが、今は教会に対する監視の目が厳しくなって子供たちを集められない。だから今いる暗殺者をなるべく長く使いたい。だから奴隷契約でかなり厳しく縛られる。ほんの少し教会の事を仄めかすだけで声を失ったりするし、最悪なのは記憶がどんどん消滅していく事だな。最後には教会に帰る事しか考えられなくなるらしい」
「そんな……」
俺の言葉にガリットが息を呑んだのが分かった。
ジナルは、何か思っているのか複雑な表情をしている。
「教会に戻ってきたら、洗脳して新しい人物になるんだ。といっても暗殺者としての腕はかなり落ちる。命令された事しか出来ない人形みたいだからな。教会の連中もあまりこれはしたくないらしい、暗殺者として使えないからな」
生き残った仲間たちの事は、特に話すことは無いがそれでも気にはなっていた。
だからあいつが捕まったと知った時、何とかしたいと思った。
まぁ、許されなかったが。
捕まっていたはずのあいつをもう一度見た時、唖然とした。
あまりの変わりように。
何があったのか調べて分かった事が、記憶の消滅。
俺たちにも同じことが起こる可能性に愕然とした。
再びあいつに会った時には、以前の面影すら思い出せないぐらい変わり果てていた。
命令通りにしか動けない人形に。
俺もランジも、あれにはなりたくないと心に誓った。
人形になるぐらいなら、なんとしても死を選ぶと。
だからドルイドとの契約で命を預ける事に、何の迷いもなかった。
逆に、ホッとしたぐらいだ。
まぁ、ドルイドにはこんな事は言えないが……。
「なぜ教会の事を話せるのか。この命の契約書のおかげなんだ。それに、ドルイドが最後に書き込んだ内容も恐らく効いていると思う」
俺が契約書をテーブルに置くとジナルとガリットが覗き込む。
あれ、最後まで読んでなかったのか?
さっき、契約書を見てたよな?
「……はっ? 『命の契約者以外の命令に従うな。自由になれ』……ははっ、なるほど」
ガリットの笑い声に、俺とランジも一緒に笑う。
ドルイドは何かを感じたんだろうな。
まぁ、普通の冒険者が「命の契約書」を交わそうとするはず無いからな。
あの時、顔を歪ませてそして2枚の契約書に何かを書き込んだ。
その内容を見た時、驚いてランジと顔を見合わせた。
何も聞かないのに、なぜ俺たちが欲しいモノが分かるのかと。
でもあの時は、本当にそうなるとは思わなかった。
ジナルが言うように、奴隷契約の上に命の契約をしたらどうなるかなんて、前例が無かったのだから。
「2重契約で死ぬかもしれないとは思わなかったのか?」
「あの時は、そんな事を考える事も無かったよ」
俺の言葉にランジが頷く。
「俺もだ。あの時は……本当に限界だったんだ。終わらせたいのに、生きたかった。許されないと知りながら、誰かに許されたかった。……ずっと苦しかった」
そうだ。
指示を受けて殺すたび、苦しくて苦しくて。
だから酒に逃げた。
酔っている時だけは、忘れられたような気がしたから。
あのままだったらきっと俺たちは、大きな失敗をして死んでいただろう。
いや、もしかしたら人形になっていたかもしれない。
「今の俺たちがいるのはドルイドのお陰なんだ。何かを感じながらも黙って契約をしてくれた。そのお陰で自由になれた」
ドルイドと命の契約を交わした後、教会からある暗殺指示があった。
命の契約がどのように作用するのかわからず、緊張した。
命の契約の作用によっては、ドルイドと契約を交わした事が教会に知られてしまう。
その時になって、ドルイドを巻き込んでしまった事に気付いて後悔した。
あまりにも自分勝手すぎたと。
だから契約を無効にするために、ドルイドと会うとランジと決めた。
その前に教会からの暗殺指示を終らせなければならない。
いつも通り暗殺の準備をしている時に、俺もランジも違和感を覚えた。
今までであれば、暗殺の指示があった直後から「殺さなければ」という強迫観念に縛られる。
なのに、なぜかそれが起こらなかった。
ランジと2人首を傾げながら標的の住む村に行って、殺さずに様子を見ることにした。
いつもだったら、殺すまで日に日に強迫観念が強くなり意識を蝕む。
だが、それが20日を過ぎても一向に起きない。
その時になって、命の契約が作用しているのかもしれないと考えた。
もしそうなら、自由になれるかもしれないと。
だが、楽観視は出来ない。
いつ奴隷契約の縛りが復活するか分からなかったから。
それと、どこまで奴隷契約が抑え込まれているのか分からなかったから。
だから、俺たちは試すことにした。
目の前にいる標的をわざと逃がしたら、内臓が焼かれるように痛む縛りがある。
それが起こるかどうか。
その時に標的になっていた人物は、ある貴族の犯罪を目撃したため消されそうになっていた。
その彼に、命を狙われている事を伝え逃げるように言った。
その日の夜、小さくなっていく彼を見ながら微かな痛みすら起こらない体に不思議な気持ちだった。
あれから数年、彼はモンズの力を借りて別人として幸せに生きている。
逃げる彼を見送った後、数日間は何もする気が起きなかった。
いきなり得た自由。
教会から逃げる事も考えた。
実際に逃げようとした。
でも俺たちは、縛りがあったとしても何の罪もない人を殺し過ぎた。
許されるわけがない。
それに俺たちの勝手でドルイドを巻き込んでしまっている。
だから全てを話して、ドルイドに決めてもらおうと思った。
もし契約を破棄したいと言われたら、俺たちの手で破棄するつもりだった。
ドルイドの持つ契約書を、契約を解く前に破ると俺たちは死ぬ。
ドルイドにばれないように、終わらせる。
死にたくないと思っていたくせに、あの時は迷いが無かったよな。
だがドルイドを前にすると、なぜか言葉が出なかった。
ランジと2人で困っていると、紹介したい者がいると言われ会ったのがドルイドの師匠モンズだった。
ドルイドは「こんな契約交わしてしまった」とさっさと命の契約書をモンズに見せるから驚いた。
あんな契約、人に見られて良いモノではない。
だが、モンズはその契約を見て俺たちを見て……大笑いをした。
思っていた反応と違ったため、俺たちは大笑いするモンズを見て固まってしまった。
気付いたらドルイドは、仕事があるとどこかへ行ってしまっていて、残っているのはいつの間に来たのかモンズと仲間2人、そして俺とランジ。
ドルイドの師匠だから、これから断罪でもされるのかと思った。
だが、そんな事は無く、俺たちの話をただゆっくり聞いてくれた。
そして聞き終わると「まぁ、契約はこのままでもいいんじゃないか?」と。
驚いた。
ドルイドを巻き込んでいいと言っているのだから。
ランジがそれを言うと、「ドルイドはお前たちを俺に紹介した。つまり一緒に巻き込まれてくれという事だ」と、とくに気負う事なくあっけらかんと話した。
俺たちが教会の暗殺者だと話したにも拘わらずだ。
それから彼らは俺たちに人として生きる術を教えてくれた。
「なぜ未だに教会の暗殺者をしている?」
ジナルの言葉に、苦笑が浮かぶ。
「急に得た自由に戸惑っている俺たちに、ドルイドがある人を紹介してくれたんだ。彼らは俺たちに生きる術を教えてくれた。学びながらずっと考えていた。これからどうするべきか。そんな時、また教会から殺しの指示が来た。今度の標的は教会にとって利用価値のなくなった貴族。傲慢で様々な犯罪に手を染めていた。それを知った時に、教会に戻る事に決めた」
「なぜ?」
「俺たちが逃げても、教会は殺しを止めない。だったら、奴らの指示に従うふりをして選別をする事にしたんだ。殺す者と逃がす者。そして待つことにした。教会を潰す者たちが現れるのを。噂で聞いた事があったから、教会に不信感を募らせている者たちがいると」
「あぁ、あれか……」
ガリットの言葉に、ふっと笑みがこぼれる。
その嘘か本当か分からない噂に、俺たちは賭けた。
いつか教会を潰す組織が生まれ、破壊してくれると。
その時に、教会の罪を全て彼らに証拠と共に託そうと。
「ジナルたちは、教会を潰すつもりだろう?」
「……あぁ、そうだ」
ジナルの言葉に嬉しくなる。
認めたという事は、こんな俺たちの言葉を信じてくれたのだ。
だったら俺たちがする事は決まっている。
今まで集めてきた全ての証拠を彼らに渡す事。
「エガの仲間は教会に何人いる?」
鋭いな。
契約の重ね掛けで自由を得られると知って、俺は暗殺者の中に仲間を作った。
かなり注意を払ったため6人だけだが。
「6人だ」
「あぁ、さっきの生きているのが確実というあれか」
「そうだ」
今回の護衛の仕事は断った方がいいだろうか?
教会の暗殺者だと知った以上……。
「護衛の仕事には、ガリットを同伴させたいがいいか?」
仕事はしていいという事か。
まぁ、見張りは必要だよな。
「あぁ」
「マリャは訳ありだからな。終わったらお前たちの協力者のあの人にガリットを紹介して欲しい。無理ならいい。それが終わったら、エガとランジだけではなく仲間の6人含めて全員に近くにある宿『あすろ』に行って欲しい」
あすろ?
今居るこの宿の名前だな?
……そう言えば、他の村にも同じ名前の宿があったな。
ん?
「この名前の宿は、訳ありを匿うために作られたものだ」
そうだったのか。
気にした事も無かったな。
「教会から離れろ」
離れろ?
離れていいのか?
「エガ、ランジ。もう十分証拠も集まっているだろう? だからもう教会から出て大丈夫だ」
そうか。
もうあそこに戻らなくていいのか。
「2人に誓う。必ず教会は潰す」
あぁ、よかった。
ようやく俺たちの望みが叶う。




